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第42話 商業組合

 店内に響くのは、店員の足音と食事の音、そして上品な会話がいくらか。

 僕はと言えば、初めて食べるお(しと)やかな料理に、緊張で手を付けられないでいた。

 目の前で静かに紅茶を飲むアセナ・カルロッドをチラリとみて、どうしたものかとさっきまでの流れを思い出していた。





「あら、いけない。ごめんなさい、先に商業組合に行ってもいいかしら?手元のお金がないの、忘れていたわ。」


 3人に手を振って別れた後すぐ、彼女はそう言った。


「えっと、そ、それは大丈夫ですけど……。あの、アセナさんは、商業組合にも加入しているんですか?」


「アセナでいいわよ。それに敬語もいいわ。あなた、歳は私と変わらないでしょう?」


 えっ、と驚いて彼女……アセナを見る。パッと見は僕より2・3歳は年上だと思っていたけれど、よく見ると大人びた彼女の顔には、確かに幼さが残っていた。

 見せられた冒険者カードの起債も、確かに同じ歳。僕と同じ年月しか生きてないのに、なぜいつも堂々としていられるのか。思わずじっくりと観察してしまいそうだ。


「それと、私は銀行課に行くのよ。商業組合の組合員じゃなくても利用できるし、大金を持ち歩かなくていいから、普段は財産のほとんどを預けているわ。

 あ、そうだわ!ニケも利用者登録しましょう。」


「えっ!?ぼ、ぼくも???」


「大丈夫よ。手続は教えてあげるわ。」


 「さ、いきましょう」と強引に連れてこられた商業組合は、とても居心地の悪い空間だった。

 両開きのドアがある広い玄関には、両脇にドアマンが待機し、僕らの歩く速度に合わせてその扉を開く。

 中は豪華絢爛(ごうかけんらん)(きら)びやかな装飾ばかり。床は磨かれてシャンデリアの光を柔らかに反射している。

 正面の受付に向かって敷かれた絨毯は、赤と金でいかにも高価な柔らかい材質だ。

 アセナがいなければ、一歩もだって足を踏み入れなかった事だろう。


「これはこれは、カルロッド様ではありませんか。いつもご利用いただき、ありがたく存じます。本日はどういったご用件でいらっしゃいますか?」


 受付にいた男性職員は、アセナがまだ2歩も動かないうちに、こちらに気付き、立ち上がって出迎えた。

 こういったところも、冒険者組合や村に居た時では体験しない出来事で、一々ビクついてしまう。


「貯金からいくらか手元に降ろしたいわ。それと、彼の利用者登録をしてほしいの。」


 そんなところでも、当然のようにアセナは堂々としていた。

 アセナが話題に出したことで、揉み手をして笑っていた受付の男性は、薄目を開けて僕を見る。


 …………?あれ、今、なんか馬鹿にされたような……?


 違和感を感じたが、男性はすぐにアセナに向き直って、先ほどまでと同じ笑顔を張り付けた。

 ま、まぁ、当人である僕も、ここはちょっと……、僕のいるような場所じゃないよなとは思う。


「左様で……。かしこまりました、お任せください。」


「ちょっと。」


 男性職員が業務のために、奥へ引っ込もうとすると、アセナは鋭く呼び止めた。

 え、な、なに……、どしたの?

 さっきまでのアセナとの違いに、僕は驚いて彼女の表情を盗み見ると、まなじりを釣り上げ、片眉を上げていた。その顔には彼女の不快がありありと表れている。


「今、私の連れを見下した態度で見ていらしたわね?」


「そっ…………、そのようなことは……、け、決して……。」


 サッと顔を青ざめさせた男性職員は、口ごもり一気に冷や汗をかいた。


「えっ、ちょ、ちょっとアセナ……?」


「ふぅん?まぁ、いいわ。私、貴方の態度が不快だから、別の職員に変えて頂戴。」


「か、かしこまりました……。」


 びっくりした。組合員でもないのにここまで……、なんというか、ちょっと横柄ではないだろうか??

 僕は不安になって、アセナの名前を呼ぶ。思ったよりも動揺が声に乗ってしまったが、それに気づいたアセナが、キツく(しか)めていた表情を崩したので、結果良かったと思おう。


「……ごめんなさいね、嫌なものを見せてしまって。商業組合は……その、なんといったらいいかしら?独特の価値観と世界観をもっているのよ。

 こういうのはしっかり指摘しないと、残高をちょろまかしたり、中抜きされたりといった不正が平然と行われるわ。」


 逆に良い担当者と出会えれば、様々な面で支援してくれたり、相談に乗ってくれたりと重宝するので、不快に思ったらすぐに指摘するのは、商業組合の中では当然のことらしい。


「たしかに便利なのだけれど、冒険者は特に気を付けないといけないのよ。有名な冒険者でも、預金をピン撥ねされている方、意外と多いわ。」


 苦笑いで教えてくれたアセナのもとに、新たにやってきた職員は、とても立派な佇まいの、いかにもやり手商人といった風情の人だ。

 モノクルとひげが特徴的で、高貴な家の執事だと言われれば、疑わずに納得してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。


 彼の仕事はやはり丁寧で、僕が文字の読み書きが苦手だと知っても、嫌な顔一つしないどころか、とても丁寧に手続きを教えてくれた。

 アセナも、注意しなければいけない点や、商人特有の言い回しの解説など、僕のために気を張ってくれていた。


「では、以上で登録は完了となります。今後はお持ちの冒険者カードにて、ご本人様確認をさせていただきます。当組合の銀行課は、他の街でもご利用いただけるようになりますが、手続きのため数週間はかかるかと。

 もし近日中に他の街に行かれる際は、出立前にご連絡いただければ、目的の街を優先してお手続きさせていただきます。何かご不明点等はございませんか?」


「は、はいっ!その……、大丈夫です。」


「今後とも、よろしくお願い致します。」


 先に引き出す手続を終えていたアセナのお金をうけとり、僕も利用者登録を終えてやっと商業組合を出ることが出来た。

 正直ちょっと居づらくて、呼吸するのも(はばか)られるような気分だったので、一刻も早く出たかったのだ。

 執事風の男性職員が玄関まで見送りに来たのには、再び驚かされた。


 まぁ、ともかく商業組合を出られたことでホッとしていたのだが、その後「昨日のお礼に」と連れてこられたレストラン。

 これが以前、アゼスさん達と入ってすぐに出たレストランだった。

「手紙配達の依頼で、女性の立会人を探す」という目的で入り、水1杯に安宿1泊分の値段がすることに驚いて、そのまま逃げるように立ち去った、そのお店だったのだ。


 席ごとに建てられた仕切りと、教会にあるようなステンドグラスの窓が、高級感を増幅させている。


 アセナはスープと小さな肉料理を食べていた。たいして僕は、メニューが読めずにアセナのおすすめ品をお願いしたのだが、これがやはり上品な料理で。

 シンプルが故に、どう食べていいかもわからず、またテーブルマナーもわからないのでフォークを持つことすら出来ずにいた。


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