第1話 キャンプと子猫と錬金術
気づいたら俺は、見知らぬ廃村にいた。
記憶もあいまいなまま、頼れるのはキャンプ動画で得た知識だけ。
――とにかく、生き延びるしかない。
パチ、パチ。
日の暮れた廃村の広場に、薪の燃える音が静かに響く。
漂う煙の匂い……本物の焚き火だ。
「レン~! お魚、捕まえてきたよ!」
桶を咥えて帰ってきたのは、虎柄の子猫。
尻尾をピンと立てて、ご機嫌だ。
この誰もいない廃村に、ずっとひとりでいたらしい。
いつの間にか使える鑑定眼でチェックをすると、緑の文字で『錬金守護獣』と表示される。
本人曰く、錬金術で造られたんだそうだ。
どうやらここは、大昔に錬金術師たちの住んでいた村らしい。
「おう、ありがとな」
俺は魚の入った桶を受け取ると、近くにあった廃屋へと入る。
台所を借りて、キャンプ動画の内容を思い出して、見よう見まねで魚の下処理をした。
この魚も、鑑定眼で見ると緑色で表示される。
大丈夫、食えるやつだ。
魚を串に刺して、広場の焚き火へと戻る。
子猫が焚き火の周りを、暇そうにウロウロしていた。
魚の串を焚き火の側の土に突き刺すと、廃屋から持ち出した椅子に腰かけた。
「ほら、こうやって、魚が焼けるのを待つんだ」
隣の椅子をポンポンと叩く。
しかし、子猫は隣の椅子ではなく、俺の膝の上に飛び乗ってきた。
「うん、分かった。ボク、待つよ♪」
子猫がそう言ってその場で丸くなったので、思わずふふっと、笑みがこぼれた。
すぐに、ジュゥジュゥという音と共に、魚の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
丸くなっていた子猫は、むくっと身体を起こしてクンクンと匂いを嗅いでいた。
「これ、なんの匂い? なんか、すごく良い匂い」
「これが、魚の焼ける匂いだ。食べたいって、思わないか?」
錬金守護獣という生き物は、どうやら食事は必要ないらしい。
けど、せっかくだから、食べるという楽しみを教えてやりたい。
「うん、ボク、食べてみたい!」
「だろ?」
魚の両面を焼いたところで、脂の滴る美味そうな焼き魚が完成した。
まだジュウゥ……と音がしている。
頭が真っ黒に焦げていたのには、思わず失笑。
「うわぁ……♪」
目をキラキラと輝かせて魚を見つめる子猫は、少しよだれを垂らしていた。
「よしよし、ちょっと待てよ……あちち、ほら」
魚の身を少しだけほぐして、手のひらに乗せる。
子猫がそれにかぶりつくと同時に、俺もまた串に刺さった魚にかぶりついた。
「はふはふ。わぁ、これがお魚かぁ♪ うん、もっと食べたいって思う。美味しいってことだね!」
子猫は美味そうに食べる。
「……美味い。けど――」
やっぱり、塩とかあった方がいいな……。
俺は、廃屋の本棚にあった『錬金調合書』という本を思い出した。
「なぁ、塩っていう調味料をかけると、この魚、もっと美味くなるんだ。お前、錬金術のやり方分からないか?」
子猫の表情が、パッと明るくなる。
「えっ、もっと美味しく……!? うん、ボク分かるよ。調味料ってことは、『調合』をするんだね! ボクが手伝ってあげる」
「マジか、ありがとう!」
食べかけの魚はひとまず地面に刺して置いておき、子猫と共に廃屋へと向かう。
『錬金調合書』を見ながら、子猫にあれこれ説明をしてもらった。
◇
用意したのは『調合鍋』という錬金道具。
左右に持ち手の付いた直径20㎝くらいの小さな鍋で、底には不思議な魔法陣が描かれていた。
これも、廃屋に置いてあったものだ。
塩を作るための素材は、『ソル鉱石』というその辺に転がっていた石ころ。
調合鍋の中にソル鉱石を入れる。
「ここから魔力を注ぐんだけど、レンは初めてだから、ボクがレンの魔力を引っ張り出してあげるね」
子猫はそう言って、俺の手の甲に肉球をポムッと押し当てた。
すると――
――俺の手のひらから、温かくふわふわした光が溢れ出したのである。
「おぉぉぉっ! これが、俺の、魔力……!」
俺の手から出てくるキラキラで満たされていく鍋を見て、思わず手がふるふると震えてきた。
鍋からあふれ出る光を、子猫に言われた通りにおたまでぐるぐるとかき混ぜる。
すると、魔力は気体のような見た目なのに、沸々と沸騰してきたのである。
「すげぇ、これで良いんだな……」
「うん。後は待つだけ」
魔力がキラキラと蒸発していく。
そして、全ての魔力が消えたところで中を覗いてみると――
石ころは影も形もなくなっており、代わりに白いさらさらとした粉が底に溜まっていた。
「鑑定、鑑定……よし、『塩』って書いてある。やった、できた……!」
これが、錬金術のうちのひとつ――調合。
こんな魔法みたいなことが本当にできて、俺は嬉しさのあまり、全力でガッツポーズをした。
早速、広場の焚き火へと戻った俺たちは、食べかけの魚に塩を振りかけた。
そして、焚き火に近づけて温め直す。
再びジュゥジュゥと音がしてきたところで再度かぶりつくと――
「~~っ、うまっ!」
「わぁ、味が変わった! 美味しい!」
良い感じに加わった塩味。
ふわふわの白身の旨味が、口いっぱいに広がった。
ふと、一人で動画を見ながらカップラーメンをすすっている俺が脳裏をよぎる。
……今は、目の前で笑顔の子猫が魚にかじりついている。
空腹だけじゃない、心まで満たされていくような気がした。
◇
辺りもすっかり暗くなった頃、俺は廃屋から絨毯と毛布を取り出し、布団のように地面に敷いた。
ずっと放置されていたはずなのに、この絨毯も毛布も、全然カビ臭くないんだ。
子猫曰く「錬金術で作られたのかも」とのこと。
今日はこのまま星空キャンプだ。廃屋の中はさすがに埃っぽくてな……。
雨、降りませんように。
毛布の中に仰向けに潜り込む。
空には、大きな月と満天の星が広がっていた。
なんだこれ、自然のプラネタリウムか。
「レン、なんでそれに潜ってるんだ?」
子猫が不思議そうに見下してくる。
「あったかいからだよ。ほら、お前もここ入れ」
毛布をめくると、子猫ももそもそと潜り込んできて、俺の脇の下からひょこっと顔を出した。
「本当だ、あったかい!」
はい、可愛い。
シーンとした物音ひとつない廃村。
周りは岩山で囲まれていて、閉鎖的な空間。
子猫と2人きりで星空を見上げる。
うわぁ、これ、めちゃくちゃ、エモい……!
異世界転移初日で、俺の心はすでに――じんわりと満たされていた。
この時の俺は、この場所が――
世界中の秘境を巡る旅の始まりになるなんて、思ってもいなかった。




