第66話 ニケ&ヒロ コンビ
翌朝目が覚めたのは、心地いいベッドの上だった。
漂ってくる美味しそうな匂いを追いかけて階段を下りていくと、フリュネーさんがカウンター席にスープを並べていたところだった。
僕に気付いたフリュネーさんが、柔らかな笑みを浮かべて朝の挨拶をしてくれる。
「朝食を作ったので、今呼びに行こうとしていたんです。私はヒロ様を起こしてきますから、温かいうちに召し上がってください。」
フリュネーさんの言葉に甘えて、焼き立てのパンとともにスープを頬張る。
温かくてしっかり味のする美味しい朝食は、一日の始まりを体にしみこませる。今日一日頑張れそうな気がしてくるのだから、フリュネーさんの心遣いに感謝だ。
昨日はフリュネーさんのご厚意に甘えさせてもらい、フリュネーさんの家となっている店の二階に泊まらせてもらった。
ちなみにヒロはこの家に間借りいるらしい。通りで仲が良さそうなわけだ。
ヒロは、彼を呼びに行ったフリュネーさんと共に降りてくる。
寝ぐせの付いた髪もそのままに、大きな欠伸をしながら席に着くヒロ。その様子がやはり兄さんと重なって、思わず笑みが漏れた。
「おうニケ、はよ。」
「うん、ヒロもおはよう。」
ヒロは並べてある食事をぺろりと平らげると、僕の方に向き直って狭いカウンターに地図を広げた。
その雰囲気を汲んで、僕も真剣に地図を眺める。
「ここが今俺たちがいる街な。そんで、こっちに俺がいつも行くダンジョンがあるんだけど、レベリングにはあまり向かない。
そこで、だ。今日はこっちのダンジョンに行こうと思う。比較的敵が弱くて、貰える経験値が多い敵が沢山いるんだ。
んで、ついでに組合に寄って、こなせる依頼がないかも確認してこようぜ。」
ヒロの提案に特に異を唱える必要もなく、僕はすんなりと頷いた。
そんな僕らをにこやかに見ていたフリュネーさんは、話がまとまったところで口を開く。
「ところで、ヒロ様。今日もいつもの露天で、ハニーバターパンを買っていかれますか?」
「ん?そのつもりだけど、どした?」
「はい、実はこんどそのハニーバターパンというものを、私のお店でも出せないかと思いまして。その、詳しくお話をうかがえないかと……。」
フリュネーさんは、どこか窺うような表情で、ヒロを見る。
ヒロはと言えば、合点がいったと頷いた。
「あー、なるほど。わかった。店主に暇を見てここに来るよう言っておくさ。」
「ありがとうございます!」
パッと表情を明るくさせたフリュネーさんは、小躍りしながら食器類を片付ける。
ヒロと僕もそれを微笑ましく思いながら席を立ち、自室で装備を整えてから玄関前で待ち合わせた。
「あれ、随分速いなニケ。俺も準備の速さには自信ある方だったんだけど……。」
「へへへ、まぁ、ヒロより軽装だしね。」
なんて言ってはいるが、実際僕の準備スピードはかなりのものだという自負がある。とはいっても、あまり自慢できるものでもないので、軽く誤魔化しておくのが正解だろう。
ヒロは大して気にした様子もなく、「んじゃ、行ってくるぜ。」とフリュネーさんに手を振り、店の外へ出た。
僕がお店のドアを閉めるまで待ってくれ、ともに並んで歩きだす。
誰かの後ろをついて歩いてばかりだった僕は、それが何だか擽ったかった。
中央通りのとある露天の前で足を止めたヒロは、店主と親し気に2、3言交わすと、ハニーバターパンという商品を購入した。
なんと、僕の分も買ってくれたらしい。紙袋に丁寧にくるまれたそれを、「ほらよ。」と気軽に手渡す。
「えっ?わ、悪いよヒロ。僕もお金出すから……。」
「いーんだっつの。友好の証ってことで。今日一日世話になるから、その駄賃だと思ってさ。な?」
「うぅ、それってむしろ僕が払うべきなんじゃ……?」
そう言っても笑うばかりのヒロに押され、僕は渋々パンを受け取った。
蜂蜜を塗ったパンは高価だ。その要因は、蜂蜜を採取する難しさにある。
今日はそのパン一個分の働きぐらいはしなくては……。僕はそう、心に誓ったのだった。
「あぁ、そうだ、おっちゃん。」
ヒロは忘れるところだったと、店主にフリュネーさんがハニーバターパンのメニュー化を考えている話をする。
店主も気さくな人で、「おう!そういうことなら、昼過ぎにでも訪ねてみっか!」とあっさり了承した。
類は友を呼ぶというが、ヒロの周りには親切で気さくな人が多いようだ。
「あの露天のおっちゃんはな、俺が落ち込んで立ち直れなかった時に、ずっと無料でパンとミルクを提供してくれて……。それからずっと、おっちゃんには世話になりっぱなしなんだ。
少しでも恩を返したくて、新しいパンの食べ方を考えたり、ダンジョンで見つけた調味料を持っていったりしてるうちに、仲良くなったんだぜ。」
ヒロがそう語ってくれたのは、しばらく歩いてからのことだった。
昨晩フリュネーさんとの話でもチラッと出てきたが、この明るくて気さくなヒロにもそんな時期があったとは、想像できない。
人は見た目に寄らないんだと、強く実感させられる。
「あれ?入らないのか?」
ヒロがそう僕に聞いたのは、教会の前でのことだ。
レベルを上げるためには、教会で【還元】をする必要がある。それなのに僕が「外で待っている」と言ったものだから、ヒロの顔には疑問が浮かんでいた。
「あーー、実は師匠に『勝手に教会に入らないように』って言われてて……。」
「はぁ?!それでどうやってレベル上げるんだよ。」
ヒロの口調は僕や師匠を責めているものではなく、師匠の課題と言葉の矛盾に、疑問を抱いているようだ。
けれどもそれは尤もな疑問である。
レベルを上げる課題で、教会に行けないとは一体どういうことかと。
僕は道具袋から特徴的な木彫りの女神像を取り出す。師匠が今回の課題で使えと渡してきたアイテムだ。
「師匠が作った、還元と同じ効果を得られるアイテムがあるからね。これでレベルを上げるんだけど……。」
「けど?」
「実はこの道具、回数制限があって……。」
「……ニケの師匠って、もしかしてヤバい人なのか?」
ヒロの不信感たっぷりのその言葉に、僕は危うく同意しかけたのだった。
「っと、着いたぜ。ここが、目的のダンジョンだ。」
その入り口は、平原のど真ん中に不自然に浮いていた。
パライさんたちと入った、ベケット神殿跡地を思い出させる石板型の扉が、重力を感じさせない動きでふわふわと上下している。
「えっと、ここの入り方はどんなだっけか?」
ヒロは先ほど依頼の張り紙を見に行った際、冒険者組合で貰ってきたガイドブックをパラパラと捲る。
予め折り目を付けておいたページに行きつくと、本に視線を落としたままゆっくり石の扉に近づいた。
「えっと、『開け』……?そんな簡単な文言なこともあるんだな。」
ヒロが文言の後に、グッと力を込めて石扉を押すと、重厚感を一切感じさせずに滑らかに開いた。
その奥は、ベケット神殿跡地の時と同じで、ただの闇が広がるばかりだ。
「さて。記念すべき第一回、ニケ&ヒロ コンビでの冒険だな!行こうぜ!」
「う、うん!」
僕は差し出された、ヒロの手を取る。
この奥に行けば、そこは殺戮と暴力の蔓延るダンジョンだ。緊張と久々のダンジョンに胸を高鳴らせながら、僕はその一歩を踏み出した。
「でも、そのコンビ名はどうかと思うよ、ヒロ。」
「うっ、だ、だめか……。」




