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燈哉さん、怒ってるかなぁ…。
なんでこんなことに…。
帰りはお迎えに来てくれると言っていたから、多分、校門の外で待っていてくれているだろう。
でも今、私は校門にいない。
教室でもない。授業はとっくに終わったし、特に予定もないので、すぐに帰れる筈だった。
彩希は毎度のサボり癖で、授業の後半はボイコット、そのままフェードアウトしていた。
こういう事は初めてじゃないから、私も特に彩希を待ったりせず、時間になったら一人でも帰るようにしている。
彩希もその方が気を使わないらしく、私達はそれで揉めたことはない。
そして、一人、校門に向かっていた。
そこに、現れたのが、晴先輩だった。
ハロンド伯爵家子息、ついこの間、ケーキ屋で、私にビジネスライクな求婚をした人だ。
不機嫌そうに私を待っていて、話があると言われた。
分かる。ですよね!
ビジネスライクとは言え、求婚した相手が、いきなり別の相手と婚約したって聞かされたら、そりゃー、イラッとするだろう。
怒るのも無理はない。
私としても燈哉さんに自分で説明できると豪語した手前、嫌だから帰りますとは言えない。
話をする必要もあると思っていた。
だから大人しく、晴先輩についてきた。
そして、私は今、晴先輩と、ハロンド家お抱え運転手付きの、実質二人きりのドライブの最中だ。
いや、あの時の私、なんで車乗っちゃったかな!?
知らない人の車に乗っちゃいけないって、子供でも知ってる。でも、その知らない人っていう言葉の前に、『顔見知り程度の、話したことがあるだけの、よく』知らない人だときちんと付けたほうがいいと思う。
いや、マジで。
車は私の家とは逆方向に向かって進む。
命の危険は無さそうだけど、穏便な話し合いでも無さそうだ。
私は今、腕に嵌った金の腕輪を外れないか四苦八苦している。
これは、魔力封じの腕輪だ。
魔力がない人も大勢いる中で魔力を使える人が犯罪を犯した時、魔力封じの魔道具が使われる。他にも使用方法はあるだろうけど、有名なのはこの使われ方だ。
そして、この魔道具の腕輪をしている私は、今魔力は使えない。
魔力が使えない状態の私はあっと言う間に車に押し込まれたし、そして今も逃げられないまま、車に乗っている。
正直、詰んだ。
一体、晴先輩が何をしたいのか、理由はなんなのか、わからないままだ。
わざわざお迎えに来てくれたのに、燈哉さんに申し訳ない。
怒ってないといいのだけど。
「そんなにガチャガチャしても外れないよ」
晴先輩は淡々としている。
いや、お前のせいだよ!?マジでなんでなんだ…。
「…外していただきたいのですが?」
「まさか。そんな馬鹿な質問をするなんて評価が落ちるよ」
お前の評価なんか要らんし。
っていうか、お前の評価の方が落ちてるよ。
晴先輩って、顔良し、成績良し、性格良しの三拍子揃ってるって言われてなかった?
………性格悪すぎじゃないか?
後輩の女子生徒を拉致ってるこの状況、普通にダメじゃない?
別に好きでもなんでもなかったけど、一気に大嫌いだ。
「……どこに向かってるんですか?」
「我が家の別宅だよ」
「…何故…?」
呆気に取られていると、晴先輩は馬鹿なものを見るように私を見つめた。
「一晩一緒にいれば、君の婚約は無しにできるから。婚約者がいるのに他の男と一晩一緒にいるなんて、聖人君子がとんでもない売女になるな」
「クズ」
気持ち悪い。ゾッとしつつ、晴先輩を睨むと、彼は馬鹿馬鹿しそうに笑った。
「でもこれを愛ゆえの駆け落ちにすることもできる。俺と婚約をし直せば、君の評価は地の底まで落ちないし、寧ろ純愛と言われるだろうな。………馬鹿馬鹿しいな、全く」
晴先輩は一貫して私自身には興味がないんだろう。
欲しいのはホワイト商会。その為に一番都合が良いのが私。ただそれだけだ。
それだけの為に、踏み躙られるだろう私を同情と憐憫の目で見つめると、彼はさも下らない様子で笑った。
「別に本当に抱いたりしないから安心したらいい」
必要なのは世間の評価だから。
そして彼は、それの為に、私が逃げる筈ないと思っている。
でもそれは違う。
私自身は世間の評価にはそんなに興味がない。
私のせいで両親とホワイト商会社員に迷惑をかけるのは心苦しいけれど、世間の評価の為に私が犠牲になることを両親も友人も喜ばない。
そしてそれは多分、偽物の婚約者も一緒だと思う。
この短い数日だけでも、燈哉さんが誠実だと分かる。
たったの一年と少し。契約だけで良いと、本当にそう思っていた。
だから、冷たくされても仕方ないし、向き合ってもらえなくて当たり前だと思っていた。
でも、燈哉さんは最初から、ちゃんと私と話をしてくれた。
身体だけを求められても、私は自分が言い出したのだから、拒否することはできなかったのに、そんな事すら、一度も言っていない。
きちんと一線を越えないラインで止まってくれる。
その上で、偽物の婚約者の為に、時間を割いて、話をして、私の目的の為に協力してくれている。
そんな人が、世間の評価の為に犠牲になる私を許すとは思えない。
やっぱりどうにかして逃げるしかない。
私と、私の周りの人達の為にも。
幸いにもじっくりと考える時間はまだありそうだし。
「…晴先輩は、水適正ですか?」
「いいや、雷だ。何故?」
「いえ、別に。一緒だったら最悪だと思っただけです」
取り敢えず、適正は分かった。
魔法も使えないし、分かったところで何がどうなるわけじゃないけれど、知らないよりはマシだろう。
それ以上車内に会話はなく、それ程しない内に車は一軒の家に入った。
別宅というだけあって、そこそこに大きい。
周りに家はなく、海の近くの見晴らしの良い建物だった。
その見晴らしを最大限楽しむ為なのか、家は3階建だった。
車から降り、逃げられないように腕を掴まれたまま歩く。
腕を触られるのも嫌すぎて鳥肌が立った。
案内されたのは3階の一室だった。
海側の部屋で見晴らしは良く、部屋も広い。
中も綺麗に掃除されていて、ホテルに近い印象だった。
「ここで一晩過ごしてもらう。部屋の中の物は自由に使っていいし、食事も用意する。トイレも風呂もついているから、一晩くらい部屋から出なくても大丈夫だろう」
部屋にトイレとお風呂がついているなら本当にホテルと一緒だろう。客室らしく、ベットもそこそ大きい。
「それから、ドアと窓には軽い雷魔法がかかってる。下手に触ると火傷するから気をつけて」
逃走対策もバッチリしてあるらしい。
海側だから、人は歩かないし、大声を出しても聞こえない。そもそもドアも窓も開けられないけれど。
「何か用事があるなら、そこのベルを鳴らしてくれれば、使用人がくるから」
車できた私達の他に、使用人がいるらしい。
何人いるかは知らないけれど。
っていうか、いい大人なんだから、お坊ちゃまの犯罪行為を止めて欲しい…。
周りに誰か止める人間がいなかったのか…。
それはなんだか、可哀想でもあるけれど。
晴先輩は簡単な説明を終えると、さっさと部屋から出て行った。
長々居座られるよりマシだった。
バタンと音を立ててドアが閉まると、部屋には私一人だった。
一応、色々見て回る。
隠し扉とか、隠し通路とか、何か武器になりそうなものとか…。
でもそんなものはやっぱりなかった。
部屋を家探ししても、やっぱりホテルのような整然で清潔な空間だった。
立っていても仕方ないので、ソファーに座る。
ソファーの前のローテーブルにはポットと、お茶、それからアロマオイルがあった。
リラックスして下さい、と言わんばかりのラインナップだ。
イライラしてそれを睨み、そして、私は気がついた。
オイル!
急いでお風呂場にも向かう。
洗面所には香油のボトルが置いてあった。
流石にキッチンはついていないから、油はない。
でもさっき見た時、ベット脇にキャンドルがあった。
ということは、マッチか何かがあるはずだ。
ベット脇の引き出しを開けると、やっぱりマッチ箱があった。
イケる!!!
文明の利器、最高だ!
窓もドアも開かないんだから仕方ない。
根本を大破するのが一番楽だし、目立つ。
悪目立ちは、きっと、騎士団が出張ってくるはず。
よし!家、燃やそう!
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