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第39話 助けて……

 聞いてない!聞いてないわ!!!


 腕に抱える大切な相棒は、血を大量に滴らせて止まる気配がない。敵に対して有利に働くその大きな体格が、今は恨めしい。

 その重みで、息が切れる。腕と足の筋肉が悲鳴をあげている。

 腕に、胸に、お腹に、肩に。いたるところに、生暖かい血がゾワリと広がるが、そんなこと気にしている場合ではない。


「ハティ、ハティ……!お願いよ、死なないで!!」


 普段大した仕事もしない肺が、急に過度な酸素を要求されて悲鳴を上げ始めた。

 痛む喉と胸を押し殺して走る私は、この依頼を受諾したことを、悔やまずにはいられなかった。


 ほんの数刻前に受諾した依頼は、上位のオオカミ種が討伐されたことを受けて、組合から発行された物だった。

 依頼内容は、討伐済みであることの確認と、生態系に異常が生じていないかの調査。

 討伐されたというオオカミ種は、全てのパーツが揃った状態で持ち込まれたのを、偶然居合わせた私は見ていた。

 だから本来ならば、なんの危険も無く終わる依頼のはずだったのだ。


 ところが、違和感に気付いたのは、森に入ってすぐのことだ。

 上位種が討伐されたとき、普段ならば下位種が通常よりも多くみられる。加えて、群れを作る種族であっても、単独行動が目立つようになるのだ。

 それなのに、一向にオオカミ種に出会わないうえ、群れで行動しているような痕跡があちらこちらに残っていた。


「あら……?こんな浅い場所に、ウサギ種?ハティ、臭いを。」


 見かけたのは、ウサギ種の死体だ。オオカミ種に襲われて逃げたのだろう。首近くを狙って噛みつかれ、逃げてきた後に事切れた……そんな様子だった。

 ハティに臭いを嗅がせると、やはりオオカミ種の仕業であることがわかった。

 ウサギ種は、攻撃力はさほど高くないとはいえ、ゴーリー大森林に生息するような、下位のオオカミ種など到底追いつかないほどに素早い。

 だからこそ、比較的森の深い層で生きていけるし、討伐難易度は高めに設定されている。


 それも、昨日に討伐報告が成される前の死体なら理解できる。

 ところがこの死体は、ついさっきまで飛び跳ねていたかのように、まだ温かい。


「おかしいわ。上位種が複数いるだなんて……、それってさらに上位の種類が誕生した可能性も、あるってことよね。」


 緊張してハティを撫でる。心を保つために昔から無意識にやる、私の癖だ。

 彼を撫でると、どんな時でも平常心を保てるような、そんな気がした。

 ハティは心得ているとばかりに、自慢げに鼻を鳴らして地面の臭いを嗅いでいる。


 ハティが臭いを辿って、より深く進んでいく。それを後ろから追っていた私は、助かった。

 突然目の前を、巨大な何かが横切る。

 すぐ前を歩いていたハティの姿は、その影に飲まれてしまった。

 一瞬反応が遅れるも、慌てて後ろへ飛びのく。私の脚が地面に付くのと、やや遠くで「キャインッ」と相棒の悲痛な声が響いたのは、同時だった。


「…………っ!?!?は、ハティ!!」


 グルルルルル―――


 地面が揺れているのだろうかと錯覚するほど、低い地鳴りのような唸り声。

 ハティのものではない。まして、この森に普段いるような、下位のオオカミのものでも……。


 低い唸り声の主は、先ほどの巨大な影だった。

 脚の高さだけでも、ゆうに私の頭を超えている。毛は長く、暗い灰色で脇腹に黒いラインが入っている。

 それが巨大なオオカミ種だとわかったのは、良く見慣れた体躯をしていたからに他ならなかった。


「はてぃ……?」


 自分でも情けない声が出たと思う。だが、それを恥ずかしいと思う暇はない。

 テイマーである私は、自分自身にはほとんど戦闘能力が備わっていない。最低限敵の攻撃を数発、受け流せるか否かと言ったところだ。

 この巨体を前に、大切な相棒に(すが)るのは、仕方のないことだった。


 だがそんな私の声を、人より何倍も優れた聴覚は、ハッキリと捉えられたらしい。

 ハティが居るであろう方へ向かっていた巨大なオオカミ種は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 目と目が合う。金縛りにあったように、体が動かない。

 瞬間、目を細めたかと思うと、巨大なオオカミは大きく口を開け、飛び掛かってきた。


「……っ!!」


 武器を構えたのは半ば反射的なものだった。

 ところが、身構えた方向とは全く違う方向からの衝撃。完全に不意を突かれた攻撃に反応できず、そのまま吹き飛ぶ。

 一体何が飛び出してきたのかと目をやり、驚き、次いで無意識に走り出していた。


「ハティ……!!!」


 横からの衝撃は、相棒のハティが、私を助けるために頭突きしたものだった。その場に残されたハティは、そのまま大きな牙の餌食となる寸前。


 やめてっ……!


 ―――私の声は、神様には届かなかった。


 黄ばんだ牙が、小さな相棒の体を貫く。ひしゃげてしまった体が、脳に焼き付いた。

 飛び散る鮮血。声もなく脱力する白い4つ脚。


「……っっ!!うあぁぁぁぁぁ!!!離せぇぇぇぇ!!!!」


 自分の声が、どこか遠くで聞こえる。手にしていた武器で、その巨大な鼻先を殴りつけたのだと気づいたのは、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの悲鳴が「キャインッ」と響いてからだった。

 怯んだ一瞬の隙をつき、ハティを抱えて走りだす。


 聞いてない!聞いてないわ!!!オオカミ種といっても、あんなに大きな……!あれって、新種じゃない!!あんなのが居るだなんて、聞いてないわ!


 巨大なオオカミは、私の背をジロリと睨めつけていたが、追ってくる気配はなかった。




「誰か!誰かいないの!?!?」


 唯一使える回復魔法系のスキルは、先ほどから何度もかけた。魔力も底をつき、持っていた回復薬は、一番高価な物まで、とうに使い切った。

 傷はかなり塞がったが、それでもまだ足りない。未だに血が流れ出ている。あと少し、あと少しで助かるのに!!


「あっ!!あの!助けて!お願いします……っ、回復薬を分けてください!」


 前方に3人組が見え、声を掛ける。恐らく私と同じように、組合から上位種の討伐確認を依頼された冒険者たちだろう。

 助けてくれると思った。声をかけたときも、既に安心しきっていた。だから、彼らが眉をひそめたことに気付かなかった。

 リーダーらしき一人が、ほかの二人を(かば)うように前に出たところで、やっと違和感に気付く。


「……あの、お金は通常の5倍でも10倍でも払います。だから、だからどうか――」


「うるせぇ!!」


 急に叫ばれて、ビクリと体が揺れる。なに……?なんで、


「それ、魔物じゃねぇか。あんた自身はいま元気に走ってたし、怪我なんてしてねぇよな。魔物なんかに大切な回復薬を分けられるかよ。」


 彼の声には、目には、恐怖が宿っていた。

 テイマーの従魔に多い死因の一つに、野生の魔物と勘違いされて、同業者に殺されることが挙げられる。そのことを、すっかり失念していた。

 彼らは、きっとこの街に来て日が浅く、ハティのことを知らないんだわ。


「私はテイマーです!この子は従魔なの。お願い、助けて!!」


「……聞こえなかったのか?従魔だろうと、なんだろうと、魔物にやる薬はねぇっつってんだよ!そんなやつ、さっさと死ねばいいんだ!!」


 愕然とした。まるで全ての感情が、削ぎ落とされたような感覚。

 未だに「魔物の仲間だ」と後ろ指差されることの多いジョブだが、ここまで直接的に言われたのは初めてだった。

 頭が真っ白になって立ち尽くす。その間に、3人組はどこかへ行ってしまった。


「……っ!だ、だいじょうぶよ、ハティ。いま、助けるからね……。」


 呆けている場合ではない。(もつ)れそうな足を懸命に動かし、辺りを見渡す。

 誰でもいい。だれか、助けて……。


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