第30話 森の異常
「サーシャ。今、帰ったのじゃ」
「シエラ、お帰り。ヴェルーナの町まで行くんじゃなかったの? 早かったわね――あら、お客さん?」
サーシャと呼ばれたエルフの女性が俺たちを出迎えてくれる。
サーシャはシエラよりも大人っぽく見えるのに、普通の口調なのか。
てっきり、エルフはみんな老人っぽい口調なのかと思っていたけど……。
「レンです。こっちはタイガです。妖精の聖域の様子を見に来ました」
「よろしくな♪」
サーシャは目を見開く。
「まぁ……あの依頼を?」
「レンはまだ依頼を受けた訳ではない。ひとまず妖精の聖域の様子を見てくれることになったのじゃ。大ばば様はおるか? 外部の者を妖精の聖域に入れるゆえ、許可をもらわんとな」
シエラがそう答えると、サーシャは「そうだったのね。大ばば様は、ちょうど妖精の聖域の様子を見に行っているところだと思うわ」と、教えてくれた。
サーシャに別れを告げて、エルフの里へと入る。
すれ違うエルフたちと挨拶を交わしながら、里の奥へと抜けた。
「妖精の聖域は、ここから5分ほどじゃ」
「分かった」
◇
数分歩くと、なんだか空気が張り詰めてくるのを感じた。
足元を見ると、草が枯れている。
すると、紫色の傘を被ったキノコの魔物に遭遇した。
「ピーッ!」
傘を震わせて威嚇してくる。
「わっ、魔物! タイガ、頼んだ!」
「うん、まっかせて!」
虎になったタイガは、「えーい」と軽快にキノコ退治をする。
「なんと、面白い性質じゃ! 魔力を解放して身体強化をするのか!」
シエラは魔法杖を構えたが、標的がいなくなったためか、すぐに背中に戻した。
ちょっとシエラの魔法も見たかった気もするが……まぁ、いいか。
そんなことより俺は、あることに気付いた。
「あれ? そういえば、この森に入ってから、初めて魔物に遭遇したな?」
「うむ。この森はそういう森なのじゃ。お主の持っておる小さな女神像――あれと同じマナが、この森には満ちておる。ゆえに、全く出現しない訳ではないが、危害を加えてくるような魔物の出現は稀なのじゃよ」
「マジか……」
「しかし、今までは妖精の聖域周辺では魔物など出るはずもなかった。これも、聖なる泉が汚染されてしまったゆえじゃろう」
「ヤバいな……。俺になんとかできると良いけど」
考えがあるとは言っても、急に不安になってくる。
事態は思っていたよりも深刻そうだ。
更に先に進むと、紫色の水の貯まった泉へと到着する。
まるで毒が煮えたぎるかのように、時折気泡が割れる。
その泉全体に紫色の幕でもかかっているかのように、どんよりと暗い。
ちょ、これ――泉の神獣たち、大丈夫なのか!?
「シエラ、戻ったのですね」
落ち着いた女性の声。
「大ばば様、ただいまなのじゃ。レンとタイガのこの聖域への立ち入りを許してほしいのじゃ」
大ばば様か。
2000歳超えの、超絶ヨボヨボのおばあちゃんな――
俺は、大ばば様を振り返る。
――そして、言葉を失った。
そこには――
驚くほどの絶世の美女がたたずんでいた。
「もちろんです。不思議な魔力の方々。ようこそお越しくださいました」
大ばば様はニコッと微笑んだ。
「あ、いえ――」
……は!?
この人が、大ばば様!?
大お姉様の間違いじゃないか!?
……エルフって、すげぇ……。
思わずぽかーんと見惚れる。
「なんじゃ、レン。何を固まっておる?」
「おーい、レン~」
シエラとタイガが俺の目の前でブンブンと手を振っていた。
「あぁ、いやいや。なんでもない」
首を横に振り、邪念を振り払った。
別に、鼻の下を伸ばしてた訳じゃないぞ。
勝手に、欠けた三日月みたいなのを想像してたら――
――満月どころか、スーパーフルムーンが出てきたんだ。
だから、びっくりしただけだ。本当だ。
今はそんなことより、目の前の事態だな。
「こりゃ、ひでぇな……」
「あっ、あの子たちが神獣? たくさんいるね?」
タイガと一緒に泉を覗き込む。
紫色の泉の中で、光をまとった生き物たちがゆっくりと泳いでいた。
七色にきらめく、透き通った魚。
水の精霊のような、淡く光る小さな生き物。
猫のような顔をした、不思議な生き物。
そして、白い羽を広げて舞うカメ――
「うわぁ、すげぇ! 神獣って、こんな姿だったのか……!」
みんな生きている――でも。
大ばば様が悲しそうにこう呟く。
「皆、かろうじて生きています。しかし、こんな水ですから、少しずつ衰えてしまっています。今は食事を与えていましたが、食いつきもあまりよろしくはありません……今までは、取り合いになるくらいだったのですが」
大ばば様は、持っていたブドウをひとつもぎ取って泉へ落とす。
すると、猫のような生物がそろりそろりとブドウに近づき、ぱくり。
確かに、元気がない。
それでも、懸命に泳ぐ神獣たち。
「こやつら神獣は、この泉の水でなければ生きることはできん。じゃから、こんな色の水でも誰も飛び出てこようとはせんのじゃ」
シエラが残念そうに言う。
「そうか……」
――なんとかしてやりたい。
俺の中に、そんな強い気持ちが芽生えた。
「よし。まずは確認と調査だ――」
……絶対に、助ける。




