虐げられし者の折り畳む恐怖#4
「――しかし参りましたね」
「何がっスか?」
トキヤは前のめりの思考をいったん止めた。
物事を深く考えることは善し悪しだ。それは先の事件で学んだことの一つでもある。
「今の話を聞き終えて出来ることと言えば、あなたの周辺について張り込む―― くらいですね。他にはどうしようもありません」
「え? は、張り込むってなんで」
「なぜ、と言われましても、妙な視線を感じるのですよね? 実際に何者かがあなたの動向を見張っている可能性がありますから、それを調べるため、でしょうか。答えとしては」
オオトミは意味がわからない、というように目をぱちくりとさせる。トキヤは落胆を感じたが、それを表には出さず、努めて平時の声のトーンを保った。
「……まさか、本気で『死神』が手紙を寄越した、とは思っていないでしょう?」
「え、は?」
「ですから、『死神』とやらが本気で存在していて、手紙を書き、それをあなたの部屋に放り込んだとでも思っているんですか? ……まあ、レイカさんの紹介の仕方がずいぶんとけったいなものだったようですから、ボクが『死神』を祓う方法は云々、とでも言いだすのかと思っていらっしゃったのかもしれません。そうだとしたら先に断っておきますが――」
息を継ぐついでにレイカを見やる。彼女は投げかけた視線の意味を知ってか知らずかそっぽを向いた。
「ボクはあくまでもこの世で起きることの大半は人の手によるものだと考えています。残りの少数は自然のいたずら、でしょうね。今回の件も少なくとも誰かがなんらかの意味を込めて起こした行動によってもたらされた結果だと思いますよ? 無論、あなたが今まで話したことがあなたによるねつ造でなければの話ですが」
まさか風が吹いて偶然に手紙がオオトミの部屋に入り込んだということもあるまい。
自然の業でなければ人の業、である。たといこの件に魔術が関わっていたとしても、その裏にはそれを行使する魔術師が居る。
突飛な話をすれば、「この世ならざる者」として存在するかもしれない『死神』を誰かが召喚して―― という可能性がゼロではないが、考えるだけ無駄なことだ。単純に人間の仕業と考えた方がいいだろう。
「手紙はあなたが破いてしまいましたし、誰かの視線というのもあなたの気のせいかもしれません。現実に証拠となるものが何一つない今、あなたの話には裏書きがない、と言わざるを得ない」
「そんな! 俺は確かに――!」
「安心してください。別にカズミさんが嘘を言っていると疑っているわけではありません。ただ、あなたに話していただいたことをすべて本当の事だと仮定した場合でも、ボクら第三者の目にも確かな「実害」が存在していませんので、現状なにか手を打つにしても、あなたの感覚を頼みに張り込んでみるしかない、ということです」
誰が、どれだけの害意を持て、どの程度の距離で。
それらすべてが不明である以上、原始的な方法を取るほかはないのである。
せめて魔術とのかかわりの有無でもわかれば違うが、現状ではそれもわからない。少なくともオオトミ自身は魔術の影響を受けていないようだ、というのがトキヤの所見ではあるが、それもどこまでアテになるか、と言われれば妖しいものだ。
判然としないことが多すぎて、絞り込みが出来ない。ひとつずつ可能性をつぶしていくのにも材料がなさすぎるのでままならない。打てる手はオオトミの身辺調査程度だろう。トキヤの結論はそれに尽きた。
「……俺を見張るんですか?」
「いいえ。先ほども言いましたが、今は犯人の動機がはっきりとしませんから、容疑者の絞り込みは困難です。手紙を送り付けた人物と、あなたを監視しているであろう人物が同一人物ではない可能性も残されていますしね。……とにかく判断材料が少なすぎるので、少々原始的ではありますが、カズミさんの身辺警護ということで、しばらく一緒に行動するかもしくは遠巻きに様子を窺わせていただくか―― ですね」
それでカズミの周りで動きがあれば良いが、無ければ無いで手詰まりだ。手紙は誰かの悪戯で、視線はオオトミの気のせいということで手打ち、が上等だろう。
「お訊きしたいのですが、視線を感じるときというのはどういうときですか? 意識を保っている間ずっとでしょうか。それとも例えば独りでいる時だとか、限られた環境でのみでしょうか」
「あー、えっと…… そうだなあ。部屋に独りでいるときに強く感じますよ。日中学校に居る間も、なんとなく見られてる感じはあるけど、やっぱり独りでいるときのほうが」
「なるほど」
オオトミの言葉に頷き、トキヤは考えを深める。
視線は独りでいるときにより強く感じるということだったが、それは単純に独りでいれば周囲の様子に敏感になる、ということに過ぎないのではないかとも思える。しかし「監視者」がほんとうにほぼ前日オオトミに対して監視行動をしているとしたら、それは完全に異常事態だ。オオトミに強く固執しているのだろうか。
「それでしたら、オオトミさんにはなるべく人の多いところを避けていただいて、ボクが付かず離れずの距離で周囲を警戒する、というのがいいかと思いますが。どうでしょう」
「ええっ、なんでわざわざ人の多いところを避けるんスか?」
オオトミは不満げだ。やはり人の多いところが気分的にも安心できるのだろうか。
「そのほうが妖しい動きをしている人間が居た場合、わかりやすいからです。それに別にずっと独りでいろと言っているわけではありませんよ。何かあればボクが対処します」
「うーん、何かあれば、って言ってもなあ」
オオトミは眉をひそめ、トキヤをまじまじと眺めている。
おそらくはトキヤの言葉で明確に「犯人」の存在について意識しだしたために、緊張感が高まっているのだろう。犯人が自分に直接危害を加えようとした時、コイツでホントに俺を守りきれるのか――? というような不躾な視線である。
トキヤもトキヤでそれに気づきつつ、自分で「絶対に大丈夫だ」というようなことは言わなかった。
背丈こそ平均以上であるが、トキヤは見た目に優男である。とても害意ある人間と直接やり合うような外見ではない。実際にも一応護身術の類は心得ているものの、万が一相手が純粋に武術を志しているものだった場合、十中八九敵わない。よしんば巧く立ち回れたとしても、トキヤの技術はあくまで敵を倒すものではなく護身の法であるため、ジリ貧に陥るのが目に見えているのである。
決して戦えないほど弱いわけではないが、特別強いわけでもない、というのが自己評価。ゆえに過剰な期待を持たせるようなことは口にしない。――刃物を持った素人程度なら、確実に抑え込める自信くらいはあるのだが。
「ボクで不安ならば、別に人員を用意することも可能と言えば可能ですよ」
「うーん……」
「……ねえ、お話の途中に悪いんだけど」
話が一向に進まない中、突然レイカが小さく手を挙げた。
「なんでしょうか」
「今、トキヤがオオトミ君に張り付いて身辺警護する、みたいな話になっているのよね?」
「ええ、まあ。少なくともボクはそれが今とれる唯一の方策だと考えていますが」
「それに口出しをするつもりは毛頭ないんだけれど…… トキヤ。あなた、カレッジまで張り付いて見張るつもりだったの? それだとちょっと、実行するのに時間がかかるんじゃないかしら」
「…………あ」
珍しいトキヤの表情に、レイカは少しだけ愉快そうに続ける。
「話を聞く限り、まったく他意のない悪戯とかオオトミ君の勘違いでもなければ、あなたが言った通り身辺調査というか、それに似たようなことを含めて張り付くのがいいとは思う。でも、カレッジの中に部外者が入り込むのには、相当面倒くさい手続きが必要だって知ってるでしょ?」
「……面目ない。失念していました」
トキヤはその場で天を仰いだ。
カレッジはもともと人の出入りが激しい場所のため、部外者の出入りを黙認していた。しかし約一年前―― トキヤが卒業してのち、部外者による暴力沙汰で学生が死傷する事故が起こった。その煽りを受け、カレッジは学生に「生徒証明書」を発行したのである。
これによって学生は外からカレッジに登校してくる時も含め、カレッジ内での行動の際は生徒証明書をひもで吊るして首からかけ、常に外身で判断できるようにしておくことが義務化された。
当然、部外者は生徒証明書を持っていないので、カレッジ内に入ることが許されない。カレッジには正面、裏面の出入り口が存在するが、そのいずれにも生徒証明書を目視し、確認する専任官が常駐している。
登校者にまぎれて監査の目を誤魔化して侵入することも不可能ではないかもしれないが、カレッジ内で学生証明書およびカレッジ内へ足を踏み入れることが許された部外者に発行される、期限付きの「訪問許可書」を持たないことが発覚した場合、即刻拘束されて市警に引き渡される手はずとなっているのだ。あまりにもリスクが勝ちすぎる。
さらににこの「訪問許可書」は事前申請型であり、申請者の身元を確認する等の過剰ともいえるような厳重なチェックが行われるため、発行されるまでに二日がかかるというのがお決まりである。
学生の家族である等特別な理由や、在籍している教授の推挙等があれば申請にかかる時間を短縮できるが、トキヤの場合はどちらでもない。「依頼人の身辺警護」という名目があるにしろ、それが認められる可能性は低い。申請が通るまでに二日かかると思っていたほうが良いだろう。
「ううむ。それだと少なくともカレッジ内での警護は二日後から、ということになってしまいますね。悪くすればそれ以上先になる可能性もありますが」
「しかも期限を決めてやらなくちゃいけないからね。だいぶ面倒だわ。……なんでこんな制度になったのかしら」
「それは致し方ありません。あれほど大規模な事件が起きてしまったわけですし、そもそもカレッジは有数の研究機関でもありますからね。扱いに慎重になるのも致し方ないかと」
「まあ、それはさておき。現実的にどうするかよね。トキヤは部外者なわけだし、どうあがいても申請が通る時間を計算に入れなきゃいけないわ」
「ボクに関しては、申請をすることに抵抗はありませんが―― カズミさん、どうしますか?」
「へっ」
それまで黙って成り行きを見守っていたのに、突然話を振られてオオトミは動揺した様子だ。
「あなた次第です。ボクを雇うのはあなたですから。ボクが提案したように周辺の警戒を行うには、カレッジへ申請をしてからでないといけません。ただ、その方法を取った場合、多少期間が空いてしまいます。それを含めて、ボクに行動を起こさせるか否かの決定をしていただきたいのですが」
そう迫るも、やはりどこか煮え切らない。
オオトミはレイカに連れられてここまで来たはいいものの、具体的に「何をやってほしい」という方針に欠けていたので、戸惑っているのだ。
トキヤは紹介された以上出来るだけのことはやるつもりでいたが、少し話を急ぎ過ぎたのかもしれない。――さてどうするか。こちらからの言葉でオオトミに指示を出させるのはナンセンスだ。
オオトミの言葉を持つトキヤ。しばしの間沈黙が場を支配したかと思えば、再びレイカが挙手をする。
「埒が明かないから提案するわ。トキヤはもしかしたら反対するかもしれないけど、カレッジの中では私たちがオオトミ君に付き添っていればいいんじゃないかしら」




