第41話 新種のオオカミ騒動
「坊主……!よかった、無事だったか!!」
組合のドアをくぐった途端、受付カウンターを飛び越える勢いで、ガヴァンさんが駆け寄ってきた。
僕に「森に行けばアセナ・カルロッドに会える」というようなことを仄めかしていたので、もし何かあったらと気が気でなかったらしい。
よかったよかったと、しきりに肩を叩かれた。
「そうか、やはりな。実は、確認作業は多数の冒険者に頼んでいたんだが……。」
今朝森に入ってから帰還までのことを、ガヴァンさんに報告したところ、彼はなにやら疲れた表情で頷いた。
どの冒険者たちも一向に帰る気配が無く不審に思っていたところ、新人の冒険者が、彼らの一部を死体で発見したらしい。
さらには「人より大きなオオカミがいた」だの、「上位種の群れに追われた」だのと、おおよそ想定していなかった事態が次々に報告された。
そのせいで、現在の組合は上から下までごった返しているらしい。それは冒険者組合だけではない。
新種の可能性が高く、またゴーリー大森林の魔物の生息情報が変わっていく可能性もあり、様々な組合が上に下に、右に左にの大パニックだそうだ。
「今日大森林に関係する依頼を受けていたヤツには、一定の補償があるはずだ。忘れずに申請してくれよ。」
あちらこちらから「ガヴァンさん!」「ガヴァン!」と呼ばれていた彼は、「今行くっつってんだろ!!」と怒鳴りつけた後、やや早口でそう言って足早に去っていった。
彼は朝見たときと比べ、だいぶやつれていた。
「私は組合からの調査依頼を受諾していたから、詳細を報告してくるわ。あの巨大なオオカミに遭遇して生還しているのは、今のところ私だけのようだし。」
今組合のロビーにいるのは大抵が新人の冒険者で、いつだったか壁に寄りかかって、僕ら低ランクの冒険者を見下していた人たちは一人もいない。
そんな組合の様子からして、彼女の呟きが真実であることを物語っていた。
自分で歩けるほどまで回復したハティを撫で、彼女は一旦僕らに別れを告げた。
「今日のお礼は必ずするわ。私はアセナ。"従魔使い"のアセナ・カルロッドよ。貴方の名前を伺ってもいいかしら?」
「えっ、あ、はい!ニケです……。えっと、ニケ・オッドウィン……です。」
握手を求められ、慌てて手汗を拭き、彼女の手を握る。
ふわりと女性特有の柔らかい手に、なんだか気恥ずかさを覚える。
「ふふっ。ごきげんよう、ニケ。」
彼女はにっこりと暖かな笑みを浮かべ、そのまま組合職員に声を掛けて奥の部屋へと消えていった。
さて、僕らも今日のところは一旦宿屋に戻ろうと、焔の巣を振り返る。彼らは、一歩退いたところで見守っていたが、ポカンと呆気にとられたような顔をしていた。
「に、ニケ……。あのアセナ・カルロッドが、握手を……。彼女、誰が声を掛けても一切応じないなんて噂もあるくらいなのに……。」
アゼスさんが、表情を変えずに呟くように言った。
そうなのか……。確かに彼らの話によれば、人付き合いも悪いとのことだったから、そんな話があっても不思議ではない。
僕も先日声を掛けたときは、質問に答えることすら、冷たく断られた。
彼女の冷たく厳しい対処は、焔の巣の3人も見ている上、僕がハティに回復薬を分けた場面を見ていないので、傍から見れば突然態度が柔らかくなったように思えたのだろう。
宿に着くまで、困惑と興奮で質問攻めにあった。
つい正直に答えたせいで、宿に着いたら再びの説教タイムになったが。
「だいたい、何があるかわからないんだから、回復薬を全部使ってしまうなんて――」
結果的に、彼女の相棒が助かったという事で、それほど強く今回のことを責められたわけではなかった。
けれど、知らなかった常識、気づけなかった危険についてを中心に、みっちり絞られたのだった。
特に「街の外で回復薬を分けたら、最低でも相場の2倍は請求するように」という事は、二重三重に注意された。
それを怠ると、いくらでも他の冒険者に搾取されるからと。
翌日の街は、混乱を極めていた。
街のいたるところに『ゴーリー大森林で新種!!冒険者多数流入か』という見出しの新聞が出回っていた。
冒険者は各地域からやってきた凄腕の冒険者たちに気圧されて萎縮してしまい、研究にしか目がない者は「新種の素材をさっさと持ってこい」と主張。
魔物研究や、情報誌を作成する組合員は、冒険者を雇って「オレ達も連れて行け」と騒ぎ立てる。
さらには商人たちまで、流入した冒険者を相手に、ぼろ儲けをたくらみ露天を乱立し始める。
各組合のみならず街中が、かき混ぜたようにごった返していた。
そんな人混みのなかから、見覚えのある金髪がこちらに向かって歩いてくるのが、目についた。
「ごきげんよう、ニケ。よかったわ……もうダンジョンへ行ってしまったのかと、不安になりはじめたところだったのよ。」
彼女の僕を探していたともとれる発言に、僕らは首をかしげる。
すると「あら、ごめんなさい」と彼女の意図を話し始めた。
「今日一日、私に付き合ってくださらない?昨日のお礼がしたいのよ。それとも、なにか予定でもあるかしら?」
にっこりと笑って話す彼女は、いままでのアセナ・カルロッドとはまるで別人のようだ。
彼女の誘いに応えたいのは山々だが、今日は焔の巣に誘われて、冒険者組合に昨日の補償申請をしに行く予定がある。
それがどのくらいで終わるかわからないので、彼らに判断を仰ごうと振り向く。
けれど、それを「助けて」というメッセージとして受け取ったのか、アゼスさんが僕を庇うように前に出た。
「ニケはこれから、僕らと冒険者組合に行くんだ。昨日の補償を申請しにね。だからニケは、今日は時間がない。せっかく誘ってくれているのに、悪いね。」
彼が断りの言葉を口にした途端、彼女はニッと笑い、自慢げな表情をした。
「組合……?あら、それなら、今日のニケは一日空いているわね。」
「はぁ?」
3人は言葉が通じてないんじゃないかと、顔を顰める。彼らほどじゃないにせよ、僕も「えっと……?」と彼女の真意を量りかねていた。
「私もさっき組合に行ってきたのだけれど、方々から沢山のお偉いさんがいらしているらしくて、人手不足なのよ。
だから受付に割ける人員は普段の半数で、けれども冒険者は山ほどやってくるから、今は緊急性の低い業務は受け付けていないのよ。」
「えっ、そうなのか……。」
3人は今日の予定がつぶれて、考え込んでしまう。そんな彼らを他所に、再びパッと顔を明るくした彼女は僕に話を振った。
「そういうことだから、今日の予定はキャンセルよね。今から私と一緒に来てくださる?」
「は、はい。えっと、大丈夫です。」
そういうことならば、彼女の誘いを断る理由はない。
「ニケ……」
ゴーシュさんが心配そうに僕を見る。アセナさんは「お礼をしたい」と言っただけだし、特に大きな問題は起きないだろう。
僕は彼らが心配してしまわないよう、努めて明るく笑って彼らに挨拶した。
「あの、そういうことなので、今日は……すみません。」
「あ、あぁ。ニケがいいなら俺らは文句ないけど……。俺らの方は気にすんなよ? ダンジョンの依頼がまだ未完だったから、そっち終わらせてくるさ。」
ポンと頭に置かれたリュウさんの手は、優しくて暖かい。
そんな彼らのやさしさに、心が温まったところで、アセナ・カルロッドに連れられて街の人混みを掻き分けていくのだった。




