シェリル・アルミード
アンナさんが厨房に向かってしまったので、とりあえず俺達はそれぞれの部屋へ向かって荷物を置いて来て、それが済んだら食堂に集合しようということになった。夕食まであまり時間もないしその方がいいだろう。
部屋に荷物を置いてから食堂に行くと、2人は既にテーブルの一つについて待っていたので誘われるまま一緒のテーブルにつく。
「部屋を見たけど、ここは掃除も行き届いてていいところみたいね。」
「ここはアンナさんの接客と清掃、それとガラムさんの料理で有名だからね。特にガラムさんの料理はそれ目当てに来る人がいるくらいだよ。」
「楽しみですねぇ。」
シェリルさんは部屋の様子が気に入ったようだし、ユウナさんは料理が趣味ということもあってガラムさんの料理が楽しみなようだ。そんな風に話しながら夕食の時間に鳴るのを待つのだった。
「本当に美味しかったですね、シェリルさん。」
「そうね、これなら料理目当てで来る人がいるのも分かるわ。」
ガラムさんが作った夕食は2人にも好評だった。こうやってガラムさんの料理を喜んでくれる人は今まで何人も見ているしその度に嬉しいと思うが、この2人に認められるのはそれよりもずっと嬉しかった。
その時カシェルちゃんが皿を下げにやって来た。
「失礼します。お皿をお下げしてもよろしいでしょうか。」
「ええ、大丈夫よ。」
「私の分もお願いします。あ、料理した人にとても美味しかったって伝えてもらえますか?」
「ありがとうございます、父も喜ぶと思いますよ。ところで、この後時間はありますか?」
「話したい事があるのかしら?」
「はい、父と母が御2人と話をしたいと。」
そう言われたシェリルさんとユウナさんは顔を見合わせて頷いてから、シェリルちゃんへと向き直る。
「大丈夫だと伝えてちょうだい。」
「分かりました。ではお手数ですが夕食の時間が終わるまでこちらでお待ちいただけますか?」
「はい。お仕事頑張ってくださいね。」
その言葉に会釈を返し、カシェルちゃんは空になった皿を手に厨房へ向かっていった。
夕食の時間も終わり、俺たち3人以外の人達がそれぞれの部屋へと引き上げた頃にガラムさん、アンナさん、じいちゃんの3人はやって来た。
「待たせちまってすまないねお2人さん。」
「お仕事もあるでしょうし、気にしなくていいですよ。」
「そうですよ、待ってる間料理について話たりもできましたし。」
「そうでしたか。カシェルからも聞きましたが、口に合ったのなら何よりです。」
既にカシェルちゃんから聞いていても、やはり本人の口から聞くのは特別のようでガラムさんは嬉しそうだ。
「こらこら、料理を褒められて嬉しいのはわかるけど自己紹介を忘れちゃだめでしょうに。」
「おっと失礼、穴熊亭の料理を担当してるガラムといいます。どうぞよろしく。」
「次はワシかな。ノブユキの親代わりのゼギルじゃ。よろしくの。」
シェリルさんとユウナさんも居住まいを正し、自己紹介を始める。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私の名はシェリル、冒険者をしております。」
「私はユウナといいます。鬼族の冒険者です。」
それを聞いて満足そうに頷いたアンナさんは。
「よし、自己紹介も済んだし堅苦しいのはここまで。こっからはお互い親睦を深めようじゃないか。」
そう言って背後に隠し持っていた酒の瓶をテーブルへと乗せた。
それから30分も経たない頃には。
「で、『足でまといになるからパーティは組めない』なんて言うから私もこう言ってやったんですよ、『却下よ』って。あの時のノブユキの顔といったら・・・。」
「あっははは!そりゃいいねぇ。その顔を見れなかったのが残念だよ。」
「あの料理ですけど、下ごしらえの時に・・・を使ってますよね?」
「分かるのかい。料理が趣味と聞いたけどそこまで分かるのは大したものだよ。」
皆ほんの少ししか飲んでいないはずなのに見事なほど盛り上がってる。こういう雰囲気は嫌いじゃないけど夜も遅いしそろそろ切り上げたほうがいいんじゃないだろうか。特にガラムさんとアンナさんは明日も仕事があるんだから。といってもこういう時どうやって止めればいいのやら。
情けないとは思うが背に腹は変えられず、助けを求めてじいちゃんに視線を向ける。
するとじいちゃんが咳払いして、注目を集めてから口を開いた。
「シェリルさんとユウナさん、ワシから一つ言いたいことがあるんじゃがいいかの。」
じいちゃんの真剣な顔を見て、2人だけでなく全員が居住まいを正す。それを確認したじいちゃんは2人の顔を真っ直ぐに見てから―――
「至らぬところも多いじゃろうが、ノブユキをよろしく頼みます。」
そう言って深々と頭を下げた。それに続いてアンナさんとガラムさんも頭を下げる。
「「私からも頼(むよ)みます。」」
「あ、あのっ!そんな頭を下げないでください。むしろ私達の方が頭を下げなきゃいけない立場なんですから!」
ユウナさんはこの光景を予想できていなかったようで慌てている。それに対してシェリルさんは、
「愛されてるわね。」と俺の顔を見ながら呟いていた。
「顔を上げてください。私もユウナも、既にノブユキのことは仲間だと思っています。心配には及びませんよ。」
そう言って3人に顔を上げさせた。
「皆様のお気持ちはよく分かりました。ですので、私もそれに答えるべく皆様にお伝えしたいことがあります。」
そう言って席から立ち上がって背を向け、背中から“翼”を生やした。
目立たないように作られた服の切れ込みから生え、広がる蝙蝠を思わせる翼。よく見ればズボンの尻部分からも先端が槍のように尖った尻尾が伸びている。その光景に言葉も出ない俺たちの方へ振り返ったシェリルさんは――――
「私の名はシェリル・アルミード。魔人の国グリム・ロアに住む淫魔の一族が一つ、アルミード家の三女です。改めてよろしくお願いします、皆様。」
そう言って優雅に頭を下げた。




