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よん

ぴっちりとまとめられた髪の毛に秀でた額は堅物そうな雰囲気を後押ししていて、難しげな眉がよく似合っていた。かしこまったスーツはペイズリーのような柄が上品に思えたが、着用した人間は妙に細くサイズが合ってないようで、いささか不格好にみえる。

周囲には彼よりも階級が低いことがわかる出で立ちで、細々と彼に尽くした仕事をこなしていた。


彼が足を上げればブラシをもった小男が素早く土を落としていく。ヒルダはそんな姿をみて思わず口元が引きつらせる。すみやかにオータムナルが腰低く前に出てにこやかに対応しだした。横柄でおかしな貴族を相手にするのは慣れっこな夫は、こんな時とても頼りになる。


「最近はずいぶん羽振りがよいそうだね、ウィルキー殿」


「お陰様で、今年の紅茶の質はとてもよくて、王室にもご用意できるほどでございます。舌の肥えた王都の皆様もご納得いただけておりまして、よければアンゲラー様も今からご用意いたしますのでご賞味ください」


オータムナルは応接間へと案内しながら手伝いに話題の紅茶を用意するように言いつけた。護衛の男も二人帯刀したまま並んで入ってくる。ヒルダはその様子を見ながら、この先の展開を案じた。


チャールズが竜と契約したという話は、その日の夜には夫のもとへ届き、次の日の朝には飛んで帰ってきた。手伝いに代筆を頼むこともなく走り書きで書かれたその手紙は守銭奴な彼が竜騎士便を使うほどの衝撃だったようだ。いつもはウィリアムをこき使うものだから、彼が赤い竜に乗っているのは中々珍しい光景だった。


擦り傷と軽い火傷を全身につけて帰ってきた息子は、父になんと言われるか怯えていたように思える。しかしそんなことは杞憂としてオータムナルはいつものように陽気な笑顔で抱きしめて大げさに褒めた。竜と相対したわりに軽傷だったことに安心したのもあるだろうが、実際に竜と契約した息子が誇らしかったのだろう。


本来、竜騎士学科を卒業したものしか竜と契約する機会は与えられない。竜を学び、竜を御せるものしか、そもそも契約が成立しないということと危険度を考えれば当然だ。野生の竜と偶然にも契約が成立することなど、想定されていない。息子は年齢を考えても、その不可解な状況から考えても、完全なるイレギュラーだ。しかし契約がなされている以上、放っておくことはできない。竜という力を手に入れた以上、それを悪用しないことを国に示さなければならないのだ。順序は逆になるかもしれないが、学校に通わなければならないだろう。


それらの話はおそらく今回の調査隊の報告如何によっては風向きがだいぶ変わってしまう。気合をいれなければ、と腹に力を入れる。緊張など、最近はずっとしていなかったので、体が驚いているようだった。


「それで?竜と契約した息子とやらは」


「こちらに、チャールズ」


「はい」


控えていた場所から調査隊リーダーであるアンゲラー氏の前へでた。見定める、というには少々不躾に上から下まで観察される。その目はこんな12のガキが、と見くびっているのがあからさまだった。非常に顔に出やすいお人だ。不満そうな鼻息を鳴らして、それで竜はと問うた。


「今はウィルキー家所有の山におります」


「あの小山か?行きがけに見たが竜の姿などなかったぞ」


「はい、土竜ですので姿は見せていないかと」


「土竜!土竜と契約したのか!」


驚きに目を丸くし、声をあげるアンゲラー。その驚愕が良いものであるはずがない、とチャールズは察しがついたので息を止めて拳を握った。目の前の細眉男を殴らないための我慢だ。予想通りアンゲラーは驚きが過ぎると今度は嘲る表情でにやけた。


「竜と契約した子供がいると聞き随分驚きましたが、なんと土竜でしたか」


「何か問題でもございましたかね」


「いやいや逆ですよ。もぐらは土の下を穴だらけにしてしまうのが迷惑ではありますが火竜や翠竜よりもよほど脅威ではありませんからねぇ、危険度が下がって良いことです。なんたって視力が弱い、動きは鈍い、空も飛べない!」


「嗅覚は良いですよ、それに翼はある」


「あぁ翼、あるんでしたね。退化してずいぶん小さくなっているらしいじゃないですか。神に裁かれた竜などといわれるだけある」


空から追放された竜、空を飛ばない土竜はそう呼ばれていた。土竜をもぐらと呼ぶことは、一つの侮蔑であった。馬鹿らしい、馬鹿らしい、本当に神などという存在に裁かれた存在ならば、誰よりもパートナーにふさわしい。神に愛されし蒼竜よりも、土竜が運命だったのは必然だった、とチャールズは全ての覚悟を握り締めた拳にこめた。


目の前の意気揚々と馬鹿にしてくるアンゲラーを見る限り、国の脅威や反逆者などという汚名は着せられることはなさそうだ。おそらく子供が泥遊びをしていて土竜と契約したそうですよ、ぐらいのレベルでしか報告しないだろう。ありがたいことだ。家の商売に影響してしまうことは避けたい。


「さて、ではきちんと制御できているか見せていただこうかね」


彼はチャールズの竜契約以外に、それに際して発生したと思われる木々がなぎ倒された謎のサークル後の調査も仕事のうちだった。本来ただの契約でこのような現象は起こらないし、関連性があるのかどうかもわからない。竜を屈させるために戦う竜騎士も多いが、それにしてもこれは可笑しい。例えチャールズが真実を話したとしても信じてはもらえないだろう。


(この世界で魔法について、あまり聞かないな)


騎士団には魔術部隊がいるという噂も聞くが、詳しいことは周知されていない。


「オパルス、出てきて欲しい」


せっかくなのだから、と父オータムナルは畑を広げることに決め、その予定地を開墾しているのがオパルスだった。オパルスからしたらただいつもどおり土に潜っているだけだが、彼のおかげでふかふかとした良い土になりはじめている。そんな土がもこっと盛り上がり、鋭い爪を見せつけながらその姿をみせた。頭を出すときにどこか眩しそうにしていたので、木陰で呼び出してあげればよかったと思った。


「ふん。本当に土竜だな。土まみれだがマニキュアもされているようだ。呼びかけにも答えている」


ブツブツとチェックポイントを唱えるアンゲラー氏。これ以上何かやることがあるかわからない。オパルスの鼻面を撫でてやりながら黙っていると、アンゲラーは一通りチェックできたのか、もういいぞとぶっきらぼうに言い放つ。問題ないならそれでよかった。


(あとは・・・)


チャールズが使ってしまったこの世界に存在しないだろう魔法の痕跡を誤魔化すことが重要だ。黙っていれば何もわからないとは思うが、万が一チャールズやオパルスが危険視されては面倒だった。


「こ、ここが・・・?」


「そうです」


「本気か?魔法なんて遠距離攻撃でも50Mもいかない。ここは半径で50Mはある!」


アンゲラーはなぎ倒されて、土がガラスになるまで焼けたその場所を見て、あんぐりと口をあけた。想定よりも広範囲の焼け跡に、戸惑いと焦りが隠せていない。チャールズたちがジッと見ているのに気づくと平静を装うとしたが、取り繕えていない声の震えのまま、調査隊の部下たちへ命令をしはじめた。


「アンゲラー様、異様な魔力残滓です。既に何日もたっているのにこれだけの数値ですとかなり高圧力な魔力が・・・人の所業とは思えません。やはり竜では・・・」


「あんな土竜にできるわけないだろう、巨体の火竜ならまだしも土竜は小さいし、穴ほり以外に魔法を使えるなんて話は聞いたことがない!くそっ面倒な・・・」


堅物そうな部下は魔力計測器の結果をみながら報告するが、アンゲラーに不機嫌そうに唾棄される。納得できない結果なのはわかるが、目の前にあるのは事実だ。部下はおとなしく調査が終わるのを父親と竜と座って待っている少年をみた。喋り方も受け答えも聡明さが伺え、アンゲラーの言葉に感情のまま怒り出したりしないところは老獪ささえ感じ取れた。


「・・・・」





サークル状の焼け跡調査は結局一旦打ち止めとなり、今日のところは撤収となった。原因は不明と言いたくないのか、アンゲラー氏は現状断定できず、とオータムナルに言っていた。見送りは不要、などと言っていたが礼儀としてせざるえないだろう、と父の背中を追いかけていく。さっさと豪華な馬車へ乗り込んだアンゲラー氏は顔も出さず、代わりに堅物そうな部下が馬から降りてきてくれた。


「チャールズくん、君はもうどの騎士学校へ行くか決めているのか」


「あ、父が隣の国ならツテがあると・・・」


「本来、竜との契約は竜騎士学科の人間の最終試験だ。稀有にも君は一足飛びにそれをこなしてしまったが、竜の扱い方や心構え、学ぶものは多いと思う。そして、できれば君には我が国の国民として我が国の騎士を学んで欲しい」


「・・・あの」


「紹介状を出そう。本件で何かと勘ぐるものは多いかと思うが、君が学び舎で誠実な姿をみせれば安心するものも多いだろう」


「・・・ありがとうございます」


「私個人からだが・・・君には軍に入って欲しいと思う」


そういってアンゲラーの部下らしき人は颯爽と馬で出発していた。号令をかけていたあたり、指示する側の人だろうことはわかるが、名乗りもされていないので誰かはわからない。オータムナルは隣で意外そうな顔をしていたが、チャールズからすれば、警戒されているのかと眉をひそめるばかりだった。


(うちの騎士学校って・・・貴族どもの巣窟だな)


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