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春は彼方  作者:
22/25

感情

 先程の感情を押さえ込み、メニューを吟味する春井先輩を見る。先程の雰囲気はすっかり息を潜め、普段通りの春井先輩だ。

 本当に不機嫌になってしまっていたらどうすればいいか分からなかった。本当に良かった。


「あれ、歌奈?」


「え?」


 自分の後ろから聞こえる女性の声。

 女性にしては少し低く、ハスキーボイス呼ばれるような声が頭上から聞こえてきた。

 もしかしなくても、お友達ですかね……。

 嫌な汗が出る。

 恐る恐る頭上を見ると肩当たりまで切り揃えられた少し青みがかったサラサラの髪と猫のようなつり目と目が合う。

 感情を移さないその瞳は春井先輩を、次いで俺を見た。

 完全に認識されてますね〜!今からソファになれたりしないかな……。

 現実逃避する思考を他所に春井先輩が楽しげに声をかける。 


「あ〜! 陽ちゃんだ!」


「……奇遇だね。というか、珍しい。 休日に外にいるなんて」


「普段は引きこもりみたいに言わないでよ〜」


「だって休みの日に連絡しても、だいたい家にいるって帰ってくるじゃん」


 しかも大体寝てるし。そうつけ加え春井先輩と親しげに話している。

 確定で春井先輩のご友人だ。

 ああ……どうしよう。バレないようにって言われてたのに。


「それで? この人は?」


「えーっとね〜……」


 いや、こっち見ないでください

 思わぬところでのエンカウントで困るのはわかるんですけど、俺も今、絶賛困ってるところです。


「部活の後輩です。今日はたまたま会って」


「……そっか、映研の。じゃあ歌奈は1人で来たの?」


「んー……まぁ、そんな感じかな〜?」


 どうやらこちらの意図は通じたようだ。

 ここは先輩と後輩の関係で押しきる!

 あくまでも自然に! 遭遇した体で!


「なら、本当に珍しいね? 前に出かける日は基本、人と一緒って話してたから」


 疑るように春井先輩へと問いかける。

 完全に信じてくれてない。視線が「お前ら付き合ってるんだろ?」と、そう言ってる。


「そ、そういう気分だったんだよ! 陽ちゃんこそ、珍しいよね?」


「私はこの後、桜と服見てまわる予定」


「それこそ珍しいじゃん! 桜ちゃん、今日バイト無かったんだね」


「ね、私もそう思った。だからなるべく桜の家の近くでって」


「なるほどね〜。ここって陽ちゃんのお家から遠いからなんでだろうって思ったけど、そういう事か〜」


「そういうこと」


 宏人を挟んで会話は進む。

 普段通りの会話なのだろう。話している2人は自然体で会話しているようだった。

 にしても、居心地の悪い……。

 もう1人の多分先輩と思われる人を待つまで暇だからとカフェに来た陽先輩?と、たまたま後輩と会った体でカフェに来た春井先輩。

 気まずそうに方を縮こませる宏人に気づいた陽はもしかしてと話を戻す。


「そういえば、お昼食べるところだった?」


「ううん。さっきまでは2人で歩きながら話してたんだけど休憩しようってなってね〜」


「そうなんだ……よければ、私も一緒にいい? 」


「私は大丈夫だけど、新崎くんは大丈夫?」


 突然話を振られ、ビクリと反応してしまう。

 いや、良いも悪いも断れるわけが無い。確かに居心地は悪いかもしれないが、拒否することが出来るわけないのだ。

 緊張するし、初めて会った知らん人と話すのなんていつぶりだろうか。

 学校ではカズ、部活では春井先輩か雪峯先輩、委員会では古川さん、家では家族。

 ……もしかして、俺の交友関係狭すぎ?

 はたと気づいた事実に傷つきながらも大丈夫だと座ることを促す。


「ありがと」


「え?」


 当然俺の隣に座ることなんてないと思っていたのだが、何故かこの先輩が座ったのは隣だった。

 何故?

 え、こういうのって仲のいい人達が隣同士に座って話しているのを向かい側で仲良いな、なんて思いながら聞くものじゃないの?

 え、混ぜてくれるの?

 混ざってもついていけないよ?

 混乱する宏人を気にせずに宏人の前にあるメニュー表を見る。


「歌奈は何にするの? あ、というか注文はもうしてある?」


「いや、まだだよ〜」


「なら良かった。待たせて冷めちゃったら美味しくなくなっちゃうから」


「あ、でも私もまだ決めてないんだった!」


「そうなんだ……君は?」


「え、あ、僕ですか?」


「うん。他に誰かいるかな?」


「あ、えっと、ホットサンドのセットでコーヒーです」


「ホットサンド……ああ、これか」


 そう言うとむむむと悩み始めたように見えた。感情の起伏に乏しいというか、あまり表情に変化がないというか。

 とにかくどう思っているのか、何を考えているのか分からない人だな。


 向かい合わせの席で春井先輩と陽先輩のがメニューを見ながら話している。

 あれもいい、これもいいと目移りする春井先輩にそんなに食べれないでしょと話す陽先輩。

 結局、同じケーキセットで飲み物だけ変えたらしい。


「じゃあ店員さん呼ぶね」


「すみません。これとこれとこれで」


「ケーキセットお二つとホットサンドセットお一つでよろしいでしょうか? お飲み物はいかがなさいますか?」


「私はアールグレイ」


「アッサムで」


「ブレンドをホットでお願いします」


「かしこまりました。ケーキセットにアールグレイとアッサム、ホットサンドセットにブレンドのホットでお間違いないでしょうか? この他にご注文のお品物はございますか?」


「大丈夫です」


 再度かしこまりましたと恭しく一礼し、店員さんがキッチンへ向かう。

 さて、と……どうしようか。

 商品が待つ間の時間。先程みたいに先輩達が話しているのを見守るか、話に参加するか……。

 見守る一択なんですけどね!

 いや、普通に無理。

 春井先輩とデート(仮)なだけでも限界寸前なのだ。その上、春井先輩のお友達とお喋りしながらカフェ? 無茶を言いなさんな!

 無理無理無理無理と心の中で唱え続ける。

 完全に怖気付いていた。

 そんな宏人など気にしないと話を進められているが、当の本人は気づかない。


「そういえば、名乗ってなかったね」


「あ、いえ。こちらこそ……なんかすみません」


「ん〜……緊張してる?」


「あ、いえ……初めての方にはいつもこうなんです」


 すみませんとまた言葉が零れる。萎縮した時につい口から出てしまうこの口癖はあまり喜ばしいものではない。

 でも緊張してたりとかするとさ! 出ちゃうんだよ! 意図してないの!

 心の中はヤケクソ気味だ。


「じゃあ、軽く自己紹介でもしたら?」


 名案じゃん!なんて春井先輩が楽しそうに話す。対する宏人は楽しみに取っておいたアイスが食べられていた時くらいには絶望していた。


「じゃあ私からかな?」


「お願いしてもいいでしょうか……?」


 陽先輩の自己紹介が終わるまでに自分の自己紹介を考えなければならない。なるべく無難で、春井先輩との関係性もそこそこ示し、かつ問題のない……できるか?

 再度無理無理コールが脳内になり始める。

 宏人の脳内は80パーセントが無理に染っていた。


「じゃ、名前から。上坂陽こうさかよう。学年は多分察してると思うけど3年。部活は一応軽音楽部に入ってて、ギター弾いてる。趣味は……一応、服屋巡りかな。でも私に似合う服ってあんまりないんだけどね」


 さらりと終わり「次、ドーゾ」なんて言われてしまう。とりあえずさっき上坂先輩が言った通りに言えばいい。それで問題は無いはず……!!


「えっと、新崎宏人です。学年は2年、春井先輩と同じ映画研究部に所属してます。趣味とかは……映画観るか、ゲームするかですかね」


「へー、ゲームするんだ。どんなの?」


「基本的には1人でできるやつですかね……たまにオンラインでできるゲームもしたりしますけど」


 某車を運転するゲームとか、格闘ゲームとか。まあ大抵は家庭用ゲーム機のものなのだが。

 あとはたまに恋愛ゲームもしたりする。


「あ、それ私もやってるよ。オンライン対戦とかは全然してないけど」


「楽しいですよね! クラッシュブラザーズ」


「……ふふ、テンション高」


「あ、いや……すみません」


 学校でゲームの話をする相手なんていなかったから思わずテンションが上がってしまった。

 ふふ、とこちらを見る陽から恥ずかしげに身を引く。


「ま、自己紹介なんてさ、これくらい無難な方がいいよね」


 そう言いながら口の端を少し上げるだけの笑みは酷く柔らかに見えた。

 何故か向かい側の春井先輩は頬を膨らませている。


「2人とも楽しそうだね〜」


「歌奈、拗ねてる。珍しいね」


「拗ねてないよ〜だ!」


「……ますます珍しい」


 子どもっぽい仕草をする春井先輩に驚く上坂先輩。教室とかではこういうことはしないのだろうか。

 珍しそうに春井先輩を見た後にこちらを見る。ピクリとも表情が変わることは無いが、その瞳はどこか興味深そうな色を含んでいる。


「なるほどね……」


 ポツリとこぼした納得の声は宏人にも歌奈にも届くことはなかった。 

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