06 買い出しついでに、嫌な予感を感じました。
緊急事態発生である。
「食料が……ない……!」
午後の5時を過ぎ、さて夕飯の支度にとりかかろうかとした矢先、俺はその事実に気が付いた。
今日の昼までは冷蔵庫と食品庫(ユーティリティとかいう名前があるらしい)に入っていた食材を料理していたのだが、ついにそこの食品がそこを尽きた。
いや、お米とかお味噌とか、そのほか調味料はまぁまぁ残っている。だが、肉、野菜といったメインの食材がもう存在しないのだ。
……白米に具なし味噌汁というメニューも考えはしたが、管理人というアルバイトをしている立場ゆえ、もうすこしまともな食事を提供するべきだろう。
と、いうわけで俺は買い出しに行くことになった。
交通手段は、家の裏にあった自転車。ちなみに玲乃から許可はもらっている。
「行きますか」
ボソッと一人呟いて、俺は家を出た。
夏と言えど、5時ともなると陽はある程度傾いている。オレンジとは言わないが、薄い青色のキャンバスに、これまた本当にうすい橙色を乗っけたような空が一面に広がっている。
木々の隙間から見える落ち行く太陽はなかなかにきれいだ。
なかなかに長い時間、ゆるやかな下り坂が続いていた。
森の中の草が生えていない道らしきものを進んでいると、あの『森の洋館』が少し小高い丘の上に建っていることを知ることができた。
長らく続いた坂も終わり。
森から出るとすぐに道はコンクリートで舗装されたものになり、傾斜もなくなった。
ちらほらと民家も見えるようになり、俺は建物の多いほうへ多いほうへと進んでいく。
そして、15分ほど経っただろうか。
そのくらいの時間で俺は傘町のメインストリートへたどり着くことができた。
商店街……のようなのだが、残念なことに半分ほどの店がシャッターを下ろしている。
今日は早めに店を閉めた、というわけではなさそうだ。
しょうがないので途中で見つけたスーパーに立ち寄り、俺はそそくさと買い物を済ませた。
ウィンと駆動音を鳴らして開く自動ドアをくぐり、俺は店を出る。
自転車のかごにレジ袋を入れて、俺は自転車を押し、進みだした。
往来は少ないもののある。
買い物帰りのお母様方や部活帰りと見受ける中高生。
彼らが少し珍しそうにこちらを窺いみているような気がするのはたぶん気のせいだろう。
そのまま俺は進む。
やがて商店街は抜けて住宅がちらほらと建つあたりにやって来た。
その周りの風景一つ一つが新鮮で、いつのまにか感傷的な気分になってしまう。
だから、急に後ろから声をかけられたとき、俺はとても驚いてしまった。
「すみません、お兄さん」
びくっとして後ろを振り返ると、そこには制服に身を包んだ一人の少女が佇んでいた。
栗色の髪はショートボブにふんわりと切りそろえられ、大きな瞳と相まって活発な印象を受ける。
雰囲気で例えるとするなら、部活が大好きな快活な高校生……といったところか。
「えっと、何か用?」
ちょっと突き放した言い方になってしまったかと心配したが、彼女はとくに気にする様子はないようだった。
「呼び止めてすみません。わたし、近くの霞ヶ丘高に通ってる佐々木鈴菜と申します。突然なんですが、お兄さんはここらへんの人じゃないですよね?」
「あー、そうだね。ちょっと用があってこの町に滞在してる」
やはり、というように彼女は頷いた。
「用……というのは、仕事か何かですか?」
「あぁ、まぁそんなところ」
実際にはアルバイトなのだが、ちょっとだけ見栄を張って首肯してしまった。
それに彼女は確信を得たかのように目を見開き息をのむ。
そして、少しためらうしぐさを見せたのち、決心したようにこちらを見つめた。
「お兄さん、もしかして、あなたの仕事ってこの上の『森の洋館』に関係がありますか?」
まっすぐにこちらを見つめるその瞳。
それに揺らぎなど全くなかった。
だけど、佐々木と名乗った彼女の声は少しだけ震えていた。まるで、何かを恐れるかのように。
「そう、だけど……どうして?」
「……お兄さん、話は長くなります。お時間、大丈夫ですか?」
□
夕方の公園というのはかなり幻想的だった。
揺れないブランコ。片方に傾いたままのシーソー。建築物の残骸が残る砂場。
それらすべてがお互いに今日一日の労働を慰労しあっているみたいだ。……なんて、誰かに言ったら馬鹿にされるだろうから心の中に閉じ込めておく。
「とにかく座りましょうか」
彼女――佐々木さんはそう言うと近くのベンチに腰掛けた。
俺はその隣へ、できるだけ距離を離しつつ不自然に感じない場所をチョイスし着席。
「えっと、まず俺も名乗っておこうか。俺の名前は浅田唯。17歳です」
「浅田さん……唯さんと呼んでもいいですか?」
「え、あぁ……うん」
なんだか少し気恥ずかしさも覚えるが拒否するのもそれはそれでおかしいだろう。俺は少し照れる気持ちを持ちながらも頷いた。
「あの……質問ばかりして申し訳ないのですが、唯さんは逢坂玲乃という女の子を知って……ますよね」
「うん、まぁ」
逢坂、という苗字は少し聞きなれなかったが、玲乃と初めて会った時、彼女はそう名乗った気がする。
「佐々木さんは、れ――逢坂さんとどういう関係なの?」
「鈴菜と呼んでください。わたしも唯さんと呼ばせてもらっているわけですし」
「……わかった。そう呼ぶ」
なんだか調子が狂う。
第一印象は活発な感じの子だったのだが、意外にその態度はおとなしめだった。
いや……違うかもしれない。彼女は極端に緊張していて、普段とは違う態度をとってしまっている……?
よく見ると、彼女の体は震えていた。
「えっと……逢坂さんとの関係、でしたね」
「あ、あぁ」
本当に訊いてよかったのか、という思考がよぎるがもう取り消しはできない。
電柱のカラスが、たった一度鳴き声を響かせた。
「わたしと逢坂さんの関係を簡単に言うなら……そうですね、『いじめっ子といじめられっ子』、でしょうか」
「……」
思わず息を呑んだ。
彼女の声音に乗る自嘲と後悔の念。それがすべてを物語っている気がした。
この子が、かつて玲乃をいじめていた、っていうのか……?
それに、この感情の高まり具合。ただの傍観者なんかじゃなかったのだろう。いじめの中心人物、あるいはもっとひどい――
「もしかして」
無意識に言葉が出ていた。
その仮説が目の前の彼女と結びつく前に俺はその言葉を口に出していた。
その言葉に、彼女はきっとそれを察したのだろう。
「唯さんは、知っているんですよね。あの子――逢坂さんが手足の自由を失った理由を」
「……大まかな事実は聞いた」
俺は、できればその言葉を彼女に言ってほしくないと感じた。
その言葉を聞いてしまえば、俺はきっと目の前の女の子に今とは別の感情を抱いてしまうだろうから。
だけれど、彼女は口を開いた。
遠くの陽は、もう水平線の向こう側へ行こうとしている。
「わたしが……その理由なんです。わたしが逢坂さんの自由を、奪った張本人なんです」
「……そっか」
なんというか、俺はいまなんという言葉を返すのが最適なのかわからなかった。
だから、一番無難で一番無関心を装うことのできる相槌を打った。
「えっと……ごめんなさい。いきなりこんなこと言うなんて変ですよね」
「いや、俺も大体事情は知ってるから気持ちは察するよ」
「……ありがとうございます。あの、わたしが唯さんを引き留めたのは理由があって……」
「理由?」
彼女は腰ごとこちらに近寄ると、こちらをまっすぐ見据えて言葉を放った。
「わたし、逢坂さんに伝えたいんです。ごめんなさい、って一言だけでも」
その言葉は、真剣以外のなにものでもなかった。
ごめんなさい。
たった六文字の薄っぺらい言葉。それに目の前の鈴菜の思いがすべて託されているような気がした。
「なんだか恥ずかしいですね。初対面の人にこんなこと言って」
そうして、彼女は誤魔化すように笑った。
「すみません、引き留めてしまって。でも、このことについて人に話したのは初めてで……なんというか、少し軽くなりました」
「よかった。それで……どうしたいんだ?」
俺と彼女は自然にベンチから立ち上がりながらそう言葉を交わした。
どうしたいのか。その前につけられた逢坂との関係を、という言葉にきっと彼女は気づくだろう。
「よく、わかりません。でも、とにかく謝らなきゃいけないと思うんです」
「そっか」
この子は、いい子だと思った。
子、って言ってもきっと俺と同い年か一つ下ぐらいなんだろうけど。
「じゃあ、連絡先教えてもらってもいいですか? その……いろいろと話を聞いてもらいたいですし」
「あぁ、了解」
俺の管理人生活2日目。なんだか面倒なことに巻き込まれるような気がする。
勢いに乗って連続投稿してしまった……。




