決意
場所を変えて教会の集会室で大司祭と話すことになったのだが、改はアボットから指示があるまで絶対に入らないように念を押されていた。
改はただ待っているのも暇なので、廊下を通るシスターに片っ端から声を掛けてみたが、先ほどあまりにも大人数の前でやらかした後なので当然誰も相手にしてくれない。
諦めかけて座り込んでいると、見たところ10歳にも満たないシスター服を着た女の子が通りかかった。
「そこの世界で一番可愛いお嬢さん」
と呼び止める。
女の子は立ち止まり改の方を見たが、あからさまに警戒した顔をしている。
「面白い物を見せてやる」
そう言って改は巾着袋から夕日の色をした飴を取り出し、手のひらで転がして見せた。
「今からこれを浮かせてみせよう」
女の子は警戒を解いてはいないが、食い入るように飴を見つめている。
「よっ」
改が息を止めるように力を込めると、飴がスッと浮き上がり、ちょうど改の口もとまで上がってピタリと静止した。
少女は顎が外れるんじゃないかと思われるほど口を大きく開けて浮いている飴を見ている。
「ほれ、取ってみ」
改は反対の手で手招きをした。
少女は恐る恐る近づく。
そして改の様子を伺いながらゆっくりと手を伸ばす。
しかし少女が掴もうとした瞬間、急に飴玉が上昇して少女の手は空を切る。
また上昇した飴玉を掴もうとすると今度は落ちていって改の手のひらに近い場所で止まる。
「ウフフ、早く私を捕まえてごらんなさい」
改は裏声で言う。
ふと少女の顔から警戒が解ける。少女は必死に飴玉を取ろうと試み始めた。
それを何度か繰り返し、最後に飴玉を取れた時には完全に少女の顔はほころんでいた。
「それ、やるよ」
「ありがとう」
少女は無垢な笑顔を改に向ける。
「俺、今一人で寂しいんだよ。ちょっとお話しようぜ」
改はあぐらをかいて、その上に乗るようジェスチャーした。
「えー」
女の子は笑顔のまま後ずさりする。
改はお構いなしに少女の両脇を掴んで持ち上げ、自分の足の上に座らせた。
「捕まえた」
改は笑顔で言った。
「捕まった」
少女も笑顔で応える。
「お前、名前は?」
「リリスよ。あなたは?」
「改だ。覚えときな」
「改はどこから来たの?」
リリスはたどたどしい声で言う。
「俺はおっぱいの国から来たんだ」
改は出来るだけ真面目な口調で言った。
「えー、そんな国無いよ」
少女は口をめいいっぱい広げて笑う。
「本当だぞ。俺の国じゃあ挨拶がてら、おっぱいを揉み合うんだぜ」
改はリリスの胸の前まで左手を持ってきてワキワキと動かしてみせた。
「ダメ!」
リリスは嫌がる仕草を見せながら改の手を押しのける。しかし改は、すかさず右手を持っていく。リリスは必死にその手を退かす。間髪入れずに左手を出す。再びリリスは笑いながらそれを退かせる。
どうやらリリスも楽しんでいるようだ。
「そういえばリリス、お前オークを見たことがあるか?」
改は手を動かすのを止めて聞いた。
「ないわ。でも、あと5年したら見ると思う」
リリスは改の手を掴んで指をもてあそんでいる。
「どうして?」
「私ね、15歳になったらオークのお嫁さんにならないとダメなの」
改は一瞬、作るべき表情を見失った。頬が不自然に引きつる。
リリスは相変わらず改の指をもてあそんでいる。
「……なんだそれ?そんな事いつ決まったんだ?」
改は平静を装って聞いた。
「私が生まれた時から決まってたみたい」
リリスはまるで他人事のように平然としている。
改はリリスに明け渡していない方の手を強く握りしめた。
「でもオークって体は大きいけど凄く優しいんだって。大司祭様が教えてくれたわ。本当は結婚したくないけど、神さまも街の人も悲しむからワガママ言ったらいけないの」
リリスは改に悲しそうな笑みを向ける。
改は思わず目を逸らしたあと一呼吸置き、何とか笑顔を作る。
改はリリスの頭にポンと手を置き、優しい声で
「その必要は無えよ」
と言った。
「改がオークを退治しちゃうから?」
リリスは先ほどの改の演説を聞いていたようだ。
「そうさ、この俺様に任せときな」
改は拳で自分の胸をドンと叩いて言った。
「じゃあ、私はオークのお嫁さんにならなくて良いの?」
「もちろんだ」
リリスの顔がパッと明るくなる。
「改、約束だよ!」
「ああ。その代わりリリスは俺のお嫁さんにならないといけないけどな」
改は両手でリリスの胸を揉む仕草を見せた。
「え~」
リリスは両手で自分の胸を隠しながら笑う。
その時、集会室の扉が開きアボットが顔を出した。
アボットは改とリリスを交互に見ていぶかしそうな顔をする。
「……何もしてないだろうな?」
「ああ。婚約はしたけどな」
「お前は後でもう一回逮捕だ」
***
集会室に入ると大きな机が確認できた。
机を挟んだ奥の窓側には大司祭たちと思われる、修道服を着た3人が腰かけて改を睨んでいる。
「改、あちらの真ん中に座っておられるのが大司祭様だ。あいさつしなさい」
改は一番鋭い眼光を向けてくる大司祭に満面の笑みを送り、
「どうも改です」
とあいさつした。大司祭の視線は汚いものを見る目に切り替わる。
改は視線をドア側の席に移す。左端の席に礼拝堂で見た生贄の少女が確認できた。
集会室に入る前のアボットの説明では、どうやらこの少女が助かりたいがために改を呼んだのではないかと疑われているらしい。
「改、ここに座るんだ」
アボットはドア側右端の席を指さす。
「うん分かった」
改は右端の席には座らず、少女の隣の席にストンと腰を下ろす。
「カカカカカカカ改!」
アボットは小声で改に叫ぶ。
焦っているのが背中ごしにも伝わってきた。
「よお、また会ったな生贄のお嬢さん」
改は机に片ひじを付いて少女の顔を覗き込んだ。
少女は例の無機質な視線を改に向けた後、正面に戻す。
大司祭が大きく咳ばらいをした。
「改、とか言ったな。貴様は自分のしでかした事の大きさが分かっているのか?」
大司祭は威圧的な声を出す。
「いや今日はまだセクハラくらいしかやってねえけど…...」
アボットが隣から改の頭をスパンと叩いた。集会室に乾いた音が響く。
「何すんだよ」
改はムッとした顔をアボットに向ける。
しかしアボットの顔が、どんな物理的な力が働けばそんな引きつった顔が出来るのかと思うほど悲壮な顔をしているので思わず笑いそうになって目を逸らした。
大司祭が更に咳払いをして続ける。
「とぼけるな。礼拝堂でオークを倒すとほざいていた事だ」
「ああ」
改は組んでいた足を下ろす。
「任せろ。俺ならオークに勝てる」
改は目に自信をみなぎらせて大司祭を見つめる。
「勝てる勝てないの問題ではない」
改から見て大司祭の左に座る眼鏡をかけた司祭が口を開いた。
「え?じゃあどういう問題?」
改は素直に疑問だった。
「この街は十年間、月に一度オークに生贄を差し出すことで平和を保ってきた。それを今になって誰かがオークに矛を向け、少しでも抵抗する意思を見せてしまえば、この街はたちまち滅ぼされることになる」
「ふーん」
改の頭には瞬時に反論が浮かんだが飲みこんだ。そして椅子に深く腰を掛けなおす。
「それを貴様が、民衆を扇動するような事を言いおって」
眼鏡の司祭の言葉は静かだったが、めいいっぱいの怒りが込められていた。
そもそも礼拝堂に集まっていた人々にオークを倒すことが出来るかもしれないと期待を持たせることが改の目的だった。
大司祭をはじめとする教会関係者は月に一度の生贄を市民から集めながらも、度々オークを倒すことを口にしていたと、ここに来るまでにアボットが教えてくれた。
せっかくオークを倒せると豪語する者が現れたのに何もせず、いつもと同じくホイホイ生贄を差し出そうものなら市民から更なる反感を買うことになる。
教会側の人間は市民に対してオークを倒す気があるというポーズだけでも見せておく必要があると改は考えていた。
「で、俺はどうしたら良いんだ?」
改はとぼけた顔をして言った。
すると改から見て大司祭の右側に座っている司祭が、大司祭に耳打ちをした。大司祭は頷きながら聞いていたが、やがて改の方に向き直った。
「そこまで言うなら仕方ない。貴様にオーク討伐の任を与える」
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