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トランプには2種類あります

 マルタ氏は経営する喫茶店で開店準備をしていた。風を受けて窓辺が揺れるのに気がついて目をやった。客だろうか、誰だか見知らぬ青年が立っていた。


 まだこの喫茶店を開業して1ヶ月と間もないので常連のお客さんはいない。喫茶店として営業はしていても暇な時間が多い。店としての認知度が低いせいもあるし、そもそも地域に住んでいる人が多くないのも暇な原因だろう。そういう前提があり、この青年に声をかけることにした。


「うちの店に何か?」

「ええ、まあ。あの」


 青年がそう言うと口をつぐんだ。どういうことだろうか想像するが初対面の人に失礼なことは言えない。ということは失礼な言葉を思いついたのだが、とりあえず無難な営業をしておこう。


「営業時間8時からなんだけど、もうすぐだからよかったらどうぞ」

「あの、客として、ではなくて。ここで働きたいんです」


 マルタ氏が品定めするように青年の足元から顔へ真っ直ぐに見つめると、青年は目を逸らした。でも、逸らした瞳を戻して続けて言う。


「僕は落合です。給料はもちろんお気持ちを頂ければいいのでどうかお願いします」


 そう言って頭を下げる。どうしようかな。正直にお願いされるとこっちも正直に言うしかない。


「うーん。今日初めて来て、採用というわけにはいかないよね。募集もかけてないし、見ての通り暇だしさ。うちにちょっと通ってみて、それでも働きたいならその時にまた言ってよ」

「そうですか、ダメですか。そうですよね。ダメですよね」

「ダメっていうか、まあ給料なんてそんな出せないし。それに、まあもしそんな急なお金が入り用なら、まあ仕方ないからうちで1杯だけ飲んできなよ。俺が奢るから」

「いいんですか?」

「店のモニターだと思って色々聞くけど」

「ありがとうございます」


 こうして店にあげた青年をカウンターに座らせた。まず、何を注文するだろうか。メニュー表を出して彼の前に置いた。


「さて、1杯だけです。何を注文しますか?」


 メニュー表は片面で10種類表記されている。40秒ほど見つめたのちに口を開いた。


「温かいコーヒーをお願いします」

「はい。ホットコーヒーですね」


 青年はうなずくと、目を窓辺へ向け少し黙る気配を見せる。氏はその気配に安心して目の前でホットコーヒーの準備を始める。まず電気ポットでお湯を沸かし、用意してある豆を挽く。挽いた豆と濾紙をガラスの容器に乗せてお湯を注ぐ。その下で受けているガラス容器からコーヒーカップに注ぐと喫茶店のコーヒーができた。ソーサーに乗せて提供した。


「まあ飲んでみてよ」


 マルタ氏は驚いた。青年がうっすらと湯気が立ち上るカップに口をつけると一気に飲み干してみせたのだ。


「ぷはー」


 味がわかるものかと疑問に思ったが、芸といえば言えなくもないなと思う。コーラ一気飲みも芸なら熱々コーヒー一気飲みもそういうことだろう。でも、せっかく時間をかけて淹れたコーヒーを否定された気がした。ゆっくりコーヒーを飲む習慣がないのだろうか。マルタ氏は不満気に、身を乗り出し顔を近づけて言った。


「新しい飲み方だね」

「すみません」


 謝ったからまあ許すことにするか。正常の姿勢に戻る。でも、この後のことも考えてこう言っておかなければならない。


「俺の奢りもうないからね」

「すみません」

「一気飲みなんでしたの?」

「いや、なんていうか。ウケてくれるかなと思って」

「まあ確かに少しはウケたけど。せっかく丁寧に淹れたコーヒーだから時間かけて味わって欲しかったな」

「気をつけます」


 悪気はなかったようだ。でも、ちゃんと謝ることはできている。プライドみたいなものは持ってないのか疑問だが、それは青年だからだろう。むしろ若いうちからプライド持って、年上に見せてくる方が厄介かもしれない。マルタ氏は喫茶店の雑用係になら採用してもいいかなと思った。でも、採用するにはこの問題を解いて見せてくれなければとも思った。


「トランプには2種類あります。なんの種類だと思いますか?」

「赤と黒、ですね」

「それだと不採用なんだけどな」

「わかりません。でも、答えが知りたいです。教えてください」


 あつかましくて困らせる青年だなと思った。まあ赤と黒でも答えと言えば言えなくもないかと思えた。徐々に青年は暗い顔になり黙っている。仕方ない。


「雑用と思って覚悟できてるなら、採用してもいいよ」

「はい。お願いします」


 青年に笑顔が戻った。仕方ない。教えてやろう。


「いいか。トランプは2種類。使う人の道具になり得るトランプとそうでないトランプだ。従属か、反抗かどちらかだ」


 青年は黙って唾を飲み込む動作をした。氏はなかなか見込みがあるかもしれないと心の中で思った。



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