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理想の夫は嘘をつく  作者: 熊猫ぱんだ


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共犯者

日曜の昼だった。

リビングには子供たちの笑い声が響いている。

美咲はキッチンでパスタを作り、悠真はソファでニュースを流し見していた。

莉奈は床に座って娘と一緒にクレヨンを広げている。

どこから見ても、普通の休日だった。


「お姉ちゃん、粉チーズどこー?」

「上の棚!」

「届かない〜」

「悠真取ってあげて」

「はいはい」


悠真が立ち上がる。

キッチンで粉チーズを取って渡すと、莉奈が笑った。

「ありがと、お義兄ちゃん」

「近い近い」

美咲が笑いながら言う。

「莉奈、最近ほんと悠真好きだよね」

「優しいし」

「はいはい」


軽い会話。

そのはずだった。

だが次の瞬間。

莉奈が何気なく言った。


「でもお義兄ちゃんって、浮気しても絶対バレなさそう」

空気が止まる。

悠真の視線が莉奈へ向く。

美咲は笑いかけたまま固まった。

「……え?」

莉奈はパスタを皿に盛りながら続ける。

「だって普通にモテそうじゃん。会社とかでも女の人寄ってきそう」

「お前さ」

悠真が低く言う。

「変なこと言うなよ」

「なんで?」

莉奈は本当に不思議そうな顔をする。

「別に褒めてるだけじゃん」

「褒めてねぇだろ」

美咲は苦笑しながら席についた。

「悠真はそういうタイプじゃないよ」

その言葉に、莉奈が一瞬だけ黙る。

「……そうかな」

小さな声。

悠真は眉をひそめた。

「莉奈」

少し強めの声。

だが莉奈は気づかないふりをする。

「だって営業って出会い多そうだし」

「はいはい、もうその話終わり」

美咲が笑って流す。

だが。


完全には流れなかった。



食事中。

悠真のスマホが震えた。

テーブルの上。

画面が一瞬だけ光る。


『次いつ会える?♡』


悠真は反射的にスマホを伏せた。

だが、美咲は見ていた。

ほんの一瞬。

でも、確かに。

「……誰?」

静かな声だった。

悠真はすぐ答える。

「会社の後輩」

「ハートついてたけど」

「ノリだろ」

自然に返す。

慣れた嘘。


だが、美咲は少しだけ黙った。

その沈黙を、莉奈は見逃さなかった。

「最近の子ってすぐハート使うよねー」

莉奈が明るく言う。

フォローしているような声。

でも。


その言葉が逆に、美咲の違和感を強くした。


「……ふーん」

美咲は笑う。

笑っている。

なのに目だけが少し違った。



食後。

子供たちが昼寝している間、美咲は洗い物をしていた。

悠真はソファでスマホを触っている。

莉奈は冷蔵庫からジュースを取り出しながら、わざとらしく言った。


「お義兄ちゃん、スマホ鳴ってるよ」

悠真の顔が少し変わる。

美咲の視線も動く。

「見ないの?」

「仕事」

短く返す。

だが、美咲はその瞬間を見ていた。


通知が来た瞬間、悠真が少し焦った顔をしたこと。

スマホを伏せる動きが妙に早かったこと。

ほんの小さな違和感。

でも、一度気づくと消えない。



夜。

ベッドの中。

子供たちはもう寝ている。

暗い部屋で、美咲がぽつりと言った。


「ねえ」

「ん」

「最近さ」

悠真は目を閉じたまま返事をする。

「何」

「スマホ触ってる時間増えたよね」

一瞬だけ空気が止まる。

「仕事だから」

「前はそんな感じじゃなかった」

悠真は少し苛立ったように息を吐く。

「疑ってんの?」

「そういうわけじゃないけど」

美咲の声は小さい。

「今日のハートの子とか」

「だから会社の後輩だって」

「……そっか」

それ以上は聞いてこない。


でも。

横になったままの美咲の背中は、どこか固かった。

悠真は天井を見つめる。

隣で眠るはずの妻が、今日は少し遠く感じた。


そして別の部屋では。

莉奈がスマホを握りしめながら、小さく笑っていた。

罪悪感で胸が痛い。

なのに。

少しだけ嬉しかった。


──


美咲が寝たあとだった。

リビングの電気だけがまだついている。

悠真はソファに座ったまま煙草を弄っていた。

頭の奥がずっと重い。

今日の美咲の顔。

疑ってはいない。

でも確実に違和感を持ち始めている。

全部、莉奈のせいだ。


廊下から足音が近づく。

「まだ起きてたんだ」

莉奈だった。

パーカーに短パンだけのラフな格好。

風呂上がりなのか、髪が少し濡れている。


悠真は視線も向けずに言った。

「お前さ」

空気が変わる。

莉奈の足が止まる。

「何」

「今日わざとだろ」

静かな声。

でも怒っていた。

「浮気とか、スマホとか」

莉奈は少し黙る。

「……別に」

「別にじゃねぇよ」

悠真が立ち上がる。

「お前が余計なこと言うから、美咲が変に勘づいてんだろ」

「私はほんとのこと言っただけじゃん」

「黙っとけって言ってんだよ」

強い声だった。


莉奈の肩がわずかに震える。

だが次の瞬間、莉奈も負けずに言い返した。

「じゃあ浮気やめれば?」

悠真の眉が動く。

「何」

「お義兄ちゃんが悪いんじゃん」

「お前に関係ない」

「あるよ!」

思ったより大きな声が出る。


二人とも一瞬固まる。

寝室の方を見る。

静かだった。


莉奈は少し息を荒くしながら続ける。

「お姉ちゃん、ほんとに何も知らないで信じてる」

「……」

「なのにお義兄ちゃん普通に嘘つくし、他の女抱くし」

「だから何だよ」

「最低だって言ってるの!」

悠真は苛立ちのまま莉奈の腕を掴んだ。

「声でかい」

「痛っ……」


ソファへ押し戻される。

至近距離。

莉奈の息が止まる。

悠真も我に返りかける。

だが遅かった。

触れてしまっている。

細い腕。

近すぎる顔。

風呂上がりの匂い。


「……離して」

莉奈が小さく言う。

なのに。

本気では嫌がっていない声だった。

悠真は舌打ちして手を離そうとする。


その瞬間。

莉奈が掴み返した。

服の袖。

弱い力。

でも止めるには十分だった。


「……なんだよ」

低い声。

莉奈は俯いたまま震えている。

怒っているのか、泣きそうなのか分からない。

「私だって嫌なのに」

「は?」

「こんな気持ちになるの」

悠真の心臓が嫌な音を立てる。

莉奈はゆっくり顔を上げた。

目が潤んでいる。


「お姉ちゃんの旦那なのに」


その言葉が妙に重い。

悠真は離れなきゃいけないと思った。

本能では分かっている。

これは駄目だ。

でも。

莉奈が泣きそうな顔で見上げてくる。


「お義兄ちゃんが優しくするから」


その瞬間。

悠真の中で何かが切れた。

「……知らねぇよ」

掠れた声。


次の瞬間、悠真は莉奈にキスしていた。


短く。

触れるだけのはずだった。

でも莉奈は抵抗しなかった。

それどころか。

目を閉じた。

悠真の理性が一気に揺らぐ。

離れた瞬間、二人とも息が乱れていた。

静かなリビング。

時計の音だけが響いている。

莉奈は呆然としたまま唇に触れる。


「……うそ」

震える声。

悠真も自分が何をしたのか理解しかけていた。

最悪だ。

浮気とは違う。

これは。

絶対に越えちゃいけない一線だった。


その時。

廊下が小さく軋んだ。


その瞬間、二人の身体が固まる。

悠真は反射的に莉奈から離れた。

心臓がうるさい。

最悪だ。


だが次の瞬間、聞こえてきたのは子供の泣き声だった。

「……っ」

莉奈が息を吐く。

悠真も額を押さえた。

娘だった。

寝ぼけたまま廊下に立っている。

「パパぁ……」

悠真はすぐ立ち上がる。

「どうした」

「こわい夢みた……」

抱き上げると、娘はすぐ首にしがみついてきた。


その小さな温度に、さっきまでの空気が一気に現実へ戻される。

悠真は無言のまま娘を寝室へ連れていく。

ベッドでは美咲が眠そうに目を開けた。

「どうしたの?」

「起きた」

「そっか」

美咲は娘を撫でながら、ぼんやり悠真を見る。

「……まだ起きてたんだ」

「煙草吸ってた」

自然に返す。

美咲は小さく頷いた。


その時。

廊下の向こうに、莉奈の姿が見えた。

美咲が首を傾げる。

「莉奈も起きてたの?」

一瞬だけ空気が止まる。

だが莉奈はすぐ笑った。

「喉渇いて水飲みに来ただけ」

「びっくりしたぁ」

美咲は安心したように笑う。

「静かにしてよね、子供起きちゃうから」

「ごめんごめん」

いつも通りの声。


自然だった。

なのに。

悠真だけは分かっていた。


さっきキスした女が、今「お姉ちゃん」と普通に笑っている。

頭がおかしくなりそうだった。



翌朝。

朝食の空気はいつも通りだった。

子供たちは笑っている。

美咲も普通に話している。

莉奈も笑っている。

なのに。

悠真だけがまともに目を合わせられなかった。


「お義兄ちゃんコーヒーいる?」

莉奈が自然に聞いてくる。

「……ああ」

少し声が掠れる。

美咲が笑う。

「悠真、なんか今日変じゃない?」

「寝不足」

「珍しいね」

莉奈は黙ったままコーヒーを置く。

その指先が少しだけ震えていた。



昼過ぎ。

仕事中。

悠真のスマホが震える。


莉奈。

『昨日のこと忘れて』

短い文章。

悠真は数秒見つめる。

だが続けてもう一件届く。

『無理ならごめん』

悠真は深く息を吐いた。


忘れられるわけがない。

唇の感触がまだ残っている。

『忘れろ』

送信。

すぐ既読。

数秒後。

『お義兄ちゃんは忘れられるんだ』


その一文に、悠真は妙に苛立った。



夜。

帰宅すると、美咲がソファでスマホを見ていた。


「おかえり」

「ただいま」

いつも通りの声。


だが次の瞬間。

「ねえ」

美咲が顔を上げる。

「昨日さ」

悠真の心臓が跳ねる。

「夜中、莉奈と何話してたの?」

空気が止まる。

「……別に」

「なんか変な空気だった」


鋭くはない。

でも女の勘みたいなものだった。

悠真はネクタイを緩めながら答える。

「お前の話」

「私?」

「最近元気ないって」

美咲は少し驚いた顔をする。

「莉奈が?」

「ああ」


嘘。

でも自然だった。

「お前心配してたぞ」

美咲の表情が少し緩む。

「……そっか」


その時。

キッチンから莉奈が出てくる。

「お義兄ちゃんおかえり」

視線が一瞬だけ合う。

昨日のキスを思い出す。

だが莉奈は何もなかった顔をしていた。


「ねえ莉奈」

美咲が笑う。

「昨日、私のこと話してたの?」

莉奈は一瞬だけ止まった。

でもすぐ笑う。

「うん」

自然だった。

「最近お姉ちゃん疲れてそうだから」

「なにそれー」

美咲が笑う。


疑いは消えた。

完全に。

その様子を見ながら、悠真は妙な感覚に襲われる。

助かったはずなのに。

なぜか安心できない。

むしろ。

秘密が深くなっただけだった。


その夜。

風呂上がり、悠真がベランダへ出ると、後ろから扉が開いた。

振り返る。

莉奈だった。


「……何」

悠真が低く言う。

莉奈は少し黙ってから、小さく笑った。

「ちゃんと誤魔化せたね」


その顔は。

もう完全に、“共犯者”の顔だった。

ここまで読んでくださってありがとうございました!

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