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07 夜咄ついでに探ってみました。

 公園を去った後、ひぃひぃ言いながら『森の洋館』まで戻った俺。

 そんな俺を迎えたのは、「遅い」と頬を膨らませた玲乃だった。


 「すぐに帰るって言ってたじゃない」と不満を漏らしていた彼女だったが、夕飯を食べ終わったころには機嫌は元通りになってくれたようだ。


 そして、怜美さんが昨日のように訪問し、彼女を風呂に入れてくれた。例の如く「自暴女」はすぐに就寝。怜美さんも今日はすぐに帰った。


 したがって、手持ち無沙汰になってしまった俺。

 特にもうすることはないので自室のベッドに寝転がり、天井をぼーっと見上げていた。


 考えることが多すぎる。

 まずは、先ほど公園で話した鈴菜と玲乃の関係をどうするか。

 そして、昼間のあの本の事件。あの時、本が入れ替わったのは考えれば考えるほど勘違いとは思えない。


「しっかし、考えたからって解決する問題じゃないんだよなぁ」


 ほぼ無自覚に口に出してから、確かにそうだと納得する。

 つまり、俺はもうおとなしく寝るという選択肢しか残されていないのか。


 疲れが残る腕を持ち上げ、俺は照明を消した。

 部屋から光がなくなると同時に、空気がしんと冷えた気がした。

 ……夏の夜だというのに肌寒さまで感じる。何かが、おかしい。


『やぁ、こんばんは。いい夜だね』


 その違和感の正体は、きっとその『何か』だったのだろう。

 たった一瞬、まばたきをする間に、何もなかった目の前へ宙に浮く光が出現していた。


 悪戯っぽさを含んでいながらも、どこか無機質なその声もその光から出ているような気がする。


「昨日のはやっぱり夢じゃなかったのか……」


『お、ちゃんと覚えてはいたんだね。でも驚いたでしょ? あの本の件』


「それもあんたの仕業か」


 俺は寝転がったまま、その光と言葉を交わす。明らかに非日常的な状況なのに俺はそれに違和感を感じていなかった。

 多分、ここで取り乱したり無益な質問をするのは今後の自分の人生を左右する。本能的にそう感じ違和感を消しているのかもしれない。

 ……まぁ多分、よくわからないこの状況に理解が追い付いていないだけだろうけど。


『仕業? 人聞きが悪いなぁ。ボクはきみの望んだ交換を行っただけさ。〈犠牲〉も〈対価〉も君が選んだものだ』 

 

 その声音は少し笑っているようだった。まるで、こちらの反応を窺って楽しんでいるような。

 俺はそれが少し気にくわなかったので、できるだけ反応を小さくする。


「別に頼んでもいないのに勝手に交換してもらっても困る」


『それでも君はその交換を望んでいた。なら、君に何の不都合があるのかい?』


「……というより、だ。まずその交換についてちゃんと聞かせてくれないか。詳細がよくわからないまま話を進められても困る」


『ボクの質問は無視かい。はいはい、わかったよ』


 不思議とその光がげんなりとした気がした。光がげんなりする、というのは擬人法の乱用にも程があるか。

 しかし、その『何か』は律儀に説明を始める。


『簡単に言えば、ボクは君の欲しいものと、それと同等の価値を持ついらないものを交換することができるんだよ』


「それが、〈犠牲〉と〈対価〉か?」


『そうそう。例えば、君は100円の鮭おにぎりを買ったとしよう』


「俺、鮭嫌いなんだけど」


 あのちょっと生臭さが残る鮭、あれは苦手だ。

 っていうか、突然何の話だよ。


『なら好都合だ。君は鮭が嫌いだけど、鮭おにぎりを買ってしまった。本当は100円の昆布おにぎりが食べたいのに』


「ならなんで鮭を買ったんだよ……」


『まぁ、在庫がなかったとかいろいろ理由は考えられるだろう? 今この話で大事なのは鮭おにぎりと昆布おにぎりが100円という同等の価値を持つもので、君は鮭ではなく昆布を食べたいということだよ』


「なるほど、そこでお前の出番、ってわけか」


 やっと頭の中でおにぎりの話と今までの会話の内容が繋がった。

 両手を頭の下において、寝転がり何かを考えるときのポーズをとる。


『なかなか察しがいいね。そう、ここでボクは君に『交換の機会』をあげるわけだ。そして君は鮭おにぎりを〈犠牲〉に昆布おにぎりを〈対価〉として得るわけ』


 そして『何か』は言葉を切った。


「なんだか例えがしょうもなくてパッとしないな……。で、この交換によってお前は何が得られるんだよ」


 すかさず俺は質問する。

 この『何か』が俺に『交換の機会』なんていうチャンスをくれるのは、そいつ自体にも何か利益があるに決まっている。

 それがわからないのにこの交換をしようという気持ちにはならない。


『あー、やっぱり君はそういうこと聞くか。あれでしょ、タダより安いものはないみたいな疑い深い人種だ』


「うるせ。ちょっと用心深いだけだ」


『まぁ、君の疑問をもっともか。でも安心して。ボクがこの交換をすることで一方的に不利益を受ける人なんていない。もちろん、君を含めてね』


 その言葉を放ちながら、その光は次第に弱まっているようだった。


『おっと、そろそろ行かないと』


「どこに?」


『君の知らないどこかにさ。とにかく、『交換の機会』は上手く使いなよ。……もう、しくじらないようにね』


「えっ」


 瞬間、目の前の光は消滅した。

 それと同時にまるで意識の糸が切れた感じが脳を貫き、一瞬にして俺は眠りのそこへ落ちていった。


『ごめん、なさい……』


 どこか遠く。

 俺の知らないはずのその場所から小さな悲鳴が聞こえた。


 

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