23
きらびやかなシャンデリア。
金箔の貼られた贅沢な壁。
最高級食材から珍味まで。
沢山の人々は皆、目が痛くなる程の色とりどりのドレスとタキシード。
帰りたい。
帰って、自分の勉強机に座って、推しの祭壇を崇めたい。
なのに。悲しいことに、私の足は今、真っ赤なカーペットを踏み締めて、怒り心頭の燈哉さんと向き合っている。
怜史さんが持ってきた招待状は、めちゃくちゃ急だった。
『3日後、王宮でパーティーします。来てね』じゃない。
シンデレラはよく当日に呼ばれて行けたものだとつくづく思った。妖精云々より、心の準備は要らなかったんだろうか…。日頃から玉の輿に乗りたいと思ってたのかな…。イメトレだけはバッチリだったんだろうか…。
そんな考えても仕方ない事を考えてしまう程、この3日間、激しかった。
母はもう、娘の私が引くレベルでやる気満々だった。
デトックス風呂、お肌すべすべクリーム、髪ツヤツヤコンディショナー、全身パック、オイルマッサージ……。
痛いし時間はかかるし、その上、受注生産のドレスまでオーダーした。
いや3日後って言ってたじゃん。
既製品でいいじゃん。
そう思う私に向かって母は拳を振り上げて熱弁した。
『日乃ちゃん!相手は貴族のお嬢様よ!?そんな適当な、どこにでも売ってるようなドレスじゃダメに決まってるじゃないの!いい!?これはホワイト商会の実力を示すチャンスでもあるのよ!金の力は世の力!日乃ちゃんはホワイト商会の歩く広告塔よ!気合いを入れなさい!』
ドン引きする娘を前にして母だけでなく、父も参戦した。
ホワイト商会の歩く広告塔、その娘さえ商売に使う商魂逞しい姿に、成る程これがホワイト商会か、と私は最早諦めの境地だった。
そして、私は両親プロデュースのもと、そこら辺の貴族のお嬢様にも負けない装いでこの場に立っている。
そして、それを燈哉さんは面白く思っていないらしい。
怜史さんは私に、『燈哉には内緒、サプライズしよう』なんて耳当たりのいい言葉を使っていたけれど。これは単に先に知ったら阻止されると思っていたのではないかと疑ってしまう。
一応入る時に、怜史さんがエスコートしてくれていたから、ピタリと固まった今の状況では私と怜史さんの手は軽くだけど、重なっている。
燈哉さんはそれを冷ややかに見つめている。
怒ってる。それもめちゃくちゃ機嫌悪い。
背後からどす黒いオーラが漂っている。
「アハハ。燈哉、ブチギレじゃん」
怜史さんは燈哉さんを指さして、笑う。
煽ってる!
怖い怖い!なにこのカオス!
「アンタ…マジ殺す」
殺気じゃん!
きらびやかな空間の中、ここだけが氷点下だ。
「アッハハ。ヤバ。激おこだね!」
まだ言う!?
ギョッとして怜史さんを見ると、燈哉さんはベリッとテープでも剥がすように私と怜史さんの距離を開けた。
そのまま私を腕に抱き込んで、低く呻るように言う。
「マジで、なんで連れてきた?」
「えー?親切心?」
「ふざけんな」
からかいを含んだ怜史さんの言葉を、ピシャリと跳ね除けて、燈哉さんはぎゅうっと私を抱きしめる。
まるで誰の目にも触れないように、隠すように。
声のトーンは、冗談など、少しも入っていない、どこか焦ったような真剣な声だった。
それに向き合うように、怜史さんも少しだけ煽る様子を潜めた。
「大事大事に仕舞っておいたって仕方ないだろ?どうせいつかバレる」
「………あ?」
「分かってるくせに。日乃ちゃんはホワイト商会のお嬢様だよ?その強力なバックボーンがあって、今のまま放っておかれると思ってんの?」
ピクリと、抱き込む手が反応する。
「………分かってる」
「甘いんだよ、バーカ。お前が借金返す前に他に持ってかれるよ?」
怜史さんは呆れた顔で本当に馬鹿にしたように笑う。
「そうなる前にさっさと外堀埋めとかないと、後悔しても知らないよ?」
「でも今日じゃなくたって…」
「この絶好の機会を逃すのか?国内の貴族がほぼ揃うのに?お前のそのちっぽけなプライドの為に?馬鹿か」
吐き捨てる姿は、普段のチャランポランとは打って変わって、正しく鬼上司そのものだ。
「これは日乃ちゃんの為でもあるけど、お前の為でもあるんだよ?ホワイト商会のお嬢様と婚約してる、つまり、お前の後ろ盾はホワイト商会。そこらの貴族にも負けない超強力な富と権力だって分かってんの?」
怜史さんは私というよりホワイト商会を重要視している。
でもそれはまるで、私を都合の良い人形として扱っているようでもある。
「お前、3年目になるんだよ?まさかまだ騎士団に公明正大を期待してんの?」
え、騎士団は公明正大じゃないの!?
いや、騎士団だよ?それ、寧ろヤバいのでは…?
びっくりして怜史さんを見ると、怜史さんは私に向かってニッコリと笑った。
「日乃ちゃん。騎士団で昇進する為に何が必要かわかる?」
「え……実力…?」
「そうそう。でもそれだけで出世できる程、世の中甘くないんだよ。実力は当然。その上で求められるのは、実績。そしてもう一つ」
「えぇ…じ、人望とか…?」
人望であってほしい。
でも怜史さんは私の切望をにべもなくぶった切った。
「アハハ。日乃ちゃんは本っ当に大事に育てられたんだねぇ…。全然違う。そんなの要らないから。必要なのは、パトロンだよ」
パトロン。あけすけな言い方には少しの悪意が見え隠れする。
「………それ、わざわざ私に言う必要あります?」
騎士団での出世にはパトロンが必要。
そしてホワイト商会はパトロンになりえる。
それは、私にはパトロンとしてしか価値がない、そう言っているのと大差ないようにも聞こえる。
「…警告してあげてるんだよ?」
私を見据えて怜史さんは告げる。
「皆が皆、燈哉みたいに甘くない。日乃ちゃんとホワイト商会を骨の髄までしゃぶり尽くして、利用したいと思う人間は五万といるからね?」
にっこりと怜史さんはいつものチャランポランな顔をして笑った。それから視線を燈哉さんに向ける。
「どうせ1年後に手放す気なんかないんだろ?それなら早く周りに周知徹底しておいた方が絶対楽だし得だよ?」
「………アンタこそ。ご執心のあの猛獣、ちゃんと捕まえとかなくていいのかよ?」
「はっ、馬鹿だねー。もうやってるし。なんの為に小姓なんて無駄な役職まで作ったと思ってんの?俺をお前と同じ未熟者にすんなよ」
ピキッと燈哉さんのこめかみに青筋が立つ。
それを面白そうに眺めて怜史さんは軽やかに動き出した。
「防音壁の効果、そろそろ切れるかな。…じゃ、後は自分でやれ」
アハハ、といつものようにチャラチャラした雰囲気に戻って、怜史さんはひらひらと手を振った。
呆気に取られて見ていると、機嫌の悪いまま、燈哉さんは私に向き直った。
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