暗黒の魔王
レインが弟子を育てて、三日が経とうとしていた。すでに修行も要らないくらいスフィアは強くなっていき、Sランク冒険者に匹敵するとは言わないが、それでもなかなかの実力を付けたとレインは確信していた。そして修行の終わりを告げると、スフィアはそれに猛反対をしたが、少しの時間が経った後にそれに頷いた。一応、皇女である――数日も顔を見せないと心配される――ため帝国に戻り次第報告すると言った。
包帯の箒に乗ると、箒自体に宿っていた魔法の〈飛行〉が発動する。そしてレインに別れを告げると、その箒がシュンと空気を切るような音を立てて飛んで行った。
一人残ったレインは、気になっていた気配にへと顔を向けた。その気配は修行をしている、二日目以降から気付いていた気配であった。それでもこの気配を限りなく薄く、レインが職業で侍を取っていなかったら気付かないでいただろう薄さだった。顔を向けた先には少女のような少年が立っていた。
「お疲れ様です。先輩に気付かれていない思ったんですが……。流石先輩と言ったところですね!!」
そう元気っ子のようにロンは鼻息荒く言った。光り輝いているような、浅い青色の髪を風に靡かせながら顔をはっきりと見えた。少年というよりは、少女に近い顔立ちをしており、その小柄な体格はそれを引き立たせているようだった。全体的に黒い装備をしている彼の職業は、暗殺者と忍者であった。右半面の顔が髪で隠れると、恥ずかしいからか、それとも癖なのか右の髪をイジり出した。
レインはそんなロンを見て、少し懐かしいと思っていた。ロンとレインは一時期ゲームで一緒に探検していた時期があって、そんな時によく髪を弄っていたのだ。レインはロンの頭をなでるように、右手を置いた。
「久しぶりですね、この異世界は充実してますか?」
「そうですね~。少しは充実してますけど、もう少し先輩が俺を構ってくれたら充実しますよ!」
「そうですね……。この近くにダンジョンはありますか?」
「無法都市知ってますよね?その近くに一つあったと思います。俺はこんなものを探すのは得意ですから、えっへん!」
「流石はロンですね」
レインは無法都市がある方角にだいだい向くと、少し身体を動かして訛りを取っていた。そこに魔法で飛ぼうという気持ちはなかったようだ。ロンもその意思に気付いて、身体を屈伸し始めた。レインとロンがゲーム時代にやっていた、魔法を使わずに何歩で到着地に着けるかというものであった。
「よ~い、ドンッ!!」
ロンがそう叫んだ瞬間、レインとロンが大きく跳んだ。レインの方が脚力はあったが、ロンの方が足にバネがあった。同じくらいの距離――上空まで跳ぶと、雲を少し掠りながら降下していった。そして勝ったのはロンであった。場所を知っている分、最短距離で行けたことと、上空から落ちて着地する全てを計算していたためである。
無法都市が見えているわけではないが、それでも一番近いのが無法都市だと言うだけであった。そのダンジョンは、地下型と呼ばれる、所謂地面の中に入り組んだダンジョンが形成されているものであった。その階層は全部で二十階層。そしてこのダンジョンに生息している魔物は、魔獣系統のものが多かった。
ロンが先に――と言っても見つかることのないように影に潜んで――入って、そして次にレインがそのダンジョン内へと入って行った。そのレインは戦闘態勢に入ったため、刀を鞘から引き抜いて顔に気迫が戻っていた。刀を変えて、そして〈魔刀・混沌〉を構え持った。
「これを握るのは久しぶりですね。この刀は友が作ってくれた物ですからね……」
「なお懐かしいと言うことですか?」
「まぁ、そういうことですね」
「ゲームから来た人間は異刻者と呼ばれてますが……全員が来ているわけじゃない。聞いた話によると、あの山――神龍山と呼ぶらしいですが、そこでレベルの低い人間は死んだらしいですね。もしかしたら先輩の友も……」
「そうかもしれませんが、俺は此処に来ていないと思います」
レインは強気で言ったのかもしれないが、しかしこの異世界に来ていないと思ったのも事実であった。ダンジョン内の階段を下りながら、二人は色々とこの異世界のことを話し出した。しかしゲームと似ているが、此処は独自の異世界のような気もすると言った話であった。
ダンジョンは遺跡のようにレンガなどで建てられたような建造物で、そのダンジョンは迷路で作られたような道で広がっていた。外の場所とは違って、このダンジョン内は魔素が多く含まれていた。そのため此処で生まれてくる魔物や、入って来た魔物は外の魔物とは、比べられないほど力の差をつけることが出来るだろう。
しかし初めに現れた魔物は一撃で屠られていた。ロンの一撃で首が刎ね跳び、そしてレインの一撃で――技で放った〈連撃〉で――三枚に卸される。その魔物は外の魔物やりは強かったが、しかし二割強と言ったところであった。
「そこまで強くないですね。ダンジョンですよね?」
「先輩……俺達がどのくらい強いか分かってますか?この辺りの生態系の頂点に立つくらい強いんですよ?」
「魔王が強いのは知ってましたけど……あまり戦ってこなかったですからね」
「でも都市で戦って聞きましたよ?」
そんな話をしながらダンジョンの奥へと進んで行った。少し高さがある天井に、横幅はあまり広くもないが狭くもない幅であった。そのダンジョンは太古――それでも千年弱――から存在するため、罅があり植物の蔦も生えていた。そこはフェンリルという動くダンジョンとは、違った味のあるダンジョンであった。
二人は言葉が詰まらずにずっと話し合っていた。しかし、話が途中で止まった。それは暗殺者であるロンの足が止まったからである。ロンは全体の構造を見た。魔物が少なかったため、異変は感じていたが、魔王という存在感が放つものだっと思っていたからである。しかしその罅やレンガの繋ぎ目が光り出せば、魔物が少ない理由も理解出来た。
「くッ、何かの魔方陣ですか!!」
レインは魔王とは言えど、自然に近い力を持つ魔法に勝てるほど強くはなかった。そしてレインはそのダンジョンから――ダンジョン内にはいると思うが――姿を消えた。それは転移系のトラップ魔法であった。そのトラップはダンジョン由来のものであった。そして魔素で強化されているため、それはより強力な魔法となっていた。
ロンは押された勢いのままダンジョンの地面を転がって、転移の魔法の効果範囲内からは抜け出ることはできていた。レンガの隙間の中から魔法の残光である、光が漏れ出ていた。ロンから見たレインはその転移の魔法で、姿は空間内にへと消えていった。光の速度でダンジョンの道を階層下がって行き、そしてレインは一つの広間へとやって来ていた。
ロンは一瞬だけ、放心状態となってレインがいた場所を凝視していた。ロンは暗殺者としての立ち振る舞いをすぐに取り戻し、そして暗殺者は空間に逃げ込んだであろうレインの気配を感じ取っていた。そしてその気配に少しだけ、安堵もした。
彼の存在価値は、レインという男のもとで保たれているも同然なのだから、安堵するのは当たり前なのかもしれない。そして後ろから現れた気配にへと振り向いた。
「此処の魔法が発動したら、現れる予定なのか?俺のひと時を邪魔するカスがッ、二度死んでも許されねぇぞッ!!」
しかし、そんな魔法の威圧にも耐えていた魔物であった。その魔物の名は、〈死者の魔法使い〉と〈骸骨兵〉、〈骸骨の魔法使い〉などの不死者系の魔物であった。死者の魔法使い〉が一番後ろにいるため、ボスであるのは間違いないであろう。知略はあるようで、知識を持った魔物ということであろう。
不死者達の仲間でも魔法が使えるモンスターは、大量の魔法を放たれていた。その魔法をロンは一気に躱していた。前衛は、後衛を守るべき魔物を守れずに首を外されていた。それで首を外されてしまった骸骨人は、それで成仏――強制的に――されていった。
そして他の不死者達も簡単に倒されていった。
「先輩……俺のためにどうして?」
ロンは先輩――レインの気配がする場所に顔を向けて、レインに問いかけるように呟いた。
「まぁ、考えても仕方がないか。先輩、俺の愛する人ッ!」
ロンは生物学的に言えば、完全な男である。中には彼のことを男の娘という存在はいるかもしれないが、それを含めることは少し違った。だが、ロンという人物は精神学的には、ゲイと呼ばれる存在であった。その原因を作ったのもレインではあったが、元々は女性を愛する男であったはずだ。
ロンは興奮して、自分の意識が制御できなくなる前に冷静さを取り戻した。主に下半身が疼いていたが、その見た目は一ミリたりとも変わってはいなかった。
ロンは口から周りの空気を吸い込み始めて、お腹が異常に膨れ上がると、それを一気に放出した。それは技の〈空気飲食〉を使ったものであった。その能力は体力を大回復させるというものであったが、その本質は深く。周りの酸素や二酸化炭素、この辺り一帯の空気をゼロにした、一時的な真空状態を作り出すものであった。
一気に放出された空気は、ロンにとってこの辺り一帯を調べる事のできる探知となり、空気は魔物が居る場所を避けるように動いていた。そして空気が避けていった魔物のところまでを、ロンは高速移動で辿り着くと、その首を刈り取って即死させた。
「先輩は言いましたね。自分のフィールドで戦っていると、勝てる戦にいて何が悪いと……。先輩が言ったことは俺にとって心の支えとなったんですよ。俺の気持ちに気付いてくれないのは何故なんでしょうか?」
ロンという人間は、もしくはゲームで遊んでいた坂本修という人間は、生まれた時から天才という人間であった。周りからの期待に応え過ぎた結果、秀才であったロンはいつしか天才と呼ばれるようになっていた。そして圧に耐えきれなくなったロンは、いつしか学校も不登校になっていた。そしてこのゲームにであったのであった。
テストプレイヤーとなったのは、彼の運と言わなければなかったであろう。ずっと頑張ってきた、その運が回ってきたとでも言うべきだろう。
ダンジョンの壁が電車に乗ったときのように、景色が――ダンジョンの壁しか見えないが――変わって来ていた。その速度は人間の域を超えていて、ロンの目にはそのように見えていた。そしてその速さのまま次の階層へと下りて行った。そこには不死者の大群が控えていた。
しかしレインはそこにはいなかった。
「――邪魔だ、カス共ッ!!」
ロンは大きな声で一括をした。
「ウガッァァァ!!」
しかしその不死者の後ろに控えていた魔物が、ロンの一括の共鳴するように叫んだ。その声は喉の肉が付いていない、もしくは穴の開いているような声であった。空気は喉から少しずつ漏れ出ていき、声は枯れたものだった。
人型の腐った屍――勿論、仮の生命で生きている――は、両目に赤い不死者の光を灯しており、髪の毛のない巨漢の男の屍であった。その異様なほど太い片腕から察するに、技を使う魔物であることは分かった。服装は奴隷だ着ているような、それ。そして普通の太さの片腕には、鎖が付けられていた。屍の魔物は、『テラセルド』では存在しなかった魔物であった。
他の不死者はロンへと向かって死にに行った。そこに恐れるという文字は一文字もなかった。
「邪魔だと言ったはずだ……」
不死者達を一掃したロンは呟いた。
「レイン先輩、あなたは俺の太陽なのだから。俺は月でありたいんですよ」
「何か言いましたか、ロン君?」
その声の主は階層を上がってきた、レインであった。他の不死者、そして咆哮を上げていた不死者を倒したのもレインであった。その首を踏み潰して、レインはロンへと歩み寄った。
「何でもないですよ。先輩……」
ロンはそう言ってレインを見ると、レインはにっこりと笑っていた。笑っていたレインに答えるようにロンも笑って見せると、またダンジョンの突破を目指して次の階層へと乗り出した。しかし次の階層は、レインが壊滅させているため魔物は居らず、ロンにとっては楽しいデートが始まるのであった。
その時、レイン達は知る由もなかった。今ダンジョンの外は、いくつもの戦闘や裏での密談が起きていた。