第47話「偵察班④(御堂 聖、早川 俊介、木下 麻衣、原田 浩二)」
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翌日、僕らは朝早くからビルのエントランスに集まっていた。僕らというのは僕たち以外のチームも集まっているからだ。僕たちは、というかこの避難所はとにかく食料品、飲料を毎日集めている。
いくら多少は備蓄があるといっても、いくら節約を頑張っているとはいっても、数十人分の食料を賄うのは大変だし、その備蓄も凄い勢いで減って行っている。ただ、幸いにもここは都内で、まだまだ回収されていない食料品は多い。
「新宿まで足を延ばしたい所なんだけどなあ」
早川さんがボヤく様に言った。
高田馬場から新宿までは徒歩にして大体三十分くらいだ。
もしどこかで自転車とかを拾ったりできればもっと早く着くかもしれない。鍵とかも工具かなにかで無理やりこじ開けたりできなくもない。まあ自転車みたいな乗り物は大体回収されちゃってるか、壊れたりするんだけどね……。
車とかはキーがないと動かないしなあ。
「新宿なら食料品だけじゃなく、色々なものが手に入りますもんね」
僕が言うと早川さんは頷いて、どこか得意そうな表情を浮かべる。
「それだけじゃないんだぜ。新宿、特に阿武木町周辺は今もヤクザの事務所がポツポツあったりするんだ。まあ暴力団排除条例とかで大分別のところに事務所を移転してたりするんだけどよ──」
ヤクザ事務所がどうしたっていうんだろう?
「分からない顔してるな。ヤクザって奴らはほら、色々ヤバいブツを持ってるだろ? 例えば武器とかさ」
ああ、なるほど。
「ええと、銃……とか?」
「そうそう。まあその辺にぽんぽんと転がってたりはしないだろうけどよ。銃じゃなくてもドスとかさ。ゲームやラノベじゃねえんだから、いまの日本で武器を手に入れるっていうのは入手手段が限られてくるじゃんか」
「早川さんって銃を撃ったことあるんですか」
「ねえよ。でもさ、本能みたいなのがあるじゃん。獣が生まれた時から殺し方を知ってるみたいなさ」
なんかこう、タフな感じだ。映画に出てくる登場人物みたいだな。そういえば祐に前おすすめされた格闘漫画で似たような事を言ってるキャラクターがいたな……。なんかこう、一部熱狂的なファンがいる漫画らしい。僕は余り格闘技系は読まないんだけど、セリフが一々格好良かった気がする。
「最近は物騒だものね」
木下さんが横から口を挟む。
「まあな。時には怪異より人間が怖かったりするもんだ。こういうご時世だからな、自分が少しでも長く生きるためなら、人間ってのはどんな事でもするンだぜ?」
早川さんは意味ありげに木下さんと視線をかわしている。もしかしたら、避難所とかで何かしらの対人トラブルとかがあったのかもしれない。原田さんは何か知らないのだろうか、と思ってそっちを見てみると──。
小石を口に放り込んでいるところを見てしまった。そっか、なんでも食べられるもんね。でも石って美味しいんだろうか……。我関せずといった感じだ。あの人が元阿弥陀羅なんて今でも信じられないな。
「ただ俺たちは今日初めて四人で組んだばかりだし、最初はもう少し近場から探索していこうぜ」
早川さんの言葉に僕らは顔を見合わせて頷いた。
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「ってことで出発だ! 今日俺たちは東京山手医療センターへ向かう予定だ。徒歩なら大体二十分かからないくらいかな。道中いくつかコンビニやスーパーがあるから安全そうなら軽く漁っていこう。まあ余り期待はできないけどな……」
「へえ、医療センターって事はえっと、病院ってことかい?」
原田さんの言葉に早川さんは頷く。
「ああ、今回の目的は食料品というより医療品が目当てだ。山手医療センターは百人町にあるでっかい病院なんだよ。山手線沿いにまっすぐ南下するだけだし、距離もそう離れていないしな。こんな状況だからよォ、医療品とかはできるだけ確保しておきたいよな」
「確かに……。でもそういうのってもう──」
口をはさんでみる。薬とか治療用具とかが大事だっていうのは僕にも分かるけど、僕に分かるならその辺を歩いている犬にだって分かると思うんだよね。つまり──
「もうとっくに漁りつくされてるだろってか?」
早川さんの言葉に僕は頷く。すると、早川さんは眉毛を一瞬へにゃりとハの字にして苦笑して言った。
「まあそうなんだけどさ、でもあそこはそう簡単にはいかねえんだよなあ」
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「つまりさ──ってことなんだ」
山手線沿いを南下しながら、僕らは早川さんの説明を聞いた。要約するとこんな感じだ。なんでも病院内には死霊だとか怨霊だとかが彷徨っていて──みたいな感じ。
「ただ、そういう連中の全部が全部ヤバいわけじゃないし、大体の霊が近づくとちょっと胸がザワつくとか、不快な気分になるとかそのくらいで済む」
「でも中には本当に危ない霊もいるのよ」
木下さんが後を引き取って続けた。その辺の理屈は僕も分かる。というか常識だ。前の東京でいうと、異常領域の発生源になりえるような凄くおっかないお化けって事だろう。
「御堂は霊感が強いんだろ? じゃないと浮遊霊と会話なんてできないからな。俺と麻衣は異能タイプでね。やばいのが近づいてきてもよくわからねえからさ。霊能タイプの奴が入ってくれて助かるよ」
霊能タイプ?
異能タイプ?
聞きなれない言葉だけど──ああ、なるほど、分類理論か。
例の掲示板で読んだ事がある。(第14話「日常⑬(聖)」参照)
異能の分類法は諸説あって、海外の七分類法とか日本国内の六分類法とか、はたまた戦闘に使えるかどうかの二分類だとか──。そんな感じの分類手法のことかな。
「異能タイプと霊能タイプって結局どう違うんでしょう?」
歩きながら僕は早川さんに訊いた。
「ザックリ言うとな。発生源が自分の中にあるかどうかだ」
「内と外って事ですか」
「そう。例えば俺の念動。これは俺の頭ン中にこう──念のプールっつーかさ、タンクみたいなのがある感じだ。そこから引っ張り出して、まあ何かする感じだ。俺の場合だったら見えない手を自分の体から伸ばしてる感じだな」
早川さんは右手で自分の側頭部を軽く叩いてみせた。
「一日に使える量も決まってるし、強さの上限もある。要するに自分の中にあるエネルギーを使って何かを起こす、これが異能タイプだ」
「私の治癒も同じね」
木下さんが横から続ける。
「切り傷とかあるじゃない? 傷口を見てどこがどう傷ついているのかを想像して──それが治る過程をはっきりイメージするの。そしてね、物凄く小さいメスでオペをするのよ。針とか糸で縫い付けたりね。どれだけ綺麗に治るかは想像力次第よ。適当な想像だと適当にしか治らないわ。早川君は見えない手と表現したけれど、私の場合は見えない、凄く小さい手術器具を練り上げてる感じかな。それを使って治癒するの。こういうのが異能」
「なるほど……え、じゃあ火を出したりするのは──」
「それは多分、見えない何かを火種にしてるかんじかなあ? まあその辺は異能者本人のイメージ次第だそうだけれど。逆に御堂君みたいに霊と話せたり、霊が向こうから見えてきたりするのは異能じゃないわ。霊は自分の中にいるわけじゃないでしょう?」
「ですね」
「そういう外側の存在と繋がって何かが起きる、これが霊能タイプ」
なるほど、と僕は頷いた。掲示板で読んだ六分類でいうとサイオニックやキネティックは異能側、スピリチュアルは霊能側って事になるのかな。
「もっとも、二つに綺麗に分かれない奴も結構いるンだぜ。両方ちょっとずつ持ってる奴とかな。だから現場じゃ大体の話だ。ただ俺らみたいに完全に異能側の人間と御堂みたいに完全に霊能側の人間が組むと、補完し合えていい」
早川さんは満足そうに説明を締めた。
──力を選んだ者と、力に選ばれた者。
頭の片隅で、八田野さんに前に教えてもらったもう一つの分類がよぎる。
「原田さんは異能側って感じになるんでしょうか?」
「そうだねぇ。でも霊感ゼロって感じでもないし──ってうぇええ……」
原田さんは突然変な呻き声を出して、隣を歩いていた僕の袖をつかみ、場所を入れ替わった。
「え? どうしたんで──あ」
なんというか、惹き込まれる様な感じだった。丁度つつじ通りを南下していたのだけれど、左手側──つまり地図では東側のほうから引力というか、そこへ行かなければいけないみたいな感じがしたのだ。
ふらりと足がよろめきかけたその瞬間。
──『駄目よ、聖くん。あっちはまだあなたには危ないわ』
そんな声がふわりと耳朶をくすぐった。
──今の声は。
少しの間ぼんやりしていたらしい。
「御堂君大丈夫?」
原田さんがそういって僕の方を気づかわし気に見ていた。
「あー、どうしたのかとおもったら戸山公園か……あそこはなあ」
早川さんの声だ。
「戸山公園?」
原田さんが繰り返す。
僕は戸山公園をしっている。行った事はないけど……。
ああ、そっか、高田馬場だもんなあ。
「確か昔、国内でもトップクラスの危険スポットだったとこですよね。異常領域がしょっちゅう発生してたって……」
「お、知ってンのか」
早川さんが意外そうな顔をする。
「オカルト系の部活に入ってるんです。それで資料で見た事があって。陸軍軍医学校跡ですよね。八九年に人骨がいっぱい出てきて、箱根山で泣き声とか青い火の玉が出るとか。でも数年前に高野グループと国が大規模浄化措置をやって、それ以来鎮まったはずですよね。心霊スポットマップからも外されたって……」
「そうそう、でもなあ」
早川さんが頭を掻いた。
「封印が劣化したか、上書きされちまったかは知らねえが最近は余り良くない感じらしい。活性化ってのかな。まあでも入り込んだりしなければ大丈夫らしいから。それにしてもさ、東京がこうなっちまってからそーゆー場所があちこちにあるらしいぞ。注意しとけよ」




