第65話 ヒロ
「しっかし、本当に男だったとはなぁ……。名前も顔立ちも女の子みたいなのに。」
僕の横を歩くヒロは、感嘆の声を上げた。
あれからヒロのおかげで滞りなく換金を終えた僕は、彼と二人で温泉に入ったのだ。
大浴場というものは初めてで、アセナと一緒に借りた部屋にあった浴場を、さらに大きくして大衆向けにしたような空間だった。
村をでてからしばらく経つが、それでもまだ初めての体験が多く、冒険者として生きることに楽しさを感じ始めていた。
まぁ、そうなれば当然僕は男湯に入るわけで。
店員や男湯にいた客とちょっとした騒動もあったが、そこでヒロは、僕が男だと確信を得たのであった。
「最初からそうだって言ってる。」
僕が拗ねて口をとがらせると、ヒロは大きな手で軽く僕の肩をたたき、困ったように笑った。
「悪かったって。な、お詫びと言っちゃなんだけどさ、一緒に飯でも食いに行こうぜ。うまい飯屋知ってんだ。」
「ほんと?!行く!」
「ったく、急に機嫌治しやがって。現金なやつだなぁ……。」
旧知の仲のように振舞う僕らは、とても数時間前に出会ったばかりとは思えないほど、この関係を心地よく感じている。
“焔の巣”のみんなを思い出させる感覚に、僕はヒロと出会えたことを喜んでいた。
もう日が暮れたというのに、通りには帰還した冒険者が溢れていた。その中をかき分けるように進んでいくと、住宅街に入り込む。
たどり着いたのは小さな2階建ての民家だ。
飯屋って……、言ったよね?
僕がヒロの顔を見上げると、彼は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべ、僕にドアを開けるよう促した。
背後に感じるヒロの気配に若干の警戒をしながら、そっとドアを押し開ける。
小気味のいい鈴の音を鳴らし、ドアは滑らかに開いた。
カウンターの他に並ぶのは小さな背の高い丸テーブルのみで、そのカウンターにも椅子はなく、簡素な内装。
しかし、大きな魔石灯が天井から吊るされていることで、昼のように明るい。
その様子から、間違いなくここが食事を提供する店であると確信を得て、ほっとした。
「いらっしゃませー!
……あら?ヒロ様が人を連れてくるなんて、珍しいですね。お友達ですか?」
カウンター裏にあるキッチンから顔をのぞかせたのは、若い女性だ。シンプルな緑色のワンピースに白い前掛けをしていて、特徴的な三つ編みからはとても清楚な印象を受ける。
その可愛らしい女性は、キッチンから持ってきた布巾で丁寧にカウンターを拭くと、ヒロに笑いかけた。
「まあな。迷子みたいだったから、拾ったんだ。」
「んなっ!そんな右も左もわからない子供みたいに言わないでよ……。」
「はははっ、事実じゃないか。」
そう言っているものの、彼が本気で「拾い物」扱いしているわけでも、僕を見下しているわけでもないことはよくわかる。
ただ僕を揶揄っているだけなのだ。
僕が再びむくれていると、女性から楽しそうな笑いがこぼれる。
「ふふっ、ヒロ様がこんな風に笑えるようになって、私は嬉しいです。ヒロ様ったら、出会ったばかりの時は塞ぎ込んでしまっていたんですよ。」
そう言って僕に笑いかける彼女に、今度はヒロが顔を赤くしている。
「ちょ、フリュネー!いいんだよ、俺のことは!それより、例のやつ2人分で頼むぜ。」
「ふふふ、はーい。」
上機嫌にキッチンに戻っていった彼女は、どうやらフリュネーと言うらしい。
「例のやつ」というヒロの注文の仕方と、二人の親し気な話し方から、ヒロはフリュネーさんとそれなりの仲であることがうかがえる。
そんなフリュネーさんは、この明るいヒロが随分沈んでいた時期があったという。
ヒロが羞恥交じりに制止したため、フリュネーさんの口からそれ以上語られることはなかった。
出てきた料理は、初めて見るものだった。赤いソースからはトマトが使われていることがわかるが、逆に言えばそれ以外は皆目見当がつかない。
長い紐の様なものがとぐろを巻いて皿に盛られ、艶のあるトマトソースの隙間から野菜らしきものがいくらか覗いているが、これは本当に食べられるのだろうか。
添えられた食器はフォークのみで、掬っても隙間からスルスルと落ちてしまう。
「あの、ヒロ? これどうやって食べれば……。」
「んぁ?」
ヒロに質問しながら彼を見ると、彼は器用に皿の上の紐をフォークに巻き付け、そのまま大口を開けて放り込んでいた。
僕の視線に気づいた彼は、一瞬なにかを思い出したかのようにハッとすると、バツが悪そうな顔で笑った。
「あー、悪いな。これは俺の故郷のメニューでさ、この辺りには無いんだってこと忘れてた。これにはコツがあって、フォークにこうして麺を絡めてだな——」
ヒロが教えてくれたようにフォークを回し、そっと持ち上げると小さく巻き付いたソレは解け落ちることなくそのまま、僕の口に運ばれた。
口いっぱいに広がるトマトの風味、つるりとした独特の触感、小麦粉の自然な甘さに、野菜とキノコのバランスのよい香り。
その全てが初めて味わうもので、次の一口、さらにもう一口と、口に運ぶ手が止まらなくなった。
「おいひぃ!!!!」
「おいおい、口にはいったまま喋ったら、何言ってるかわからないぞ。」
そう言うヒロは、言葉と裏腹にとても嬉しそうな表情で笑った。
「ふふふ、うちのメニューは全部ヒロ様考案なんですよ。どのメニューも大人気で、知る人ぞ知る名店なんです。
……て、自分でいうのも恥ずかしいですけどね。でも、ヒロ様には本当に感謝しているんです。このお店もヒロ様のおかげで始められたようなものなんですよ。」
フリュネーさんはヒロの話を、とても嬉しそうな顔でする。
しばらくそうしてヒロの話を聞いた後、ヒロは「俺のことはもういいだろ」とばかりに、僕に話を振ってきた。
「そういえば、ニケは冒険者なんだろ?しかも補助系ジョブの。補助系ジョブがパーティーも組まずに行動してるなんて珍しいな。」
「あー、うん。そうなんだけどね……。実は師匠が……。」
僕はことの経緯を話そうとして、つい先日の出来事を思い出したのだが、同時に思い出すだけで苦い気分になる思い出をいくつも思い起こしてしまった。
思わず言い淀み、眉をしかめていると、二人がキョトンとした顔で僕をみる。
「うん、あのね、師匠からの課題なんだ。僕の師匠は『実践で死ぬ思いをしてこそ、真の意味で学びを得られる』って考え方の人で、これまでも無茶苦茶な試練を課されたんだけど……。
今回は特にひどくてね、今のジョブでレベル上限に達するまで、帰ってくるなって言われちゃったんだ。
補助系のジョブで、しかもソロなのに……。」
「へ、へぇ……、そりゃまた何と言うか、過激な師匠だな?」
フリュネーさんも、ヒロもドン引きしている。
当然だ。レベル上限に達することはそう簡単なことじゃない。まして、僕のように補助系のジョブが一人でとなると。
でも現段階ではまだ楽な方だ。転職を繰り返すたびに、レベル上限は上昇していくが、僕はまだ最初のジョブである”道具屋見習い“のままである。
その点でいっても、「唯一の救い」と言わざるを得ないが。
「ならさ、俺と一緒に行かないか?」
「へ?」
自分の分の食事を終わらせたヒロは、頬杖をつき優し気な顔で僕にそう問いかけた。
僕はと言えば、その提案に驚きを隠せない。
フォークに刺さっていたキノコが、さらにポロリと転がった。
「俺もいい機会だからレベリング……えっと、レベルを上げようかと思ってな。俺は戦闘系のジョブだから、補助系のニケの役にも立てるかもしれないぜ。」
「い、いいの?!ぜひ!!僕からお願いしようと思ってたんだけど、なんて言ったらいいかわからなくて……。
あのヒロ、改めてよろしくおねがいします。」
「へへっ、当然だろ。あぁ、よろしくニケ。」
パッと表情を明るくしてはにかむヒロは、本当に嬉しそうに笑って僕の手を握ってくれた。




