第9話 私をただの可愛いだけの王女と思ったら、大間違いなんだからね!
ただただ白い一面の世界が、ビビアンの意識を暗転させる。
それは、途方もない熱量を秘めた光の帯であり、意識どころか全身を一瞬で焼き尽くした。
気がつけば、ビビアンは溶解した大地の上に倒れていた。
ビビアンは焼き尽くされはしたものの、自動蘇生能力で復活したのだ。
「何が……」
上半身を起こし、あたりを見回す。
融けて溝のようになった地面が一直線に伸びていた。
光が通り過ぎた跡なのだろう。そこには何も残ってはいない。遺跡群も守護者の巨人も大巨人も。光はそこに存在した全てを焼き尽くしたのだ。
それは、侵略者が夜霧に見せつけるために放った光線だったが、そんなことはビビアンには知るよしもなかった。
「そんな……」
盾が二つ落ちていた。
マチルダとマーヌに与えた、全ての攻撃を防ぐ盾だ。
盾はボロボロになりながらも原形を止めていた。
だが、残ったのは盾だけであり、使用者を守ることはできなかったのだ。
この結果は、さすがに脳天気なビビアンでも応えた。
けっきょく、生き残ったのはビビアンだけになったのだ。
呆然としていたビビアンだが、しばらくしてよろりと立ち上がった。
生き残ったのなら役目を果たさなくてはならない。世界剣を手に入れて賢者を討ち、王国を復興する。今となってはそれができるのはビビアンだけになっていた。
ふらふらと歩いていくと、地面に開いた穴に辿り着いた。大地は融けたが、穴が埋まることはなかったのだ。
ビビアンは躊躇なく穴に飛び込んだ。
ただの人間なら墜落死するほどの深さだったが、ビビアンは足下に盾を出現させて衝撃を吸収する。
「ライトシールド」
周囲は暗くほとんど何も見えなかったので、ビビアンは光る盾を出現させた。
「ははっ……なんでもありじゃない……」
この能力をもっと使いこなしていれば、みんなは死なずにすんだのでは。後悔先に立たずとはこのことだった。
あたりは石造りで直線的な通路になっていた。
見える範囲だけでもいくつもの分かれ道がある。どうやら迷宮になっているようだった。
「サーチシールド」
すると、大きく矢印が描かれた盾が出現した。
思いつきで探し物を見つけられる盾を望んだだけなのだが、本当にそんな機能を持つ盾が出たようだ。
「世界剣の場所だけど、わかる?」
盾を手のひらに載せて水平に保持するとくるくると回りだし、しばらくして止まった。
この方向へと行けばいいのだろう。
矢印を頼りに進んでいくと、左右の壁から槍が飛び出してきた。
ビビアンは盾で攻撃を受け止めた。
さらに進んでいくと、酸が降り注ぎ、床が爆発し、背後から巨大な鉄球が転がってきた。
その全てを盾で防いだビビアンだったが、いちいち防御するのも面倒だと考えた。
「オートシールド」
ビビアンの周囲にいくつもの盾が現れ、宙に浮かんだ。
それらはビビアンへの攻撃に対して勝手に動き、防御するのだ。
侵入者を撃退するための様々な罠があったようだが、それらは全て盾が自動的に防いでいく。
盾の導くままに進んでいくと、ほどなく目的地へと辿り着くことができた。
そこには祭壇らしきものがあった。
古びた台座があり、そこに剣らしきものが突き刺さっていた。柄と鍔部分のみが台の上に出ており、剣身は全て台座の中に収まっている。
「封印を解けば持ち主になれるんだよね」
どうすれば封印が解けるのかはよくわからないが、とりあえず抜いてみるしかないだろう。
ビビアンは台座に足をかけ、柄を掴み、ゆっくりと力を入れる。
すると、拍子抜けするほど簡単に剣は抜けた。
「え? こんなもんなの? いや、でも正当な持ち主と認められたならあっさりしたもんなのかも……って何これ! 錆びてる!?」
剣身には錆がびっしりと浮き出ていた。
それに、剣からは何の力も感じない。ただの錆びた鉄の塊としか思えないのだ。
「ちょっと! ちょっと待って! 何これ! じゃあこんなとこまで何しにきたって言うの!」
何かの間違いかと、ビビアンは剣を様々な角度から確認した。
だが。どこからどう見ても、錆びている剣でしかない。
これをどう使えば賢者を倒せるのか。ビビアンにはさっぱりわからず、途方に暮れるしかなかった。
「おう? 先客がいやがるが……どうやら間に合ったか?」
背後から男の声が聞こえてきた。
ビビアンが振り向くと、何人もの人影がこの部屋に入ってきているのが見えた。
「何者なの!」
「おいおいおい。皇帝の顔ぐらい覚えとけよ。国民ならよぉ」
「ヨシフミー。あんたの顔を見た奴はだいたい始末してるんだから、顔を知ってる奴なんてほとんどいないよ?」
「くそっ! こんなシーンじゃつまらねぇ結果になるなぁ。もっとびびってもらいてぇもんなんだがよぉ」
鋲のついたジャケットを着込んだチンピラ風の男。
それがどうやらエント帝国の皇帝であり賢者でもある、ヨシフミのようだった。
*****
エルフの里は消滅したが、その結果、隠し通路への入り口はすぐにわかる状態になっていた。建物と大地が融解し、地下に通じる穴が露出していたのだ。
エルフの里の隠し通路から進んでいくと、小さな部屋に辿り着いた。
壁の各所に魔力による明かりが灯されていて、中央に一段高い台座がある。
その台座のそばに先客がいた。
身体の周りに盾を浮かべている少女だ。
王族がエルフの森に向かっているという情報を聞いて、ヨシフミたちはここへとやってきた。
ならば、彼女がその王族なのかもしれない。
少女は剣を手にしていた。それが世界剣なのだろう。
だが類いまれなる秘宝を手にしているというのに、少女は何やら呆然としているようだった。
とはいえそれも、わずかな間だった。
ヨシフミたちの侵入に気付き、少女が振り向く。
「皇帝が自己紹介するってのもしまらねぇ話だが、仕方がねぇな。俺はヨシフミ。エント帝国皇帝だ。本来なら俺の皇帝としての顔を見た奴は始末するところだが、王族らしいからな。特別に俺の顔を見ることを許してやるよ」
ヨシフミの顔は国民にはほとんど知られていなかった。
一般市民が皇帝の顔を見るのは不敬であると法律で定め、見た者は死刑にしている。
だからこそヨシフミは、街中の酒場でチンピラのごとき態度で過ごすことができるのだ。
「あんたが……ヨシフミ……!」
「そういうことだ。で、それが世界剣か? おいおいおい。どうやってそれで俺を倒すんだよ?」
その剣は、誰がどの角度から見てもボロボロだった。
柄と鍔はまだましな状態だが、剣身は見るも無惨な有様だ。
剣身は錆び付いて全体が茶色くなり、ところどころ欠けていて、いつ折れてもおかしくない状態だ。
実際、この状態の世界剣には何の力もないことを、重人は知っていた。
「知らないわよ! けど、何か力があるんでしょ! 世界剣とかってたいそうな名前なんだから!」
少女もその剣の状態には不安を覚えているのだろう。だが、それを振り払うように叫び、ボロボロの剣を構えた。
「さあ! 世界剣オメガブレイドよ! 今こそその力を解放して、賢者を名乗る悪しき簒奪者を打ち倒すのだぁあ!」
さらなる大声で少女は剣に呼びかける。
だが、その呼びかけに剣が反応することはなかった。
やはりその剣は、ただの錆びた鉄の塊でしかないのだ。
「で?」
ニタニタと笑いながら、ヨシフミが言う。
「いや、で? とか言われても」
少女もどうしていいやら困惑しているようだった。
「シゲトぉ。世界剣ってのは本当にこれのことかぁ?」
「はい……ここにあると預言書には」
「ふむ……そいつは、イレギュラーな事態にまでは対応できねぇんだったな」
「はい。全てを見通すといったものではありませんので」
預言書では、そのイベントが始まった時点での攻略情報を知ることはできる。
だが、その後の不確定な事象によりイベントに変更があったとしても、それにまでは対応できないのだ。
「だったら、誰かがすり替えたとかか。まあ、それは別にいいわ」
わざわざこんなところまでやってきて世界剣がなかったとなれば、ヨシフミの性格だと激怒していても不思議ではない。
しかし、もう世界剣への興味は失われたのか、ヨシフミの関心は王族の少女に向けられていた。
――ここまではうまくいったか……? あとは、どうにかしてアレを回収できれば……。
重人は内心、胸をなでおろしていた。
重人はヨシフミに操られているわけではない。あくまで玲の支配下にある。なので、ヨシフミには全てを告げないでおくことも可能だった。
少女の持っている剣は、世界剣オメガブレイドが真の姿を取り戻すために必要な依り代なのだ。
「そういやてめぇ、名前は?」
「誰があんたなんかに!」
「ビビアンな気がする」
「な!」
レナがヨシフミに告げると、少女はあからさまに驚いていた。どうやらビビアンで当たりらしい。
本人はいつもはぐらかすが、レナが心を読むらしいことを重人は知っている。
だがそれは、周囲の人物の声が常に聞こえているといったものではないらしい。対面でしか使えない能力らしいのだ。
なので、重人は極力レナと関わりを持たないようにしていた。
心に秘めた計画が悟られないように、慎重に立ち回っていたのだ。
幸いなことにレナは重人に興味がないようで、これまで話をする機会もなかった。
「そうかそうか。ビビアン王女様かぁ。えらいねぇ。俺様を倒す方法があると思ってこんなところまでやってくるなんてよぉ」
「くそっ! 馬鹿にして! もういい! 世界剣なんて必要ないわ!」
ビビアンは手にしていた剣を放り投げた。
「おうおうやる気満々って顔だなぁ! いいぜぇ。が、ラスボスの前に中ボスと戦ってもらおうか」
「えぇ? 私がやるの?」
「つまんねぇ奴だったら、俺様がやる価値はねぇだろ」
「はーい」
渋々といった様子でレナが前に出る。
ヨシフミは下がり、壁にもたれかかった。玲と重人はヨシフミのそばで待機した。
「私をただの可愛いだけの王女と思ったら、大間違いなんだからね!」
「なんか盾を呼び出す力を使ってくる気がする」
「だから何なのよ! 喰らえ! シールド乱れ打ち!」
どこからか現れた大量の小さな盾が、レナに襲いかかる。
それは盾というよりも、ただの弾丸のようなものだった。
ごく小さな盾が、一気にレナに押し寄せたのだ。
「チェーンソーシールド! ソードシールド! スパイクシールド!」
チェーンソーや、剣や、棘の付いた盾が、うなりを上げてレナに向かって飛んでいく。
「サンダーシールド! ファイヤーシールド! アイスシールド!」
ビビアンの周囲に浮かぶ盾が、雷を炎弾を冷気を放った。
もう、何が盾なのかわからない、何でもありな状態だった。
レナはそれらを全て棒立ちのまま、まともに喰らっていた。
「どう! これだけ喰らわせれば――」
「というか、単純に攻撃力が足りないよね」
レナは無傷だった。
「そんな……」
「じゃあ次はこっちの番ね」
レナが詰め寄り蹴りを放つ。
その攻撃は、ビビアンの周囲に浮かぶ盾が動いて食い止めた。
「ふん! どんな攻撃だって、防いじゃうんだから!」
「じゃあこれは?」
ポン。
そんな軽い音がビビアンの腹のあたりから聞こえた。
「え?」
ビビアンが自分の腹部を見下ろす。
血みどろになっていた。内側から破裂し、内臓が飛び出しているのだ。
「各種耐性は取りそろえてても、完全に防ぐってほどじゃないみたいだね」
「うそ……何なのよ、これ……」
ビビアンが倒れ、浮いていた盾も同時に地面に落ちた。
「これは……レナ様はどんな能力を……」
「レナは特別すげぇ能力は持ってねぇよ? 単純に強いだけだな」
重人はレナに負けた時のことを思い出した。
ただの蹴り一発で瀕死状態にされてしまったのだ。
「だけど! 私は死なないんだから!」
倒れていたビビアンが勢いよく立ち上がる。
その腹に怪我の跡はなく、服までもが元に戻っている。
「ヨシフミ。どうしよ、これ。キリがないんだけど?」
どうやらビビアンは無尽蔵の蘇生復活能力を持っているらしい。
これでは倒せはしても、いつまで経っても決着はつかないだろう。
「しゃあねぇなぁ。じゃあ中ボス戦は引き分けな」
ヨシフミがレナを下がらせ、前に出る。
自身で直接相手をする気になったようだった。




