第11話 あいつ、なんだかんだいろいろあっても生きてる気しかしないんだよな
「なんかさらに大きくなってきてるような」
賢者の石の代わりとばかりにリュックに入っていた謎の肉塊を、夜霧は両手で持っていた。
もこもこは、賢者の石がこれになったのではないかと言うが、夜霧はその説を信じ切ってはいなかった。なぜなら、その肉塊には透明な丸い石だった痕跡がまるでないからだ。
「ふむ。手足が生えてきとるな。やはり何かの胎児なのかもしれぬ」
「リュックに入れたら駄目だよね?」
「当然、駄目でしょ」
知千佳は自分では持つ気がないのに平然と言った。
「いつまで持ってりゃいいんだ……」
先ほど襲ってきたロボットはこれを、女神の欠片で、多少の攻撃では損なわれないと言っていた。
なのでそれほどデリケートなものではないのだろうが、感触は生暖かく表面は柔肌であり、地面に置いたりするのは気が引けたのだ。
どこかに置くにしても、柔らかい毛布などの上に横たえたいと思ってしまうのだった。
「まずはどこか落ち着ける所に行こうよ」
「エルフの里は壊滅しおったしな」
「となると……やっぱり最初に目指してた遺跡っぽい所か」
他は森ばかりなので、選択肢はほとんどなかった。
もこもこが偵察のため、槐から離れて上空へと飛び、すぐに戻ってきて報告した。
「この一直線に焼き払われた先だな。遺跡も一部壊れておるが、建物の類はまだまだ残っておる」
「じゃあ行くか。壇ノ浦さん。たまに替わってくれたりは?」
「えーと……噛みつかれたら嫌だし……」
「噛むって……あ。口までできてる……」
目がある部分が頭だろうと思っていたが、そこには鼻、口、耳といったものまでできつつあった。
「まだ歯は生えてないみたいだけど」
だが、知千佳の言うことにも一理ある。
肉の塊だった物は、ゆっくりと生き物としての形を整えつつあった。今はまだなんの反応も見せていないが、そのうち意識に目覚めるのかもしれない。その際に、これが夜霧たちに牙をむかないとは言い切れないのだ。
なので最悪の場合は即座に殺すことのできる夜霧が持っているのが、一番よいのだろう。
「まずは遺跡に向かうか」
もこもこが操る槐が先に行き、知千佳と夜霧が後に続いた。
一直線に焼き尽くされているため障害物は何もない。とても歩きやすく、それほど苦労せずに遺跡が見える所まで辿り着けた。
「ここもすごい被害を受けてるな。人が住んでる雰囲気はないけど」
階段状に石材を積み上げた建物が建ち並んでいる。とても古い物のようなので、やはりここは遺跡と言っていい場所だろう。
建物は規則正しく格子状に並んでいて、そこを斜めに光線が通り過ぎたようだ。
光線が通り過ぎた部分に何もないのは、これまで見てきた光景と同じだった。
「でっかいピラミッドみたいなのあったよね?」
「あったが光線で消し飛んだようだな」
「あれが重要イベントが発生する場所だったとしたら詰んでるよね……」
何かがあるとしたら、遺跡の中央にある巨大な建物だった気は、夜霧もしていた。
だが、遺跡を探索に来たわけでもないので、それはどうでもいいとも言える。
「とりあえずそこらの家に入ってみようよ」
「人はいないっぽいけど、だとすると人が休憩できるような造りになってるのかな?」
だが、とりあえずは行って確認してみるしかない。
三人は一番手前にある建物に向かった。
すると大地が揺れだした。
「地震?」
知千佳が首をかしげる。
その目前で、建物がぐらぐらと大きく震えている。
それは大きく上へと伸び上がり、手を生やし、足を生やして巨大な人の姿を取りはじめた。
「死ね」
夜霧が言うと、それはぴたりと動きを止めた。
変形していたのは目前の建物だけではない。他の遺跡群もそれぞれが変形の途中で固まっている。
「もこもこさん」
「なんだ」
「場合が場合なら異世界古武術無双! みたいなこと言ってたでしょ」
「だな」
「こんなん相手にすんの無理だよね!?」
「うーむ。大百足でもドラゴンでも、生き物ならどうにかなる気はするのだが」
「するんだ」
「まあ、壇ノ浦流は常に進化する! それはそれで状況に合わせてどうにかしてもらいたい!」
「子孫に投げっぱなしにしないでくれるかな!」
一通り、殺意のあった建物は殺した。
この場合、建造物としての形はそのまま残っている。死んだ建物がどれほど永らえることができるかはわからないが、少しの間逗留するぐらいなら持つだろう。
「ここは使えそうだな」
夜霧たちは、ほとんど変形していない建物に向かった。
入り口らしき開口部から中に入る。
中には石造りのテーブルと椅子が床に固定されていた。
変形して動くような建物だが、一応は中で人が過ごすことも考えていたらしい。
「屋根があるだけましだよね!」
「ジャングルの中より多少はね。壇ノ浦さん。リュックの中に毛布があるからそれを出してよ」
知千佳が夜霧が背負うリュックから毛布を取り出す。
毛布を床に広げて、三人は腰を下ろした。
夜霧はようやく、手に持っている謎の生き物を毛布の上に下ろした。
「これ……女の子だな」
「マジマジと見んな!」
ここに来るまでにそれは人間の新生児ぐらいの姿になっていた。
「肉のうちに捨てとけば……」
少々後悔する夜霧だった。これから先、さらに面倒なことになっていく予感しかしない。
「もう無理だよね。赤ちゃんだもん、これ……」
「女神の欠片とか言っていたが。欠片というぐらいだから、他にもこんなのがいるということか」
「臍がないんだな」
腹はつるりとしていて、人間にならあるはずの臍がなかった。
だが、それが人間と違うのはそこぐらいのものだろう。
「ふむ。その昔、神学論争のネタであったな。神が作り出した最初の人間には臍があるのか? というものだが」
「本気でどうでもいい論争だね……」
「けど、裸でほったらかしでいいものか」
「そういやオムツとかいるのかな?」
「というか、これが本当に人間の赤ちゃんみたいな存在なら俺らにはどうしようもなくないか?」
「赤ちゃんの世話ってこと?」
「ミルクをあげたり、オムツを代えたりがいるんだろ? 壇ノ浦さんは得意?」
「いやー。私は末っ子だし、赤ちゃんの世話をしたことは……あ、もこもこさんは? 私の先祖ってことは子供を産んだわけなんでしょ!」
「うむ! 当たり前の話だな! だが、子育ての経験などないわ!」
「えらそうに言わないでくれるかな!」
「乳母がやっておった! ある程度育ってからは、武術の修行をつけたりはしたが!」
「やっぱ役に立たないな! 守護霊とか言っても!」
夜霧はリュックから適当な布を取り出し、赤ん坊に巻き付けた。
こんな適当なことでいいのかはわからないが、何もしないよりはましだろうと思ってのことだ。
「これ、寝てるのかな?」
「生きてるとは思うんだけど」
呼吸はしているようだ。脈動もあるし、血色も悪くない。
だが今のところ泣いてはいないし、目を開けてもいなかった。最初は眼球だけが露出していたが、いつのまにかまぶたができていたのだ。
「まいったな。こんなことになるとは想像もしてなかったよ」
「置いてくわけにもいかないし」
「誰かに預けるにしてもここには人がおらんしなぁ」
夜霧からすればぽっと湧いて出てきた赤ん坊だ。人に渡して済むのならそうしたいところだった。
「で。とりあえずここまでは来たけど」
「うむ。いろいろと振り出しに戻ってしまった感はあるな」
「迷いの森を抜ける方法をあらかじめ聞いとけばよかったね……」
「教えぬだろう。人間に出入りされては困るのだしな」
教えて済むならフワットは案内をしなかったはずだ。
「脱出方法でわかってるのは三つか。一つ目は正規の順路で迷いの森を抜ける。でもこれはもう無理な可能性が高い」
「里が全滅したからか。だが、全てのエルフが里にいたとも限るまい」
「エルフの生き残りを一応探しはするけど、あまりあてにはできないかな」
生き残りがいれば協力を求めることはできるだろう。だが、人間とエルフの関係を考えれば素直に協力してくれるとも思えなかった。
「二つ目は上空から脱出。けど空を飛ぶ手段がない。なので一番手っ取り早いのは三つ目。森を殺す」
迷いの森の中は空間が循環しているが、それは森の木々を利用した術らしく、大規模な森の破壊により無効化できるのだ。
「ただ。俺の能力で広範囲に殺すってのは、できればやりたくない。そういうなんだかよくわかんないのを殺すのは苦手なんだよ」
森などといった大雑把な場所を殺す場合、範囲の特定が難しいのだ。下手をすれば世界全体に影響を及ぼしかねなかった。
「あの。こんなこと今さら言うのもなんなんだけど」
知千佳が言いにくそうに切り出す。
「花川くんはどうなったのかな?」
「あ」
エルフの里は消滅した。
花川とはエルフの里で別れたのだ。もしそのまま滞在し続けていたのなら、一緒に消されてしまっているだろう。
花川には回復能力があるといっても、森を一瞬で消滅させてしまうような光線だ。喰らえば即死のはずだった。
「でも、あいつ、なんだかんだいろいろあっても生きてる気しかしないんだよな」
一瞬、まずいような気がした夜霧だったが、花川が死ぬところを想像できなかった。
「そう言われれば別に心配しなくてもいいのかなって気がしてきたね!」
話題を振ってきた知千佳も、あっさりとしたものだった。
*****
「拙者がアニメや漫画の登場人物だったとするでござるよ。で、背後から刺されたぁ! 大ピンチ! ってなっても、悲しいことに誰も心配しないと思うのでござる! まあ、この通り生きてるんでござるけどね!」
刃物を背中に刺されて、胸まで貫通した。
だがこの程度で花川は死なない。
即死ではなく、意識があり、魔力が残っているという状況であれば、花川はどれほどひどい傷であっても完治することができるのだ。
花川は、死んだふりをしていた。
刺されて倒れ、そのまま地面にうつ伏せになっていたのだ。
そして、気配が遠ざかり、時間が経つのを待っていた。
しばらくして、もう十分だと判断した花川はゆっくりと立ち上がった。
あたりを確認する。
誰もいなかった。いると言っていいのかは釈然としないが、バラバラになったカルラがそのあたりにぶちまけられているぐらいだった。
「いやあ、拙者、死ににくくはありますが、勝つこともできませんからな! じっとしてるのが一番でござるよ!」
背後からの一突き。致命傷に見えても不思議ではないだろう。実際、回復魔法を瞬時に使っていなければ、数分で死んでいたはずだ。
「ふむ。カルラ様をいきなりバラバラにしたぐらいなので猟奇的な趣味を持ったただの殺人鬼という線も考えましたが……」
クリスと名乗った冒険者の女は、花川をバラバラにはしなかった。一刺しで満足したのか、それ以上は手を出さなかったのだ。
「まあ理由などわかりませんしそれはもうどうでもいいでござる! とにかく助かったのですからエルフの里に戻って――」
そう思った瞬間、轟音が森を揺らした。
何が起こったのかはよくわからない。だが、それが災厄じみた何かであるのだと花川は本能的に悟った。
「――あっちはエルフの里とかあるほうだったような……」
里に戻るのはやめようと花川は即座に判断した。
「さて。今後の方針ですが……ヨシフミ殿に出会うのはまずいでござる……」
花川が意図してヨシフミのもとを離れたわけではないが、それはヨシフミにはわからない。きっと逃げ出したと思っていることだろう。
そして、ヨシフミは逃げ出した花川を許さないはずだ。
「となるともう帝国には行けないのでござる」
帝国周辺は四天王のアビーによって監視されている。近づけば花川の所在はすぐにばれるだろう。
「なのでこの島からは脱出したいのですが、港は帝都にあるんでござるよね……こっそり行こうとしても、本気になったヨシフミ殿の目をかいくぐるのは不可能な気もしますし……」
賢者にして皇帝であるヨシフミだ。この島においてはどんな無茶も押し通せるだろう。
四六時中、全域を監視しつづけるのも不可能ではないはずだ。
「ふむ……召喚能力でどうにかならんでござるかね……」
何も花川を無条件で愛してくれる美少女などというありえないような相手でなくともよい。
多少は好意的で、この危機から救ってくれるぐらいの何者かを喚べないかと思ったのだ。
「まあとりあえず検索ウィンドウでもながめてみますか。何かいいアイデアを思いつくかもしれませんし」
花川はシステムウィンドウを表示し、スキルコマンドを選択した。
スキル一覧が表示されるので、そこから『なんでも召喚』を選択しようとする。
だが、その一覧に『なんでも召喚』は表示されていなかった。
「あれ? 一番下にあったはずでござるが?」
スキル一覧を何度見なおしても、『なんでも召喚』は見つからなかった。
「どういうことでござる? やはり、マルナリルナが死んだから消えたとかでござるか?」
「いえいえ。それは私が神から得た能力が、斬りつけた相手の能力をランダムに奪うというものだからですね」
背後から声が聞こえ、花川は振り向いた。
クリスが立っていた。
「なんで!? どっか行ったのではなかったのですかぁ!」
花川は、クリスが匂いを辿ってそばに移動するという能力を持っていることを思い出した。
「そうですね。一発で当たりスキルが出たので、それでいいかと思ったのですが」
「だったらなんで戻ってくるのでござる! 拙者なんてもうどうだっていいでしょうがぁ!」
「そうですね。後は外ればっかりかな、というのはなんとなくわかるんですが」
「外れと言われるのもちょっと癪に障るものがありますが、他に持ってるのは回復系スキルだけで、特別なものではないでござる! それともなんですか! とどめをさしにきたのでござるか!」
「うーん。回復スキルとかあなたの生死とかはどうでもいいんですが……さっきの人からいろいろと能力を得た結果、味覚が変わってしまったようでして」
「え!?」
花川は思わず後ずさった。
「美味しそうだなと」
「拙者にとってはなんにも変わってないじゃないですか! 勘弁してくれでござるよ!」
花川はいまだ危機から逃れられてはいなかった。




