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第40話 唯一の家族

 次に出会った5人組も、その次に出会ったソロの冒険者も、反応はみな似たようなものだった。

 どうして……、どうして誰も助けてくれないの!!!


「ハティ、ハティ……。死んじゃ駄目よ。しっかりして。」


 もう森の浅いところまで帰ってきた。人とすれ違うことも少なくなった。

 大切な相棒は血を流しすぎたのか、怪我は多少良くなっているはずなのに、目を閉じたままピクリとも動かない。

 抱き寄せる腕に弱い鼓動が伝わってこなければ、既に事切れたのだと勘違いしてしまいそうなほど、弱っていた。


「誰か……!誰でもいいから助けて!!ハティを、助けてよ……。」


 もう走れない。脚が鉛のように重く、肺が刺されたように痛い。地べたにへたり込み、動かない相棒に縋りつく。

 次第に上げていた声も掠れ、涙があふれてすすり泣く。

 助からないかもしれない……。もう……。


 そう悲観していたところに、遠くからガサガサと何かが近づいてくる。

 魔物だろうか?そうだとしても、もういい。

 ハティが助からないのなら、私も魔物の手によって殺された方が……、いっそ幸せだ。


「あ、あの……!大丈夫ですか?」


「……えっ?」


 顔を出したのは、魔物なんかではなかった。

 何度か見た顔だ。組合支部の中でハティを魔物呼ばわりした、無礼な子供。

 なんの因果か、2回ほど危ないところを助けたことがある。全体的に色素の薄い、透明感のある彼は、敵を目の前にしても小さく震えているだけの、子犬のようだった。


 だが今は、木漏れ日を浴びて薄く透く髪がまるで――、女神のようだ。


「い、いま回復薬を!!」


 服のあちこちに、枝にひっかけてしまった痕がある。顔も腕も擦り傷だらけで、髪には何枚も葉っぱが付いている。

 だがそんなことはどうでもいいとばかりに、その子供は自身の道具袋をすべてひっくり返し、出てきた回復薬を惜しげもなくハティに振りかけた。


「えっ……、なん、なんで……」


 何よりも、驚きが先にきた。

 出会った冒険者には、全員冷たくあしらわれた。街の中でこそ「従魔」と呼ぶ彼らだが、傷を負ったハティは「魔物」だとしか言われなかった。

 目の前で次々と回復薬をぶちまける彼も、最初は確かに「魔物」だといっていたのに……。それに、人付き合いの悪いと自覚のある私が、より一層冷ややかに接していたのは、理解している。

 普段は(うるさ)く私に言い寄ってくる冒険者ですら、「魔物のために薬は出せるか」と跳ねのけたのに、あんなに冷たく接していた彼が、ハティを「魔物」と認識する彼が。


 ――なぜ、助けてくれるのだろうか。


「血は……、止まった、よね?よかったぁ、もう大丈夫だよ。」


 ハティにかけられる声と、頭を撫でる彼の手は、穏やかで優しい。

 私は彼を、誤解していたのかもしれない。

 無意識に彼の顔を眺めていたらしい。目があって、ハッとした様子の彼は、慌ててハティから飛びのいた。


「あっ、えっと、その……、す、すみません。あ、じゃなくてその……、すみませんでした。あの、僕、テイマーっていうジョブのこと知らなくて。

 あとで一緒に居た方たちに、教えてもらいました。ま、魔物と従魔は違うって……、えっとだからその……、し、失礼なこと言って、ごめんなさい。」


 ぺこりと頭を下げながら、本当に申し訳なさそうに言った。

「ほ、本当はずっと謝ろうと思ってたんですけど……、その、」とあちらこちらに目を彷徨わせ、もごもご口ごもる彼からは、先ほどの神々しさは霧散して、いつもの子犬のような彼に戻っていた。

 そのギャップがなんだかおかしくて、笑みがこぼれてしまった。


「ふっ、ふふっ、あなた……、いえ。私、あなたのことを勘違いしていたみたいね。ごめんなさい。あーあ、こんなんじゃあ、人のこと言えないわ。」


「えっ、えっと……?」


 彼は私が突然笑い出し、困惑している。

 私は数日前に彼らに対して「回復薬を多めに持っておくのは冒険者の基本だ」と言って見下した。

 そんな自分に対する嘲笑も含んでいたが、彼はそんなこと全く気が付いていないようだ。


 彼の横には、その優しさを象徴するかのように、空の瓶が何本も転がっていた。

 新米でまだ金銭的に余裕があるほど、稼いでもいないだろうに。惜しげもなく使った回復薬のお金を、請求するような一言もない。


 新人の無知ゆえかもしれないが、私にはそれが高潔なものに思えた。


 すっかり呼吸の落ち着いたハティを、ゆっくりと撫でる。

 眼は閉じたままだが、気持ちよさそうに頬を擦り付ける彼は、普段の穏やかな表情を取り戻していた。


「ハティはね、私の唯一の家族なのよ。大切な家族を、助けてくれてありがとう。」


「あ……、い、いえ……。その、間に合って、よかったです。」


 照れたように顔を赤くして、目を逸らしてしまう彼が、とても可愛らしかった。


 その後、彼を追ってきたらしい3人組が、慌てて私から彼を引きはがし、そのまま(なか)ば引きずるようにして去って行ってしまった。

 私も森を出るつもりだったから、同じルートを通ったのだが、街に着くまで……いや、街に入ってからもクドクドと、3人から説教されていた。

 シュンと萎縮している彼は素直に「うぅ……、すみません……。」とひたすら謝っていて、可哀想になってくるほど。

 だが言われていることは(もっと)もなので、部外者の私が口を挟むのは(はばか)られ、結局双方の目的地である冒険者組合の支部に着くまで、延々と他人の説教を聞く羽目になったのだった。




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