第十五話 野毛山のテディ
もりそばは、リンナとリリカに改名して欲しいと申し出た。まさか、そこまで気にしてなかったとはいえ、「もりそば」というのがああいう料理の名前だったなんて…… あまつさえ、海苔の乗っていないざるそばのことだったなんて…… せめて、「もり」ではなく「ざる」であったほうが良かったと、元もりそば本人である「リリカ」をギラリと睨みつけた。
「あっ、ごめーん…… 気に触った? でも、私はもりそばという名前は結構気に入っているのよ。本当はその名を名乗ってたいもの」
「あっそう、じゃあアンタ今からもりそばで、私がリリカになるわ!」
もりそばは少し不機嫌になり、またややこしくなるような提案をしてきた。リリカは、これはめんどくさいことになりそうだと思い、とっさに――
「わかったわ、じゃあ元々私が創造主なんだから、私が名付けるわ。あなたの名前は「ベイパー」っていうのはどうかしら」
「うーん、ベイパーか…… まあ悪くない名だな。何かかっこいいかもな!」
思いの外、もりそばはベイパーという名を気に入ったようである。
「私はあなたの創造主で神様のようなものなんだから、名前くらいお望み通り変えてあげるわ」
何処かで聞いたような「神様宣言」フレーズに、ピクリとリンナは反応した。
「神様か…… そうえいば、中々戻ってこないわね……」
「おい、リンナ、何ぼーっとしてるんだ? もう戻ろう、街に」
リンナの気持ちを他所に、もりそば改めベイパーらは大岡川スラムまで旅の支度をしに戻り、ようやく「メトロンワールド跡」に向かう旅路についた。もちろん、キャンプ用の食材もたくさん買い込んで。
メトロンワールド跡に行くには、大岡川沿いをみなとみらいエリアまで直線距離で北上できればそう時間がかからなくとも行くことができそうなのだが、桜木町駅跡、西側周辺の橋は皆破壊されており通行不能となっているので(仮に汚染された河川を泳いだとしても、上陸できる浅い場所がない)、野毛山を登り異型の猛獣達が跋扈する動物園跡を抜け、桜木町駅跡東側に周りこみ、「大地の塔」を中心としたみなとみらいエリア最大のダンジョン郡を抜けていかないと辿り着くことができないようになっている。
リンナ達は、まずは大岡川スラム北にある野毛山を目指すことにした。アプローチに差し掛かったとき、リリカが提案してきた。
「ねえ、ここの主、倒してみない? 山頂付近に展開している動物園跡スルーして行ってもいいんだけど、中ボス扱いで結構経験値貯まるし、食材もドロップするわ」
「食材!? 私賛成! 海苔落とす?」
「いや……海苔は落とさないわね…… ていうか、もう海苔のくだりはいいでしょ!?」
「腕がなるわ! ぜひ戦いましょう!」
一応、満場一致ということで、野毛山山頂に広がっている「動物園跡」にやってきた。
動物園のゲートをくぐると、そこは奇怪な猿型クリーチャーや、怪鳥が飛び交う魔窟であった。
「ここは私が遠距離から一匹ずつ狙撃していくから、あなた達は見つからないように隠れていて」
リリカはリンナ達に隠れるように指示した。リンナはコクリと頷くと、ナイフを手にしゃがみ、完全ステルスモードに入った。
「いいわね。じゃあベイパー、あなたも……」
リリカはベイパーにも隠れるように指示をしようとしたが、あれ!? ベイパーの姿が見えない。
「我が名はベイパー! お前らを旬滅しに来た神の使者なり! 私こそが正義! 貴様らに神の鉄槌を食らわしてやる!」
名前を気に入りすぎたベイパーは、もはやリリカの話は全く耳に入っておらず、不敵な笑みを浮かべながら、真っ先に名乗りを上げていた。
―― あー! ベイパーが厨二病をこじらせてしまった! リリカは、自分が新たに名も授け、元々自分が作ったキャラゆえに、ベイパーを見ていたら恥ずかしさでいっぱいになってしまった。
「あっ、あの馬鹿野郎……」
クリーチャー達が、ベイパーとリリカに気が付き襲い掛かってきた。テンションMAXなベイパーが不敵な笑みを浮かべつつ次々と蹴散らしているものの、個体の強さはなんてことないが、不思議と数が多すぎる。
「もしかして、主の仲間呼び寄せか!?」
リリカは雑魚達の処理はベイパーに任せ、雑魚から逃げながらコンパスを確認すると、一際大きいビーコンが真後ろに光っていた。はっと振り返るがどこにも姿が見えない。いや、目の前にいる!? 身の丈リリカの3倍はあろうか、ステルス状態の巨大な生物がすでにリリカの眼前まで忍び寄っていた。
「げっ、敵さんもステルス? 中ボスはパーティレベルや個のレベルに応じて強くなる設定だから、リンナってやっぱ相当強いわ……」
忍び寄っていた動物園の主である巨大なクマ型クリーチャー「テディ」が突然姿を現し、左から大きな爪の斬撃がリリカの顔面を切り裂いた。モーションが大きいから紙一重で爪の直撃はかわしたものの、かすった爪先の威力でも体力の半分は削る力があった。
「ぎゃー、死んじゃう死んじゃう! このキャラそんなに強くないからあともう一発くらったら死ぬわ……」
リリカは逃げと体力回復に努めた。しかし、ここで雑魚に囲まれたベイパーが無理やりこちらにやってきた。
「そのデカいの、私がもらうわ!」
「うわ、馬鹿、こっちに来るんじゃない! 雑魚の攻撃対象が私になるかもしれないじゃない!」
まだ攻撃対象がリリカとベイパーの2分になっていたら良かったものの、一緒にまとまってしまうと、基本的に一番弱っているキャラを主に攻撃対象してくるのがこのゲームの仕様だ。先に弱いやつから殺していったほうが、全滅させるのに効率が良いのはお互い様なのだろう。
テディと雑魚に囲まれてしまい、四面楚歌な状態に追い込まれてしまったリリカとベイパー。ハイになっているベイパーを横目に、よぎったのは「全滅」の2文字。
「こうなったら、死ぬまで戦ってやるわ!」
ベイパーは見栄を切った。本人の体力はまだまだ残っているものの、何故か異様に疲れている様子だ。ゲームのキャラが生きた人間のように疲労の色をみせるなんて普通は有り得ない。やはりこのベイパー、あのときリンナ(ハル)にやられてから何かが変化しているようだ。そういえば、リンナは何処にいった? 何処に隠れている?
「リンナ! ちょっと何処にいったの〜!」
リリカの助けを呼ぶ叫び声が、野毛山に響き渡った。