第17話 その後の顛末
あれから一週間後。
セラード王子、また保守派の貴族に楯突いたとして、いつ報復されるか恐々と過ごしていたものの、何故だか平穏に過ごすことができていた。
むしろ学園裁判が開かれたことによって、リュシアン第二王子派の貴族達がオットー侯を陥れるための保守派貴族の計画の証拠を露見させ、公的な裁判が開かれることになったのだ。
保守派の貴族達の内、証言をしたセラム男爵家は恩赦があるだろうが、他貴族はしかるべき対応がとられるだろう。
またそれによってメアリ・ブランシェット男爵令嬢やセラード王子の取り巻きの男子ゼノ、保守派の貴族の子弟は自主退学した。
そしてセラード王子に至っては、騙されていたとはいえ、王族にあるまじき立ち振る舞いだったとのことで、王位継承は一度白紙に。
セラード王子は再教育のため一時的に学園を休学することとなったが………今この年齢で再教育となると再び王位継承権が与えられるのは絶望的だろう。
クローディア・オットー侯爵令嬢は潔白が証明されて、今は普通に学園に通っている。
手のひら返しのように仲の良かった令嬢やクラスメイト達に「本当は信じていた」と言い寄られているらしいが、最近では彼女の新たな婚約者──リュシアン王子と共にいるそうだ。
───そしてそんなクローディアとリュシアン王子に、私は学園のガーデンテラスに呼ばれていた。
アンティークの白い丸テーブルの対面に座るクローディアが、かちこちに固まる私に向けて朗らかに言う。
「この度は学園裁判を取り仕切ってくださり、本当にありがとうございます。半ば無理矢理貴女を巻き込んでしまった形になるけれど、ベイルさんが何の偏見もなく公平に立ち振る舞ってくれたおかげで、私の潔白が証明されました。改めて礼を言わせてください」
「あ、いえ、滅相もございません」
そんなクローディアに緊張で曖昧に笑うしかなかった。
こうして学園の開かれた場所で礼を言ってくるのは、ひとえに彼らの気遣いだろう。
当初クローディアの屋敷に招待されかけたが、そうすれば「実はクローディアと判定者はグルだったのでは」と思われかねない。そのためリュシアン王子が、ならば学園の人目のある所でとこの場を用意してくれたのだ。
リュシアン王子も裁判中の剣呑とした雰囲気から一変して穏やかな様子で話しかけてくる。
「君が本当の意味で中立であったおかげで、クローディアの無実は証明された。
………恥ずかしい話、この国では貴族による権力が大きい。そのため判事に対して賄賂を贈り判決を有利にしようとする者が多いんだ」
時に圧力をかけ、それに屈する者もいる。
そう話すリュシオン王子に、私は最終裁判前に送られてきた刺客の存在を思い出す。
彼の言う通り賄賂を贈って判事を味方に付けようとする貴族もいれば、私の目の前に現れたような──力尽くで言うことを聞かせようと脅迫してくる者もいる。
タイミング良くカイルが来てくれて、屈さずに済んだけれど。私の場合、本当に運が良かったのだろう。
「君はベイル伯によく似ている。父上が、彼がいるおかげでこの国の法は正しく守られていると言っていた。私もまさしくそうだと思う」
彼の言葉に慌てて「とんでもないことでございます」と首を振る。
確かにそういった判事が多いのも事実だけれど、自分の父を含めそうではない者もいるのは知っているから。
けれど、裁判でクローディアの潔白が証明され、尚且つリュシオン王子の王位継承位が高まったのもあったのだ。
きっとそれもあって大げさにお礼を言ってくれているのだろう。
王族に褒められることは貴族にとって誉である。
それを分かってやっているだろうリュシオン王子に頭を下げる。
「また何か困ったことがありましたら、今度は私が力になります。オットー家の名にかけて尽くしましょう」
「それなら私も。ぜひ頼ってくれ」
社交辞令であろうが、クローディアとリュシオン王子の言葉にひたすら頭を下げる。
緊張のし過ぎと頭の下げ過ぎで、正直彼らがどんな顔をして私を見ているか、気付くことはなかった。
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その場の会合はお開きになり、教室へ戻る。
するとその時、騎士科にいるはずのカイルが向かいの廊下から歩いてくるのが見えた。
(あ、カイルだ)
裁判が終わり、護衛騎士の任を解かれたカイルと会うのは久しぶりだ。
向こうも私に気付いたのか、軽い調子で「よっ」と声をかけてくる。
「久しぶりだな、シャーロット。元気?変なことに巻き込まれてない?」
「ええ、お久しぶりです。それに変なことにも巻き込まれていないので大丈夫ですよ」
それにカイルがほっと安堵したように笑みを浮かべる。
その時、ふと私はずっと気になっていたことが口からこぼれた。
「…………カイル、貴方に聞きたかったことがあるんです。貴方は私の父と知り合いなんでしょうか?」
学園裁判から手を引くよう忠告してきた時、彼は私の父と相談するようにと言ってきた。
もしかしてカイルは父と知り合いなのではと思っていれば、カイルは「違うよ」と首を振る。
「君の父親が有名人だからね。『審判者』『この国の法の最後の砦』『石頭』『朴念仁』…………色々呼び名があって有名だろう?俺が一方的に知っていて───尊敬しているだけさ」
最後らへんは普通に悪口だなと思いながら「なるほど」と納得する。
尊敬しているかは別として、確かに父とカイルの繋がりは想像できないし、知り合いではないのだろう。
すると今度はカイルが聞いてくる。
「俺も君に聞きたかったことがあるんだけど、どうして裁判から手を引かなかったんだい?」
「え?」
「………王族に楯突くとか正気じゃないし、刺客も送られただろ?普通の女の子だったら、あそこで引くと思うけど」
その言葉につい黙り込んでしまう。
どこか探るような目で私を───いや、私を通して誰かを見つめているような彼に何て話そうかと思案する。
そして、ぽつりとこぼした。
「…………理由は色々ありますが、一番の理由は無責任だと思ったからです。判事と同じような役割を持つ判定者は法的に人を裁くことはないとはいえ、人の名誉を大いに傷付けることがあります。
セラード王子もクローディア様もそうなる可能性があるのに、私だけ我が身可愛さで逃げるのは良くないことだと思いましたから」
そんな私の言葉にカイルは「ふうん」と頷く。
「それに、」
「それに?」
「ええと、何て言ったら良いんだろう………。もし、真実が明らかにならないことで裁判に関わる人が誰か一人でも傷付くのはやっぱり耐えられないだろうなと。
結局、私は自分の気持ちが楽になる方を選んだんです」
父も言っていた。板挟みになった時、結局は最後は裁判の公平性に限ると。
だから私もそうした。深く考えることをやめて、自分のしたいようにしただけだ。
そう言えばカイルはきょとんとした後、吹き出した。
え、ちょっと、まさか笑ってる?
笑みを抑えるカイルを、ぎょっとしながら見つめる。
すると彼はくつくつ笑いながら言った。
「そっか。それが君にとって楽な方なのか……!」
「え?ええ、まあ、そうですね。その方が気持ち的に楽なので………」
「君は自分が危険な目に陥っても、後悔するくらいなら裁判に公平であろうとするのか」
「は、はい。え?そんなにおかしいこと言ってます?」
別におかしくないよね?後悔するなら好きにやるぜってアホなこと言ってるだけで………。
あ!だから笑ってるのか!
そんなカイルについじとりと睨みつければ「悪い悪い」と軽い調子で謝罪される。
………きっとこういう明るくて要領の良い人は自分の人生の選択に自信をもっていて、後悔することないんだろうな。私みたいな根暗は毎日後悔の連続なのに、なんてことをぼんやりと思ってしまう。
「………授業が始まりますので、もう行きます。───それからカイル、今回の学園裁判で守っていただき、本当にありがとうございました」
「いや、俺は………。自分のためにやっただけだからね」
そんな彼に首を傾げる。
そして私は、何故か報われたような顔をするカイルを後に踵を返した。
読んでいただき、ありがとうございました!
ここで一旦完結とさせていただきます。
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