↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちの昏き憧憬  作者: 美凪
虐げられし者の折り畳む恐怖
34/87

虐げられし者の折り畳む恐怖#5

◆◇◆



「――それで、様子はどうですか?」

「独りでいるときよりはマシみたいよ。でも、やっぱり視線は感じるらしいわ」


 カズミ・オオトミがカンザキ探偵社を訪れてから、三日が経った。

 その間、トキヤはオオトミの了承を得て、彼の身辺を調べつつ監視を続けていた。


 オオトミの住む借家は、カレッジにほど近い八番地区の路地に存在した。

 八番地区は所謂繁華街というやつで、近代的な施設が一通り揃っており、カレッジの存在する七番地区のほか、市街の中心である十番地区に直接繋がっている大通りを有している。


 この大通りは密かなシュトの名物として扱われている。本場王国のストリートを参考に建造された、ピクチャレスク風の優美な曲線と、煉瓦と白亜の壁。本来シュトが持つ文化の情緒の一切を損なっていると批判のやり玉にもあげられるが、この西欧風大通りはおおむね好意的に市民に受け入れられている。


 大通りには「商業地区」と呼ばれるだけあって、商店が競い合うようにして建ち並ぶ。コーヒー・ショップや小物の店、人形屋。輸入品を扱う店は近年増え続けており、時計屋以外の国産産業は隅に追いやられがちだ。

 洋風文化に押され、折衷を試みる店もちらほら見受けられる。


 そしてその最たるものがチャミセ・カフェであろう。極東にもとから存在している「茶店」と呼ばれた甘味処を、ただ外見だけ洋風に繕った滑稽な店である。外見はカフェであるが、出てくるものは極東に昔から存在する甘味―― つまりは茶店のメニューだ。


 現在トキヤとレイカ、フウカは運よくオオトミの住居のはす向かいに存在していた、このチャミセ・カフェの一席で談合している。窓際の席からはオオトミの部屋の扉が良く見えた。扉の前には顔によぎり傷のある男が立ち、周囲の警戒に当たっている。レイカの護衛の男性だ。現在はレイカの命を受け、談合が済むまでの間トキヤの代わりを務めている。


 代わり―― と言っても、トキヤはあの場所に立って直接見張りをしたことはこの三日間のうちで一度もない。悪目立ちをするし、外に立ち続けるのは健康にも悪いからだ。


 基本的には現在アカギリ姉妹と談合しているカフェの席から遠巻きに監視をしており、日が暮れてからはオオトミの部屋に上がり込んで、定期的に不審な動きを「探査」で探る、というようなサイクルを続けている。……どうやら男性にはトキヤと席を共にしたくない理由でもあるらしい。毎回同席をかたくなに固辞していた。


「やはり、今日も変わりありませんか。妖しい人影のようなものは?」

「シノにずっと探らせていたけど、それっぽいやつは近くに居なかったらしいわ。遠くから双眼鏡みたいなもので見張られている場合は知らん。保証できん、とか言ってたけど、それってつまりは気配を感じ取れないってことよね。遠くからそういうふうに見張ってる可能性ってあり得るのかしら」


 シノというのは、どうも護衛の男性の呼び名だ。

 本名でないことは承知しているが、何も教えてはくれない、というのはレイカの談である。彼女が六歳の時から、実に十四年間―― トキヤはレイカが成人していること、さらにフウカとは双子であったことを知らされて大いに驚いた―― も付き合いが続いているのに、未だ詳しいことはほとんど知らないとか。

 得体の知れない人間ではあるが、寡黙で仕事は確実にこなすため、周囲の評価は高いと言う。


「そうですか。……その点についてはボクも考えてはいたのですが、素人であるカズミさんが遠距離からの監視を明確に感じ取る、というのはいささか無理があるように思えますね」

「まあ、シノやトキヤにわからないことが、アイツにわかるとは思えないしね。――あ、ようやく来た。最近これが変に楽しみになってきててイヤだわ」


 言い終えるや、レイカは運ばれてきたショウユと砂糖で甘辛く味付けされた串団子を頬張る。その隣ではフウカが「ゼンザイ」と呼ばれる荒濾し餡の汁の中に餅を放り込んだ甘味を一心不乱に箸で突いていた。


 洋風の店内。白亜のテーブルに椅子に座って向かいながら、極東風のものを箸で食べる、という光景はなかなかにシュールである。


 ちなみにその光景を見守りながら苦笑するトキヤの手にしているティーカップの中身は、「抹茶オレ」なるこの店の主人が編み出した画期的な飲料だ。抹茶好きの店主がなんとか抹茶を親しみやすいものにしようとあれこれ試行錯誤した末に生まれたものらしいが、ミルクとの混合にってまた別のクセが出てしまっているのではないか、とトキヤは感じている。

 嫌いではない。最初に口にした時は咥内を駆け上がって鼻から抜けていく強烈な香りに顔をしかめたものだったが、慣れてみるとそれも悪くないように思えてくる。


 トキヤは頼むに困るとこれを注文しているので、三日のうちにすっかり店主やウェイトエスと懇意になってしまった。トキヤが窓際の席について何をしているのか一言も訪ねないあたり、大したものである。変に勘ぐったら一人常連を逃がすことになる、とでも考えているのだろう。

 純粋に怪しい奴だと疑われずに済んでいるのは、ひとえにトキヤの丁寧な物腰の賜物だ。


「……で、そっちは何かわかったの?」


 あっという間に串団子を平らげてしまったレイカは、指に付着した甘辛い餡をはしたなく舐めとりながら訊ねてくる。付き合いが始まってから間もないと言うのに、レイカもフウカもトキヤに対して変に遠慮がなくなってきているような節があった。少なくとも「よそいき」のレイカは、こんな何気ないしぐさを見せてはくれない。


「ええ。何もわからない、ということがわかりました」

「……なぁにそれ」


 レイカが指に舌を這わせたまま、やぶにらみを返してくる。


「彼の噂について、マミヤ氏の資料を持っているソフィアにも話を聞いてみましたが、『五、六年前に似たような噂が一時期流行り、急速に勢いを失って消えていった』としか教えてもらえませんでした。他にもナナオを頼って聞き込みをしてもらいましたが、レイカさんが仰っていたこと以上のことはまったくわかりませんでした」


 当初レイカが祖父であるショウダイ・マミヤの失踪の理由を求めて探していた手製の資料群は、すでにショウダイ本人の手によって焼却されていた。

 資料の中には都市伝説や地方の伝承などの検証に加え、いくらかショウダイの魔術研究の記録が含まれており、ショウダイが亡くなる一か月ほど前に、内容をソフィアにすべて記憶させた後に処分した、ということだった。

『死神からの手紙』は最近の噂である、と聞かされていたトキヤは、さほどの期待はしていなかったものの、ソフィアにそれについて知らないかと訊ねてみた。


 ソフィアは呪具として所持者の質問には真実を以て答えねばならない。知らなければ知らない、という言葉は嘘ではない―― のだが、返答はトキヤの予想を大きく外れていた。


『死神からの手紙、か。そういう話は聞いたことがあるぞ。たしか五、六年前だったか。カレッジとかいう施設の蔵書を求めて訪問した時、ショウダイが生徒から聞きかじってきた噂話の類ではなかったかなあ。内容は――』


 ソフィアの口から語られた噂話は、レイカから聞かされたものとまったく同じものであった。


 そしてそれが一時に爆発的にカレッジの生徒の中で流行ったが、すぐに廃れてしまった、ということも聞かされたが、それだけではなんの指標にもならなかった。


 もしも何者かが昔あった噂を復活させてまでオオトミに嫌がらせをしているのだとしたら、おおがかりすぎる上に非効率的であると言わざるを得ない。やはり現状では理解できないような、犯人なりの論理(ロジック)が潜んでいるのではないか―― というのがトキヤの所見ではあるものの、犯人の正体が杳として知れない以上、探るに探れないのだ。


「ええと、ナナオさんはカレッジで聞き込みをした。ですか?」


 ゼンザイをかき回す箸を止め、フウカが訊ねてくる。彼女も今ではすっかり自分からトキヤに話しかけるようになったが、元からあまり話すのは得意ではないらしく、怯えが消えた口調からもたどたどしさは消えない。


「……ええ。今日に終えて帰ってきたばかりですよ」


 トキヤも冷めないうちに、と抹茶オレを啜りながら答える。


 昼間カレッジに通っている間は、学部の同じレイカが出来るだけオオトミに付き添うかたちで話がついた―― トキヤは渋ったが、ひとりでは休む時間もない、ということを指摘されて結局折れた―― あと、トキヤはすぐにナナオにカレッジへの潜入および聞き込みを頼んだ。


 二日の申請期間を待ち、あっさりとカレッジへと潜入を果たしたナナオは、放課に合わせて帰還し、連続の徹夜ですっかり昼寝が当たり前になっていたトキヤをたたき起こして報告を済ませた。

 ナナオは半日のうちに驚くべき人数を相手に聞き込みを行っており、またもトキヤを瞠目させた。その結果はと言えば、『死神からの手紙』の噂を知る人間と知らない人間が半々といったところだったらしい。知らない生徒は本当に何も知らず、初めて知ったと口をそろえていた。対する知ってる側の生徒は、人によって微々たる差異はあるものの、やはりレイカが調べ上げたことと同じようなことしか喋らなかった。


 ――以上の結果で得られたことはあるが、やはりまだ何も見えてこない。根幹を成す足場が足りないのだ。


 ちなみにナナオへの報酬は後払い、ということになった。

 オオトミはレイカたちと比べるべくもないが、資産家の息子である。「ひとりで住むには十分だ」と語った借家は、トキヤを受け入れて二人で過ごしていても問題にならない、一般人からしてみればかなりの優良物件であった。感覚がズレている。それだけ成功させれば期待も出来るが、展開が展開だけにさしものトキヤも少しだけ焦りを禁じえない。このまま依頼の達成ができなければ、黒パン生活さえもままならなくなりそうだ。


「あー、一日で帰ってきちゃったですか? それだと、オカルト・サークルには、行ってない…… かも」

「オカルト・サークル?」


 トキヤが訊き返すと、フウカは身振り手振りを加えてもたもたと説明を始めた。


 カレッジには生徒同士で集まって何かをする「サークル」という文化があることはトキヤも知っていた。彼自身は属したことがなかったが、学生時代の親友が西洋のミュージカルに興味を持ち、その関係のサークルに属していた。


 曰く、オカルト・サークルはあまり活動を公にしていないマイナー・サークルであり、伝統的に構成員は十を割る少数。都市伝説や地方伝承を好んで調べたり、実際に学校外での聞き込み調査を行ったりと、なかなか行動派であるようだ。それだけ積極的な活動を行っているにも関わらず知られていないのは、その成果を一切発表しないから。……どこかショウダイに通じるところがあるな、とトキヤは思う。関わりがあったかどうか、あとでソフィアに確認するのがいいかもしれない。


「……なるほど、そんなサークルがあったのですね。全然知りませんでしたよ、ボクは」

「あー、わたしも偶然、知ったです。から。あの人たちなら、何か別のこと、わかるかもしれない。です」

「ふーん、私も初耳だわ。それ」


 流れるようなしぐさで手帳を取り出すと、さらさらとペンを走らせるレイカ。


 帳面には流麗な字体で「オカルト・サークル。要接触?」と書かれている。どうやら備忘録も兼ねているようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。