第13話 君たちも日本人なんでしょ? この世界には日本人が集まってるのかな?
世界剣オメガブレイドがそのままでは使えないことを、重人は預言書の記述により知っていた。そもそもこれまでに集めた素材は、剣を修復するために必要な物なのだ。
重人と仲間だけで剣を入手できれば、何も問題はなかった。
だが、玲はヨシフミの配下になり、ヨシフミが剣に興味を示した。
こうなると当初の計画は変更する必要がある。
預言書は新たなルートの攻略手順を導き出した。
エルフの里が消失。王族が世界剣を先に手にしているなど、イレギュラーなイベントも発生はしたが、それは概ね重人に有利な展開だ。
一番やっかいなケースは、ヨシフミがボロボロの世界剣に何かあると考えて大事にしまいこんでしまうことだった。
そうなると重人では手が出せない。世界剣でのヨシフミ打倒は諦めるしかないだろう。
だが、ヨシフミは早々に世界剣への興味をなくし、やってきた王族に目を向けた。
ヨシフミはいつも隙だらけだ。
出し抜く機会はどこかにあると重人は思っていたが、レナが戦いはじめたので十分な余裕ができた。
重人と玲は、姿を隠すマントを身につけた。
これまでの旅の途中で入手したものだ。姿を隠したまま戦えるような代物ではないが、隠密行動には向いている。
落ちている剣を拾い、そのまま部屋を出る。
慌てず、騒がず、冷静に。気配を消したまま、そっとヨシフミたちから離れていく。
「剣を使えるようにするにはどうするの?」
ヨシフミたちから距離を取ったところで玲が訊いてくる。
ヨシフミを出し抜いて世界剣を奪い取る。これは玲の指示によるものだった。
玲の運命の女は覚醒してより強力になっている。
異性に好意を持たれる程度ではなく、隷属させるまでに至っているのだ。
だが、重人自身は支配されているなどとは思っていない。
この異世界に転移する前から玲には好意を持っていた。
なので、能力など使われずとも玲を助けただろうと思っている。
もっとも、以前から好意を持っていたという記憶そのものが能力により芽生えたものであることは、重人には認識することができない。
玲の支配下にある者は、支配されていることに気付くことすらできないのだ。
「もっと距離を取る。世界剣の修復には時間がかかるんだ」
重人に鍛冶の技術や知識はない。
だが、世界剣の修復のために事前に集めていた素材や道具がある。それらを用いれば自動的に修復されるはずだった。
「ここを出るのね」
「ああ。だが、帝国の支配領域に行けばアビーに見つかる。なので森を逃げ回ることになるな」
四天王のアビーは冒険者の元締めだ。
帝国で行われている冒険者ごっこの全てを仕切っていて、エント帝国の全てを把握できるという。
ただ、エルフの森だけは例外だ。外部からは中をうかがい知ることができない。
「ヨシフミは無敵だが、それだけだ。レナの能力は不安だったが、これだけ時間が経っても追ってきていないということは、能力の範囲外に出たはずだ」
レナのクラスは中ボスだ。
その能力にはふざけた性能のものが多く、中には逃げた敵の前に現れる『先回り』や、立ち止まり安心したところで背後に現れる『忍び寄る者』がある。
だが、しょせんは中ボスということか、その能力が及ぶ範囲には限りがある。
聞いた話では、自分を中心に半径百メートルほどが有効範囲だった。
「距離を取ったからこそこそしなくていい。ここからは急いで」
預言書の化身、ナビーが姿を現した。
「どうやってここから出るんだ?」
「来た道を戻るのはリスクが高いですから、別の出入り口に行きます。ゆっくり本を見ながら罠を回避している暇はないですから、私が指示するとおりに動いてください」
「わかった」
三人は駆けだした。
遺跡は様々な罠が仕掛けられた迷宮になっているが、ナビーの指示に従って動けば問題はなかった。
設置式の罠や、決まり切った迷宮の攻略は預言者の力があれば簡単に突破できるのだ。
深い地下から地上を目指して、上へ上へと進んでいく。
しばらくして、太い柱が立ち並ぶ広い通路に出た。
そこを進んでいくと、出口らしき光が見えてくる。
「あれがそうだよな!」
「はい」
だが、それはかなりの上空にあった。天井にぽつんとあいた穴が出口のようなのだ。
そのまま駆けていき、出口の下あたりまで来て立ち止まる。
あたりには、出口につながるようなものは見当たらなかった。
「どうやって上るんだ?」
ナビーなら攻略方法を知っているのだろうと楽観的に重人は訊いた。
「いえ……ここには昇降機があるはずなんです」
「あるのは瓦礫の山だな」
おそらくはその穴から落ちてきたのであろう物がそこらに散乱していた。
「身体能力が上がっているとはいえ、この高さをジャンプはできないな」
見ただけでは高さはよくわからないが、五階建ての建物ぐらいなら収まりそうな空間だ。
重人はギフトを得たことで基礎的な身体能力が向上しているが、それでもこの高さを跳躍できる気はまるでしなかった。
手持ちの道具を脳裏に浮かべる。
しかし、この状況を打開できそうな物は思い当たらなかった。
「別の出口は?」
「私の知る限りではありません。この遺跡への正規の入り口がここで、私たちがやってきたほうは隠し通路なんです」
「どうするんだ?」
「ここで世界剣の修復をしてしまうという手もあります」
「大丈夫かよ?」
「ここまでの経路を思い返していただければわかると思いますが、この迷宮はかなり複雑な構造をしています。隠れ潜めばそう簡単には見つけられないのではないでしょうか」
「直せれば、ヨシフミは倒せるんだな?」
「はい。世界剣はただの武器ではありませんので。相手がどれほど強かろうと関係がありません」
「ねえ。何か下りてきたけど?」
玲がぽつりとつぶやくように言った。
「下りてくるって、何が?」
ナビーと話していた重人は、玲が見上げる先を見た。
人らしきものが、天井に開いた穴から下りてくる。
それは、白いコートを着た少年だった。
「ナビー……あれはなんだ? 預言はどうなってる!?」
「わかりません……世界剣を奪取した時点で預言は更新されていますが……あんなものはどこにも出てきません……」
預言書の記載はリアルタイムで更新されるわけではない。
未来が変わりうる重要な局面を通過した際に、更新されるのだ。
だが、預言に出てこないということは、あの少年もイレギュラーな存在ということだろう。
少年はゆっくりと下りてきていた。
重力など関係ないという様子で、己の定めた速度で移動しているだけに見える。
少年が下りてくるにつれ、重人の足は震えだした。
汗がしたたり落ち、心拍が速まる。
重人は、圧倒的なまでの格の違いを感じていた。存在としての次元がまるで違うのだと本能で悟っていたのだ。
重人は崩れるように膝をついた。
そして、跪き、頭を垂れている。
それは、畏怖の念によるものだった。そうしなければならないのだと、身体が勝手に動いていた。
玲も少年がもたらす情動には逆らえなかったのだろう。同じように跪き頭を下げている。
ナビーは、いなくなっていた。人の姿をとっていられなくなったのだろう。
「ごめんね。人がいるとは思ってなかったんだ。ちょっと力を弱めるよ」
少年はいつの間にか地面に降り立ったらしく、声はすぐ近くから聞こえてきた。
その声と同時に、身動きがとれなくなるほどの感情の渦が治まった。
畏敬の念はまだ存在しているが、顔を上げる程度のことはできるようになったのだ。
「あ、あなたは……」
「そういうの好きじゃないんだよ。もっとざっくばらんな感じできてくれないかな」
重人は迷った。
格上の人間が言いだす無礼講など、本気にしていいものかまるでわからないからだ。
『ここは言われたようにしましょう。ここまでの上位存在になると複雑な腹芸などはなくなるものです』
ナビーの声が聞こえてきて、重人は心の余裕を少し取り戻した。
「こんにちは」
「うん。こんにちは」
少年はにこにこと微笑みながら挨拶を返してきた。
敵意はないのだろう。彼に敵意があれば、こうして話をすることもできないはずだ。
「立ってくれないかな。ちょっと話をしたいだけなのに跪かれるととまどっちゃうよ」
そう言われて重人と玲は立ち上がった。
「あんた……日本人か?」
同年代の日本人の少年。重人は顔つきからそう判断した。
「日本か。懐かしい響きだね。確かに僕は日本人だよ」
「あんたも賢者に召喚されたのか?」
下手にへりくだる方が機嫌を損ねるかもしれない。口調はこんなところで問題はなさそうだと重人は考えた。
「この世界には招き入れられたけど、賢者なんて人じゃなかったと思う。けど、もしかしてあれが賢者だったのかな? 賢者って背中に翼の生えてる小さな女の子?」
「さあ……賢者にもいろいろといるらしいけど……」
重人が見たことのある賢者は、シオンとヨシフミだけだ。この二人に共通点などほとんどないので、他にどんな賢者がいるかはわかったものではなかった。
「ふーん。君たちも日本人なんでしょ? この世界には日本人が集まってるのかな?」
「来たくて来たわけじゃないけどな。日本人ならこの世界には結構な数がいるよ」
「そうかぁ。僕はタクミって言うんだ。君たちは?」
「俺は三田寺重人で、こっちは九嶋玲だ」
「そうそう。名字とかあったよね! 僕はもう忘れちゃったんだけど」
「タクミは何をしにここへ?」
「ああ。探し物があってさ」
重人の心拍数が上がる。
こんなところで探し物と言われれば、世界剣のことではと思ってしまったのだ。
彼が世界剣を求めたなら、抗う術はない。
よこせと言われただけで、重人は唯々諾々と従うことだろう。
「何を探してるか訊いていいか?」
「いいけど、なんでそんなに緊張してるの?」
「人見知りでね。知らない奴と話すのが苦手なんだ」
「そうなんだ。僕が探してるのは神だよ」
重人は少しばかり安心した。
「ここにいるのか?」
「うーん。いるっていうのかどうか。力を失って、分割されてるみたいなんだよ。だからその一部がここにあるって感じかな」
「それを集めて統合するのか?」
「そうだね。僕は神を殺したいだけだから、まずは元に戻ってもらいたいんだよ」
「あんたは……神……じゃないのか?」
タクミの神々しいまでの気配は、神だと言われても十分に納得できるものだった。
「さっき言ったように、僕はもともと日本人だから神様なんかじゃない。けれどいろいろあって神を殺せるようになってね。神を殺せるのが神ということであれば僕も神に準じる存在とは言えるかも」
「なんで神を殺したいんだ?」
「暇潰しかな。他に手応えのあることなんてないしさ」
けっきょくのところ、力を手にした存在の行き着く先はそんなものらしい。
ヨシフミも力を持て余して、暇潰しを目的に行動している。
「ああ。そろそろ行こうかな。引き留めて悪かったね」
「いや、引き留めるも何も、ここで立ち往生してただけだから、別にいいんだけど」
「あ、そうなの? もしかしてここを出たいとか?」
「そうだな。どうにか出る方法はないかと考えてるところだったんだが」
「なんだ、だったら早く言ってよ。じゃあ出してあげるよ。あそこから出るのでいいの?」
タクミが天井を指さす。重人がうなずくと、重人と玲の身体がふわりと浮いた。
「な!?」
「じゃあね」
そのまま重人たちは浮き続け、あっというまに出口に到達した。
出口の穴を通り抜け、あっさりと地上へ出る。
そして、難なく着地することができた。
重人の身体からどっと汗が噴き出した。
タクミが離れていくのがわかる。その圧倒的な気配が地下へと向かっていき、少しずつ薄れているのだ。
「なんだったんだ、あれは……」
「怖かった……」
玲が素直に気持ちを吐露した。
「とにかく! さっさと移動しましょう!」
ナビーが現れて言う。
そのとおりだった。なんだかよくわからないがせっかく助かったのだ。のんびりしていてヨシフミたちに追いつかれてはまったく意味がない。早急に身を隠す必要があった。
重人は行く先を求めてあたりを見回した。
ひどいありさまだった。一直線に大地が融けているのだ。
エルフの里を消し去った光はここまで届いたのだろう。
ここは遺跡群といった場所のようだが、あの光は軌跡上にあった建物を全て消し飛ばしたのだ。
「あの建物はこの遺跡を守る守護者です。変形して襲ってきますので、近づかないようにしてください」
預言書の情報をナビーが伝えてきた。
「じゃあやはり森か」
「えぇ。幸いというべきか、この融けた跡をたどれば森までは簡単に行けそうです」
落ち着きを取り戻した重人たちは、森へと駆けだした。




