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第80話 落日のあとで

 勇者連合と辺境軍が撤退した後の戦場は、夜の闇に包まれていた。


 夕方まで響いていた怒号も、悲鳴も、今はもうない。

 あるのは、焦げた血肉の匂いと、夜風に揺れる炎の残り火だけだった。


「うわ、ひっでぇな」


 一人の吸血鬼族(ヴァンパイア)が、地面に転がっていた銀の鎧を蹴った。


 鎧は泥と血にまみれ、半ば潰れている。

 蹴られた拍子に、金属の擦れる鈍い音がした。


「これ生きてるやついんのかね」


 もう一人の吸血鬼族(ヴァンパイア)が、面倒くさそうに鼻を鳴らす。


 彼らはゼフィード家に属する下級の吸血鬼族(ヴァンパイア)だった。

 ハイポリオン家の戦闘が終わった後、瀕死の人間を回収するために戦場へ入ってきたのである。


 だが、目に入るのは死体ばかりだった。

 使えそうな勇者は、そう簡単には見つからない。


「流石に全員死んだか……」


 後ろを歩いていた吸血鬼族(ヴァンパイア)が、ぼやく。


「これ、成果なしで帰るの気まずくね?」

「だから必死こいて探すんだろうが」


 銀の鎧を蹴った方が、苛立ったように答える。


「完全に冷えたやつは使いもんにならねえ。息がある勇者を探せ」

「ていうかよぉ」


 もう一人が、倒れたオーガの腕を避けながら言う。


堕天使族(フォールンエンジェル)が獲ってきてくれる話じゃなかったのかよ。勇者を生かして回収するって」

「あいつらにそんな器用なことできるわけねえだろ」

「まあ、それはそうだけどよ」

「生かさず殺さずなんて芸当ができる種族じゃねえ。大火力でぶっ壊すしか脳がない連中だ」


 彼は周囲の惨状を見渡す。


「部下にオーガなんて使ってたら尚更だ。勇者も兵士もまとめて肉塊だよ」

「じゃあ俺ら、何しに来たんだよ……」

「だから生き残りを探すんだよ。運が良けりゃ、死にかけの一人や二人――」


「――なにを騒いでいるのかな?」


 その声が聞こえた瞬間、二人の吸血鬼族(ヴァンパイア)は凍りついた。


 闇の中から、足音が近づいてくる。

 小さな足音。

 軽く、柔らかい。

 けれど、纏う気配が違った。


 夜そのものが形を持って近づいてくるような、圧倒的な存在感。


 二人は反射的に姿勢を正した。


 闇の中から現れたのは、同じ吸血鬼族(ヴァンパイア)の女性だった。

 白に近い銀髪。そして、薄紫の瞳。


 可愛らしい見た目に反して、その周囲の空気だけが異様に重い。

 ゼフィード家継承順位第1位、オリン・ゼフィード。


「オ、オリン様……!」


 一人が慌てて頭を下げる。


「な、なぜこのような場所に……?」

「なぜって、見に来ただけだよ」


 オリンは軽く笑った。

 その手には、一人の勇者が引きずられていた。


 オリンは二人の前をゆっくり歩く。

 自分より遥かに大きな人間の身体を、何でもないように引きずっている。


 その光景だけで、二人の吸血鬼族(ヴァンパイア)は背筋を伸ばした。


「それは……新しい眷属候補でしょうか」


 一人が恐る恐る尋ねる。


 オリンは足を止め、薄紫の瞳を細めた。


「よーく見てみなよ」

「は、はい……?」

「候補じゃなくて、もう眷属だから」


 言われて、二人は引きずられている勇者を見た。


 青白い肌に、尖った耳。

 そして口元には、飲みませたであろうオリンの血液の乾いた跡がある。


「た、確かにそうですね……」


 もう一人が慌てて頭を下げる。


「流石のお手際で」

「死ぬ寸前だったしね」


 オリンは軽い口調で言う。


「まだ使えるなって思ったから、その場で眷属にしちゃったよ」

「死にかけほど、我らの血に馴染みますからね」


 片方の吸血鬼族(ヴァンパイア)が、少し得意げに言った。


 オリンは楽しそうに笑う。


「おっ、通だねぇ~」


 そして、引きずっている勇者の髪を軽く撫でた。


「そうそう。やっぱり死にかけの勇者が一番だよ」


 二人はそれ以上、何も言えなかった。


 オリンの声は軽い。

 仕草も無邪気だ。


 だが、その薄紫の瞳が一瞬こちらを向いただけで、喉を掴まれたように息が詰まる。


 彼女は二人を一瞥し、何でもないように言った。


「んじゃ、頑張りなよ~」

「は、はい!」

「お任せください!」


 オリンは返事を聞くと、眷属となった勇者を引きずったまま、闇の奥へ歩いていった。


 夜に溶ける銀髪。

 そして、その後ろに続く血の跡。


 二人の吸血鬼族(ヴァンパイア)は、彼女の姿が完全に消えるまで頭を下げ続けた。


 やがて、闇がすべてを飲み込む。

 その暗がりの中で。

 眷属となった元勇者の指先が、かすかに動いた。

これにて第二部終了です。

ここまで読んでくださった方、お疲れさまでした。


また、毎度のことながらブクマや評価で応援してくださった皆さまにも、心から感謝しております。

中々数字には繋がっていませんが、とにかく納得するところまで書き切る所存です。


第二部は、第一部の雰囲気が好きだった方には少し辛い展開になったかもしれません。

しかし、ここまで読んでくれた方を後悔させない展開を第三部には用意してますので、ぜひ今後も読んでいただけますと幸いです。

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