008 『魔封という力』
背中をソファーの背もたれに預け、風見は考えながら口を開く。
「実はこの君たちが今住んでいる世界の他にも、沢山の世界が存在する。この世界など数多存在する世界のただ一つに過ぎないんだ。そして、世界というものは、それを構成、維持する核というものが必ず一つはある」
そこでいったん言葉を切り、祐樹たちの表情を窺ってから、
「もし、その核が壊れたらどうなると思う?」
風見の問いは問いのようでいてそうではない。
それに、随分と唐突な話だ。祐樹が黙ったままでいると、彼女は浅く頷き、
「世界は消えてなくなる」
あっさりとした口調で言ったため、祐樹は危うく聞き流すところだった。
「消えて……なくなる?」
「そう。跡形もなく、ね。無論、その中にいる人諸共に。だけど、世界が崩壊するなんて事、簡単に起こる筈もないよね? 君は今この事を聞いたからといって、今にも消えてしまうかも知れないと、そう思うかい?」
思う訳がない。今まで確固として存在していたものが、話を聞いたぐらいで消えてなくなる訳がない。祐樹は首を振った。霧香も同様だ。風見は軽く微笑み、
「だよね。でも、外の世界に、この世界の崩壊を望む者がいたら?」
と、柔らかい口調で問う。祐樹は答えられない。そんな事はあって欲しくない。しかし、風見は断定的な口調で、
「いるんだよ、そういう世界が何処かに。この世界にだっているでしょ、戦争が好きな人は。何処にだっている。何時だっている」
風見のに反論する事が出来ない。祐樹は力なく俯いた。
確かに、彼女の言葉通り、闘争を、戦争を望む者がいる。
「まあ、今はそんな話をする時間じゃないから、この話題は打ち切るけど。この世界を、とは言わず、無差別に他の世界を破壊しようとする輩はごまんといる。僕らは、そんな輩からこの世界を護るためにいる」
「世界の守護者ってこと? いわゆる正義の味方ってところかしら」
「そうだね……まあ、正義を名乗るつもりは毛頭ないけれども。僕らは自身のことを『魔封師』と呼んでいる。字面は――」
懐出したペンでテーブルの上に置いてあったメモ帳にさらさらと文字を書き記す。書かれたのは『魔封師』という文字で、
「一般的に言う魔法ではなく、『魔を封じる者』という意味がある。その辺はお間違いのないようお願いするよ。そうでなければ、神の奇跡の力は自分達のものだと言い張ってる宗教関係の連中が五月蝿いからね。もっとも、彼らに言わせれば、魔法ではなく、魔術だがね……っと。話が逸れかけた。世界については説明する事はあまりないから、魔封の説明に移るけど、いいかい?」
いいも何も、彼女の言葉を聞いてる事しか出来ない祐樹は返事のしようもない。
その事を風見も察したのか、一つ頷き、
「訊かれても困るか。じゃあ、魔封および魔封師の概要を話そう。先程も話したけど、魔封師はこの世界を護るためにいる。無論、敵は外だけではなく、中にもいる。その代表例が魔物だね。まあ、その話は今は置いておくとして、だ」
そこで紅茶を一口。香りを楽しんでからソーサーに戻し、続きを口にする。
「魔封師は人に仇為す魔物を狩り、この世を侵さんとする異世を退けるのが役目。魔封師になるには継約の儀という儀式を執り行う必要がある。継約の儀は、魔封師になりたい人間が力ある存在から力を借り受けるための儀式だ。その儀式を通じて、魔封師は力を得る」
「なるほど、通過儀礼があるって訳か。力ある存在とかなんとか……結局、魔封ってのはどういうものなんだ? さっき、宗教云々言っていたが……」
祐樹が続きを促すと、風見は浅く頷き、
「じゃあ、魔封について話そうか。力ある存在を僕たちは便宜上『神』と言い表している。その神はこの世界に協力することを承諾した過去の英雄や道を極めた者で、各自が何がしかの力に長けている。魔封師はそんな者たちの力の一端を使わせて貰う訳だ」
「神、か……だから宗教とかなんとか言っていたのか」
「そう。彼らが信じる絶対者とは全くの別物だけど、適当な表現が他にもなくてね。人によっては英霊なんて言うけれども、必ずしも英雄な訳でもないしね」
「なんだか、いろいろと複雑なのね」
霧香の正直な感想に、風見は苦笑いを漏らす。
「まあ、ね……まあ、神、力を持つ者から力を借り受ける訳だけど」
もう一度ペンを取り、文字を書き始める。祐樹たちに見える方向に、つまり風見からは逆方向に文字を記しながら、
「魔封師が行使する魔封は八つの系統に分かれる。光、闇、炎、水、風、地、雷、氷。魔封の属性は、儀式の時に力を借り受ける神の能力に近いものが割り振られる」
光、闇、炎、水、風、地、雷、氷の八文字が円形に配される。
「これらは二属性ごとに相反するもので、ぶつけると対消滅する。例えば、光と闇の組だね」
「プラスの力とマイナスの力と捉えると考えやすそうだな」
「そうだね。光、炎、風、雷の四属性を発散。それ以外を収束属性と呼ぶ人もいる」
「なるほど……」
祐樹が納得したところで、別紙にもう一つ単語を書く。
「で、もう一つの力があって、『神技』と呼んでる。これは君にも大きく関わってくるものでね」
「俺に?」
風見の台詞に驚きと興味を得た。
「君自身が言っていただろう。オルカの夢を見るって」
「ああ、言ったな」
風見が言うには、オルカ率いる軍がアーデルの国への最終進撃の夢ということだが。
「実を言うと、オルカは神だ」
「あいつが?」
「そう。しかも、かなりの力を持った、ね。元居た世界では後に軍神として崇められているほどさ」
「軍神、か……」
確かに、鬼神もかくやという戦いぶりはまさしくそう呼ぶに相応しいものがあったが、それが本当に軍神として祀り上げられているとは、にわかに信じがたい。
「そこは厳然たる事実だ。君がどう思おうとも、ね」
でだ、と彼女は前置き、
「何故君が彼の夢を見るか。薄々は勘付いていると思うけど」
「それは――」
祐樹が答えようとしたところで、騒がしい足音のすぐ後に、応接間の扉が弾けるように開け放たれた。
何事かと振り向く祐樹たち。そこにいたのは満面の笑みを浮かべた少女だった。