エピソード01 バグ
ひやりとした感触と、鼻を突く猛烈な腐臭。
体を刺すような激痛に、私は跳ね起きるように目を覚ました。
「っ……げほっ、なに……!?」
視界に飛び込んできたのは、鉛色の空から降り注ぐ冷たい雨。
そして——私のすぐ横に転がる、巨大な異形のモンスターが吐き出した血の泡だった。
(うっ、臭すぎ...というか、嘘でしょ……? 私、持病で息できなくなって……死んだはずじゃ……)
異形モンスターの死骸からとりあえず少し距離をとり、自分の胸に手を当てる。正常な心臓の音を感じる。痛くない。呼吸もできる。あんなに苦しかった心臓の痛みが嘘のように消え去っていた。
「……なにこれ、夢? いやいや、それにしては寒さも匂いもリアルすぎる……っ」
自分で発したであろう見慣れない声。冷え切った手を顔に当てると、視界の端に真っ白な髪が揺れた。
視線を落とせば、泥にまみれた華奢な色白な手足。着ているのは見覚えのないボロボロの衣服。
(……え、これ私…だよね??それに、一体ここってどこなんだ...?)
こんな、草木も生えない殺伐とした殺風景な場所、現実世界でもゲームの世界でも、どこにも登場しなかった。
(…やっぱり私は死んで、、、ここは地獄かどこかなのか??)
そう困惑した、次の瞬間だった。
『——【環境『毒』:死雨】を検知。個体名:アオイの覚醒を確認——』
突如、頭の中に直接響いた無機質なシステム音。
そして、目の前に血のような赤文字が浮かび上がる。
【年代測定:聖暦前400年】
【種族:バラの魔女】
【固定スキル:バラの刻印】
【警告:生存環境極悪。現在の生存可能時間:残り10分】
「……は?聖暦『前』......?『死雨』....?」
一気に押し寄せるその情報量に圧倒されていたそのとき、
聞き覚えのある言葉がひっかかり、記憶のパズルと完全にガチリと噛み合った。
(『死雨』って、私が一番大好きだったゲーム『最期の青いバラ』の設定資料集に載ってた、世界を滅ぼしかけた、古代の伝説の環境「毒」災害の名前じゃん…!!
それに、種族名『バラの魔女』、固定スキルの『バラの刻印』。これは、、 )
「___ 『最期の青いバラ』のラスボスの持つスキルと同じ名...」
これは間違いない。この世界は、最期の青いバラの世界だ。
だが、この風景に見覚えのないのも当然だった。
ここはゲーム本編の舞台ではなく、歴史年表の隅っこにだけ書かれていた本編の400年前——「暗黒時代」の世界なんだから!
これは『最期の青いバラ』の歴史書にしか書かれていなかったが、本編が始まる400年前、世界は魔の環境災害によって、一度滅びかけた——とここまで思い出して、一気に血の気が引く。
(嘘でしょ……!? ここ、ゲーム本編時の舞台じゃなくて、400年前の「暗黒時代」なの……!?)
しかも、この白髪、そして「アオイ」という名前。
咲楽が「これラスボス?」と言っていた、あの魔族最強のラストボスの幼少期なのでは……!
でもあのラスボスの寿命は、少なくとも150歳前後。ほとんど人間と変わらないはず…。
「ちょっと待ってよ…!? ラスボスに転生しただけでも大変なのに、本編が始まるまでの400年も生き残らなきゃいけないの!?というかそんなの無茶振りすぎないか?寿命の限界を突破しろってか??」
絶句する。だけど——
(死にたくない……! 体も軟弱で、家に引きこもってばっかで、前世は後悔しか残ってないんだ……!)
せっかく生まれ変わった2度目の人生。存分に満喫できなかった青春と心残りの数々。
こんなに美味しいリベンジマッチに、燃えないわけがない。
(400年だろうがなんだろうが生き抜いてやる……! この世界に来たからには、主人公たちに絶対に出会ってやる!!そしてまずは、この地獄の時代を生き残るのが私の第一目標……ッ!)
制限時間はあと10分。
だけど、暗黒時代の記述にあった「死雨」の情報も対処法も、ゲームオタクの私が一番知っている!
「私のオタク知識とガッツ、舐めないでよねっ!!!」
未来のラスボスは泥を蹴り、果てしない生存への第一歩を踏み出した。




