表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/12

第十二話 ふたりの未来

 湊にはわかった。

 これは父なりの、“譲歩”だった。

 簡単に認められる話じゃない。

 父はきっと今でも、不安なのだ。


 年齢差。

 男同士。

 世間の目。


 それでも。

 “頭ごなしに否定しない”

 というところまで来てくれた。

 それだけで十分だった。


「父さん」

 湊が呼ぶと、父がゆっくり視線を上げる。


 湊は少し迷ってから、小さく頭を下げた。

「……ちゃんと考える」

「大学も、自分で決める」


 父は何も言わない。

 でも。

 ほんの少しだけ、表情が柔らかくなった気がした。



 父が帰ったあと。

 居間の空気が一気に緩む。


「はーーー疲れた」

 湊は畳へ倒れ込んだ。

 

 すると祖母が呆れたように笑う。

「情けない声出して」


「だって緊張したし……」

 本当に寿命が縮んだ気分だ。


 その時。

「お疲れ」

 低い声と一緒に、頭をぽんと撫でられる。

 ジョージだった。


「……ん」

 自然と頬が緩む。


 そんな湊を見て、祖母がニヤニヤし始めた。

「はいはい、ごちそうさま」


「やめて」


「青春だねぇ」


「だから言い方!」


 ジョージが隣で低く笑う。


 その笑い声が、妙に心地いい。



 夜。

 離れの小屋。

 窓を開けると、少し涼しい風が入ってきた。

 夏の終わりの匂いだった。

 

「……静か」

 湊が呟く。


 花火大会が終わってから、町は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 騒がしかった夏が、ゆっくり終わっていく。

 でも。

 今年は不思議と寂しくなかった。


「湊」

 ジョージが後ろから名前を呼ぶ。

 振り返いた瞬間、腕を引かれた。

「っ」

 そのまま、胸へ閉じ込められる。


 大きな腕。

 熱い体温。

 ジョージの匂い。


「……ジョージ」


「充電」


「何それ」

 笑うと、ジョージが肩へ額を押しつけてくる。


「昨日、寿命縮んだから」


「俺もだけど」

 二人で小さく笑う。


 するとジョージが、ふと真面目な声になった。

「湊」


「ん?」


「来年も、一緒に花火見よう」


 胸がじわりと熱くなる。

 来年。

 自然に、未来の話をしてくれる。

 それが嬉しかった。


 湊はジョージの胸へ額を預けながら、小さく笑う。

「……浴衣は着ない」


 するとジョージが吹き出した。

「まだ言ってる」


「絶対恥ずかしい」


「見たいのに」


「却下」


 くだらないやり取り。

 でも。

 こんな時間が、ずっと欲しかった。

 一人じゃない夜。

 帰ってくる場所。

 名前を呼んでくれる人。


 湊は窓の外を見る。

 夜の海。

 遠くの灯り。

 静かな波音。


 孤独だった夏は、もう終わった。

 でも。

 この夏がくれたものは、きっと終わらない。


 湊はそっとジョージを見上げる。

「……好き」


 小さく呟く。


 するとジョージが、一瞬止まった。

 それから。

 どうしようもなく幸せそうに笑う。

「知ってる」


 そして。


 離れの小屋へ、静かなキスが落ちた。

 

 潮風が、優しくカーテンを揺らしていた。


 


 

 夕暮れの海辺。

 九月の風は、もう少しだけ涼しい。

 観光客も減り、《ブルーコースト》の喧騒は嘘みたいに静かだった。


「お疲れ」

 低く優しい声。

 振り返ると、ジョージがいた。


 黒いパーカーにデニム。

 変わらず目立つ。


 湊は鞄を肩へ掛け直しながら、小さく笑う。

「仕事終わり?」


「ん」

 ジョージが近づいてくる。


 その瞬間。

 ふわ、と潮風に混じって、見慣れたジョージの匂いがした。

 胸がじわりと熱くなる。


 夏休みの間は毎日のように会っていたのに、今は数日ぶりだ。

 それだけで、妙に落ち着かなかった。


「……なに」

 見つめられている気配に気づき、湊が聞く。


 するとジョージの視線が、ふと湊の胸元へ落ちた。

 制服。


 白シャツ。

 ネクタイ。

 学校指定のブレザー。


 その瞬間。


 ジョージが少しだけ苦い顔をする。

「……ほんとに高校生なんだな」


 ぽつりと落ちた声。


 湊は目を瞬かせる。


 ジョージは苦笑した。


「夏の間ずっと一緒にいたから、忘れそうになる」

 波の音が響く。

 ジョージは海を見ながら、小さく息を吐いた。

「たまに、罪悪感すごい」


 その言葉に、湊は少し黙る。

 たぶんジョージは、今でも考えているのだ。


 年齢差。

 立場。

 周囲の目。


 自分を好きになったことで、湊の未来を狭めていないか。

 でも。

 湊は少しだけ眉を寄せた。


「……こっち向いて」


「ん?」


 ジョージが振り返いた瞬間。


 湊はジョージ肩を軽く掴み、そのまま背伸びをした。

 そして。

 唇へ、ほんの短く触れる。

「……っ」


 ジョージが目を見開く。

 湊は顔を真っ赤にしたまま、小さく言った。

「そういう顔、やめて」


「どんな顔」


「離れようとしてる顔」

 潮風が吹く。


 ジョージはしばらく固まっていた。

 やがて、堪えるみたいに片手で顔を覆う。

「……無理」


「何が」


「今の、反則」

 低く掠れた声。


 湊は照れ隠しみたいに海を見る。

「俺はちゃんと未来あるって言ってんの」

 少し震える声。


「大学も行くし」

「やりたいことも探すし」

「だから、勝手に罪悪感で離れようとすんな」


 ジョージが静かに湊を見る。


 その目が、痛いくらい優しい。


「……ほんと強くなったな」


「誰のせいだと思ってんの」


 そう返すと、ジョージが小さく笑った。

 そして今度は、ジョージのほうがそっと湊の頬へ触れる。

「約束するお前の未来、ちゃんと応援する」


 胸が熱くなる。


 ジョージは続けた。

「大学も」

「その先も」

「ちゃんとお前が選べるようにしたい」


 真っ直ぐな目だった。

 湊は少しだけ泣きそうになる。

 この人は、自分を閉じ込めようとしない。

 ちゃんと未来ごと好きでいてくれる。


「じゃあさ」


「ん?」


「大学合格したら、お祝いで旅行連れてってよ」


 ジョージが止まる。

「……旅行?」


「うん」


 湊は海を見ながら続ける。


「俺、ちゃんと受かるから」

「そしたら、“高校生だから”ってやつ終わりじゃん」


 少し照れくさい。

 でも、ちゃんと伝えたかった。

 “未来がある”って。

 “終わらせる気ない”って。

 ジョージはしばらく何も言わなかった。

 やがて、どうしようもなく愛しそうに笑う。


「……可愛すぎて困る」


「またそれ」


「事実」


 低く笑ったあと。


 ジョージはそっと湊の顎へ触れた。

「今度は俺から」


「え——」


 言い終わる前に。

 静かなキスが落ちる。

 さっきより少し長い。

 優しくて、でも熱を隠しきれていないキス。


 離れたあとも、唇が熱かった。

 ジョージが額を寄せてくる。

「受かれよ、大学」


「プレッシャー」


「受かったら、好きなとこ連れてく北海道でも海外でも」


 湊は少し笑った。

「じゃあ頑張る」


 潮風が吹く。

 夕暮れの海が、静かに光っている。

 孤独だった夏は終わった。

 でも。

 その夏がくれたものは、きっとこの先も消えない。

 触れ合った指先の熱も。

 未来を約束した声も。

 全部、ちゃんと残っていく気がした。


 夕暮れの浜辺に、二人の影が長く伸びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ