やめたまえ
「しっかし本当に人が居ねえなあ」
改は生贄の受け渡し場である南の城門前に来ていた。
生贄の少女と、すぐ近くにアボットの率いる兵士の一団がいる以外は完全に人の気配がしない。どうやら、ここら一帯の住人自体が避難しているようだ。
「みんなはオークに怯えているのだ。仕方あるまい」
少女は改の顔は見ず、正面を向いたまま言った。
「そういうお前は怖かねえのか?」
改は横に立っている生贄の少女に目を向ける。
少女は教会の聖職者が着るような黒いローブをまとっており、その生気のない眼差しと相まって死神のように見える。
「覚悟は出来ている。私が身を捧げることで街のみんなが助かるのなら本望だ」
少女は相変わらず表情を崩さない。
「ほお、俺はお前みたいな気の強え女は好きだぜ。オークにやるのは勿体ねえな」
改は少女の体を舐めるように見つめる。
「君は本当にオークに勝つ気でいるのか?」
「当然」
改は眉を上げて得意げな表情を見せた。
その時、改の表情が一瞬険しくなる。
「オークの気配か?」
少女は身構えて聞く。
「屁が出そう」
改は険しい表情のまま尻に手を当ててコンディションを確認し始める。
「やめたまえ」
少女はすかさず改と距離を取った。
「そういえば俺、まだお前の名前聞いてねえんだけど」
改はすり足で距離を詰める。
「そういう事は汚い話をする前に聞いておくものだ……。私の名前はウィルマだ。ウィルマ・ライリー。君は改と言うのだろう?」
ウィルマは再び後ずさって距離を取る。
「お、なんで知ってんの?俺の事好きなの?」
「集会室でアボットが君の名前を呼んでいたからな。もう会うこともないのだから、自己紹介をしてもあまり意味が無いとは思うが」
改は動きを止める。
「は?最後じゃねえし」
ウィルマも後ずさるのを止めた。そして改から目を逸らす。
「オークを倒したらおっぱい揉ませてくれるって約束したじゃねえか」
「そんな約束は一切していない」
ウィルマはため息をついた。
「改」
振り返るとアボットが歩み寄って来ている。
「何だよ、ピクニックなら行かねえぞ」
「元から行かんわ!」
アボットは改に小さく吠えた後、ウィルマの方に向き直った。
「ウィルマ様、私は、何と申したら良いのか……」
アボットは目を赤くしてうつむいたまま喋る。
「君が気にすることはない。私が自ら選んだ道だ」
ウィルマは優しく笑ってみせる。
改はウィルマに抱き付きたい衝動に駆られたが、ウィルマもアボットもあまりに悲しそうな顔をしているので我慢することにした。
「改、お前は本当にオークを倒す気でいるのか?」
アボットは改の方に向き直る。
「さっきウィルマにも聞かれたよ」
改は笑いながら言った後、急に声のトーンを落とす。
「何回でも言ってやるけど、俺が絶対オークをぶっ殺してやるよ」
改はこの街に来て初めてといっていいほど真剣な顔を見せた。
それを聞いてアボットはしばらくうつむいて考えていたが、意を決したように顔を上げた。
「俺たちは、お前を殺すように命じられている」
「え?それって俺に言ったらダメなんじゃねえの?」
改はまるで面白い話でも聞いたかのようにケラケラと笑う。
「そうだ。俺はたった今命令違反をした」
「んな事したら今度はお前が殺されるだろ?」
改はアボットを試すように聞く。
「俺は、お前に賭けることにする」
アボットはしっかり改の顔を見据えたまま言った。
改は黙ったまま頷く。
「俺は、俺たちはこの十年間オークを倒せるなどと考えたことは一度も無かった。若い娘を犠牲にしてのうのうと生きてきた!隣の娘が生贄に出されるのを見て見ぬふりをしてきた!罪悪感さえも、徐々に感じなくなっていった!だがそれは今日限りで終わりにしたい!」
アボットは改の両肩を掴んだ。
「改!信じるからな!」
アボットの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
「おう、任せときな」
改は莞爾として笑った。
その時、改はふと城門の外に鋭い視線を向けた。そして白いハチマキを取り出して素早く頭に巻く。
「下がってな」
改の表情から笑顔が消えた。
状況を理解したのかアボットは
「ウィルマ様を頼んだ」
と言った後部下と共に退いて行った。
アボットたちが歩く音が唯一、この街から聞こえてくる音だった。
やがてそれも消え、静寂に包まれる。
日は西に傾いている。
影法師は改の身長を超えて伸びる。
風は無く、鳥の声もしない。
「おいでなすったぜ」
戦士は槍を抜き両肩で担いだ。
続く
ご閲覧いただき、ありがとうございました。
個人的にウィルマの口調が気に入っています。
次話も今日中に更新する予定です。




