エピローグ 井上美穂①
カーテンを開けると、眩しい朝の光が私のまぶたを優しく照らした。うっすらと目を開けると、見上げた先にはペンキで塗ったような皐月の青空が広がっている。
こんな日曜日の朝は、普段なら大きく伸びをして清々しい気持ちで満たされるのに、今日、私は目の前に広がる青空を眺めながら、大きなため息をついた。どうせなら、土砂降りの雨でも降っていてくれればよかったのに。
パジャマのまま部屋を出て、一階のリビングに下りると、休日の父がソファーの上で新聞を読んでいた。
「おはよう、美帆」
私に気づいて、父は紙面から視線を上げる。
「お、おはよう」
私もそう返したが、このやりとりが私は未だに慣れないのだ。
台所ではお母さんがゴシゴシとホットプレートの汚れを落とす音が聞こえてくる。昨日焼肉したからね。
私はぼんやりとリビングの中を見渡してみる。数年前まで、この家には私じゃない別の人が住んでいたのだと思うと、その生活の面影が所々に浮かぶようで、一種の心地悪さを感じるのだ。
私は朝食のイングリッシュマフィンをオーブントースターで焼いてから、いつもよりバターを薄めに塗って食べた。その様子を見ていたお母さんが、ダイエットでもしてるの? と不思議そうに訊いてきたけれど、元々瘦せ型の私にそんなものは必要ない。バターのせいで胃が荒れて、吐息が臭くならないように私なりの最低限の配慮だ。
テレビでは報道番組のスポーツコーナーが始まり、父は新聞を折りたたんで画面の方に向き直った。そのコーナーでは、御意見番と呼ばれる人たちが一週間で起きたスポーツの話題に「喝!」とか「あっぱれ!」とか言って好き勝手に論評するんだけれど、ちょうどプロ野球の話題になって、試合の様子とともに、先週プロ初勝利を上げた新人投手がピックアップされた。
彼の経歴が簡単に紹介される。へえ、この街の出身じゃん。そんな感想を抱きながらぼんやりとテレビ画面を眺める。
社会人を経ての入団らしく、「遅咲きの逸材」なんて言われてたけれど、そういうのはよくわからない。ただ、彼の入団会見の際の様子も流されていたから、まあまあ注目されているのだろう。会見の席で彼は、何年も使っているのであろう、シワが入ったリクルートスーツに身を包み、「プロ野球選手に転職することになりました」なんて冗談まじりに語っていた。
台所のコーヒーメーカーがごぼごぼと音を立てながら、熱いコーヒーがポットに滴り落ちていた。
「美帆も飲む?」
とお母さんに訊かれたけれど、ううん、いいと首を横に振り、食器を片づけてから自分の部屋に戻った。スマホのスケジュール帳を確認する。今日はお昼にその人に会うことになっていた。
お母さんと父は八年前に結婚した。お互い再婚同士で、私はお母さんの連れ子だった。本当のお父さんは私が小学生に上がるか上がらないかの頃に病気で死んだ。
お父さんとの思い出といってもあまり記憶に残ってなくて、けれどお葬式のとき、たくさんの華に囲まれたお父さんの棺桶の傍らで、お母さんがスタンドマイクの前に立って泣きながら挨拶をしていた場面はよく覚えている。
私はまだ人の死を、それが実の父の死であっても理解するには幼すぎた。たぶん泣いたと思うけれど、それはおもちゃを買ってほしい子どもが駄々をこねて泣き叫ぶのと、たいして変わらない幼子特有の行動だったのだと思う。
だから小学四年生になって、新しいお父さんができたときも苗字が変わることへの違和感以外は特に抵抗感のようなもの感じなかったと思うし、ああ、そうなんだと割とすんなり受け入れた気がする。それに、今まで母と小さなアパートで暮らしていたから、再婚で一軒家に住めることが嬉しかった。
新しい父は物静かな人だった。快活に笑うことは少なくて、代わりにいつも小さく微笑んでいる。とても優しくて、私のことを本当の娘のように可愛がってくれた。そんな父だから、私が調子に乗ってわがままを言うときはいつも母が叱り役で、それでもそんな私を父は穏やかに見つめていた。その瞳はまるで、私を通して何か別の誰かを見ているようでもあった。
中学二年生の夏休み、父がケーキを買って帰ってきたことがあった。その緩み切った笑顔を見ながら、
「やけに上機嫌ね」
と夕食の支度をしていた母が言うと、父は照れくさそうに微笑んだ。
「実は今日、娘に出会ったんだ」と父は言った。
母は、一瞬きょとんと目を丸くしたが、やがて合点がいったように、そう、よかったわねと小さく微笑み返した。
それまで父は前の家族のことを多くは語ろうとしなかったし、私も自分から訊いたりはしなかった。訊いてしまうと、この絶妙に保たれた血の繋がらない家族のバランスが崩れてしまうような気がしていたから。
でも夕食後、父が買ってきたケーキを三人で食べているときに、父が自ら話してくれた。彼も彼なりに私に話すタイミングをもしかしたら何年も考えていたのかもしれないし、今がちょうどいい機会だと思ったのだろう。
前の奥さんと離婚したことや、その人との間に二人の娘さんがいること。そして二人とも私より年上であることなど、父は思春期の娘を刺激しないよう慎重に言葉を選びながら、前の家族のことについて話してくれた。
そんな気はしていたけれど、改めて父の口からそういう話を聞くと、否が応でも想像してしまう。この家には、私とお母さんとではない、父とその家族の営みがあったのだ。
それ以来、部屋でベッドに横たわっている時も、お風呂やトイレに入っている時も、血の繋がらない姉たちの影を感じてしまう自分がいた。そもそもそれは姉と呼べるのかどうかもわからない。そんな複雑な胸中をよそに、母は楽しそうに、「いつか会ってみたいわね」なんて呑気に言っていたけれど、私は絶対に会いたくない、と思った。
今まで無邪気に懐いていた父との会話がだんだんと減っていったのもこの頃からだ。別に父を嫌いになったわけではないし、喧嘩だってほとんどしたこともない。むしろ、私は父にあまりわがままを言わなくなった。年相応の父娘の関係といえばそれまでだけど、そこに前の家族の存在が影響していたことは否定できない。
高校生になっても、父は誕生日やクリスマス、いや、そんな特別な日でなくてもよくプレゼントを買ってくれようとしたけれど、私は別にいい、とそっけなく断り、自室にこもるというのがここ数年の親子の距離感だった。
今思えば、それは単純に会ったことのない姉たちに嫉妬していただけなのだけれど、逃げるようにこもった自室でも、壁についた小さな傷なんかが目に入る度に、この部屋も、本来は私のためのものじゃないんだな、なんてひねくれた感情を抱いたりした。
「一度会ってみたら?」
そう提案してくれたのはお母さんだった。それは数週間前のことで、この春高校を卒業し、大学に入学したばかりの私は新たに始まった学生生活に胸を躍らせていた。
「はあ? 急になに?」
自室で朝の身支度をしながら、ドア越しに立つお母さんに向けて、あからさまに顔を歪める。
「お姉さんたちのことよ」
とお母さんは言った。
「あんた、ここ数年ずっとそのことを考えていたでしょう」
「別に、考えてないし」
私は言ってみたけれど、お母さんにはすべてお見通しだった。私が父によそよそしくなったのも、食事の時以外は自室によくこもるようになったのも、それは単純な反抗期などでは決してない。その証拠に、壁についた小さな傷を覆い隠すように、好きなアーティストのポスターを貼っている。
「無理にとは言わないわよ」
とお母さんは言った。
「でも美帆ももう大学生になったことだし、ここらで一度、きちんと向き合ってみてもいいんじゃない?」
「向き合うも何も、別に最初から逃げてなんかないし」
私はぷいとそっぽを向いたが、そんな私に、母は一枚のメモ紙を差し出した。そこにはハイフンで区切られた十一ケタの数字が並んでいた。
「それ、長女さんの携帯番号だから」
とお母さんは言った。
「え?」
思わず驚きの声が漏れる。
「どうしてお母さんが知ってるの?」
聞くと、お母さんはあっけらかんとした様子で、
「だって、会ったことあるもの」
さらりと衝撃の事実を口にした。
「はあ?!」
「一年くらいまでに一度、ね。さすがに前の奥さんには会っていないけれど、お父さんの娘なら、あなたと同じで、私の娘でもあるんだから。お父さんに頼んで、会わせてもらったのよ」
「どうして黙ってたの?」
と私は言った。
「別に隠すつもりじゃなかったし、いつかは言おうと思ってたんだけど」
お母さんは言った。
「あなた多感な時期だったから、変な心配や誤解を与えたくなくて、ね」
お母さんの言う通り、少し前の私なら、自分に内緒で姉たちに会ったなんて知ったら、きっと傷ついていただろう。きっと、父はまだしも、本当のお母さんまで取られた気持ちになったに違いない。
私は手渡された小さな紙切れをじっと見つめた。この数字の羅列は誰が書いたのだろう。それは私が知っている父でも、お母さんの筆跡でもなかった。
私は大きく息を吐いた。顔を上げて、お母さんに視線を向ける。
「どんな人たちだった?」
私が訊くと、
「自分で確かめてきたら?」
お母さんはいたずらっぽく笑った。




