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春は彼方  作者:
21/25

「ふんふふーん」


 ご機嫌そうに隣の春井先輩が歩く。それに引っ張られるように宏人か後を着いていく。引っ張られるように、ではなく実際に引っ張られているのだがそれを指摘する元気はもう既になさそうだ。

 暖かいと感じられる程度の気温ではあるが、こうもくっつかれると少し暑いな〜。あ〜空綺麗〜。

 半ば現実逃避気味に空を見ながら歩く。

 道行く男性は楽しそうな春井先輩を見て俺を見る。なんだアイツはって顔はもう何度も見た。


「あの、そろそろ離してくれたりとかは……」


 途端に楽しそうな笑顔は鳴りを潜めしゅんとしょぼくれた顔になる。

 ああ!もう、ちくしょう!!分かったよ!!

 そんな顔されたら振り解けないでしょうが!


「〜〜ッッ!! 分かりましたよ……」


「ありがと、新崎くん!」


「でも加減はしてください!」


 一層近づいた距離に反射的に声を上げてしまう。春井先輩ってこんなパーソナルスペースが狭かったか……?

 今まで知らなかった一面にドギマギする。

 いや、単純に距離が近くてってのも理由だけどね!

 柔らかな膨らみを意識しないように努めて、別のことに意識を向ける。

 ここまで来ればもはや拷問だ。


 そこそこの距離を歩き、お目当てのショッピングモールにたどり着く。ひとまず映画が何をやっているのかを見に行かなければと2人で映画館へ向かった。


「色んなのやってるね〜」


「ここは結構大きいですからね。場所によってはやってないタイトルもここは結構あるので重宝してます」


 アニメ映画やアクション映画、SF映画。……ベタだがデートならば恋愛映画もありなのかもしれない。

 毎年やっている様なものもあれば全く知らないタイトルまである。

 だがどれもこれも面白そうだなとは思うが見たいと思えるようなものはなかった。


「ん〜どれにしよっか?」


「春井先輩が見たいものにしましょう」


「え〜! 一緒に考えようよ!」


「そうは言っても……」


 見たい作品がない。なんて口が裂けても言えない。せっかくの楽しい気分が薄れてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 結局無難な恋愛映画をチョイス。次の上映時間は夕方で、時間が空いてしまった2人はウインドウショッピングに向かった。

 映画を選ぶ時に離れ、そのまま適度な距離感で隣を歩く。近すぎず、遠すぎない。ちょうどいい距離。

 それにしても朝のあれはなんだったのだろうか。


「あ! あの服かわいいね〜」


「そうですね」


「新崎くん、反対向いてるけど……?」


「え、あ」


「もう〜。もしかして話聞いてなかった?」


「べ、別のことに意識が持ってかれてたのは事実です……かね」


「ふーん……私以外の人のこと考えてたの?」


「全然、そんなことは」


 むしろあなたのことで頭がいっぱいいっぱいなんだよと叫びたい。

 だがそんなことを正直に言ってしまえば引かれるだけだ。かといって別の人のこと考えてたなんて言うのも絶対悪手……!

 宏人の葛藤を訝しげに見つめ、距離が近づく。


「怪しいなぁ〜?」


「何も怪しくないですよ……」


 上の空だった俺も悪いが、春井先輩もなぜそんなに気になるんだ。あくまでも役でしかないのに。

 見つめ合う宏人と歌奈。傍から見れば詰められている彼氏と詰めている彼女であるが、当の本人たちにその意識は無い。


「ま、いっか! ね、あそこのカフェに行こ」


 そう言って指を指す。そこにはカップル限定!!と売り文句の着いたカフェがあった。

 いや、行きたくねぇ……。

 ただでさえキャパオーバー気味なのだ。あんなところにでも行けばただでさえ緊張し続けている胃がオーバーフローしてしまう。

 まあ、そんなことを言ったところで今日の主導は春井先輩なのだ。

 有無を言わさず連れていかれました……。


 ちょうどお昼時の時間だったからか少しの待ち時間が発生したが、それなりに早く席に案内される。

 このショッピングモール、たまに来るけどこんな場所もあったのか。

 普段は3階の映画館や家庭用ゲーム売り場にいるため2階にあるアパレル系統は見てこなかった。

 だからだろうか。どこに行くにも新鮮だ。


「これもいいけど……こっちもいいなぁ〜」


 対面の席でうんうん唸っている春井先輩はメニューと格闘している。俺はこういう時は定番メニューにすると決めているため、注文は比較的早く決まった。


「ね、新崎くんはどれにしたの?」


「あーっと……ホットサンドのセットでホットコーヒーですね」


 最近暑くなってきており館内の空調が些かキツかった。暑がりな人にはちょうど良かったのかもしれないが、少し俺には寒すぎた。


「新崎くんってコーヒー好きだよね〜」


「まあ、飲みなれてはいますね」


 主に徹夜する時にってだけだけど。

 人によってカフェインが効きにくい人とかもいるらしいけどどちらかと言えば俺はカフェインが効きやすい。起きていたい時はよく使っている。


「大人だねぇ〜」


「もしかしてからかわれてます?」


 対面の席でケラケラと笑う春井先輩。普段のニコニコとした笑みではなく、まるでからかうようなその笑みはどこかあの性悪部長と似たものを感じた。


「そんなことはないよ。ただまだ疑ってはいるからね?」


「……本当に、他の人のことは考えてませんでしたからね?」


「…………」


「あの、春井先輩……?」


「…………」


 無視するようにメニューを見ている。

 聞こえていないことは無い。しかし目を合わせてようともしてくれない。

 拗ねてる……?

 いやいや、まさか。だってただの彼氏役だぞ?

 それに春井先輩だって周囲に知られたくないだろうし、そうなるとあの距離感で正解だろ。恋人のようでいざとなれば先輩と後輩に戻れる距離感。付かず離れずの絶妙な位置。

 少なくとも、それで春井先輩に迷惑をかけることは無い。


「あの……」


 呼びかけるも応答はなく。

 視線すらこちらによこさない。

 本格的に困ってしまった宏人は白旗を上げるようとした。


「――ふ、ふふ」


 メニュー表で断絶されたその先から漏れた笑い声。

 もしかして、この人……。


「……春井先輩?」


 気持ち強めに、諌めるように声をかける。

 ようやく取り払われた壁の先では小悪魔が1人、笑い続けていた。


「ごめんね! ……ふふ、驚いたかな?」


「本当に怒ってるのかと思いました……」


 いや、本当に。

 何回か無視された時は本気で怒っているものだと思い込んでいた。

 良かった〜……。

 安堵のため息を吐く。


「そんなわけないよ。今日だって、無理言って付き合ってもらったんだし」


「別に特に予定があった訳じゃないからいいんですけど」


「でも新崎君に付き合ってもらっちゃってるからな〜」


「俺は、楽しいと思ってますし……」


「本当〜? その割には上の空だったけどな〜?」


「……それを言われると、弱いですね」


 実際先程は上の空だったし、春井先輩はつまらなかったかもしれない。一緒に出かけている相手から的外れな回答が返ってくるのは確かに気分が萎える。

 春井先輩が楽しくないのなら――


「ダメだよ」


「そうやって私の気持ちを決めないで?」


 何を言おうとしたのか、分かったのだろうか。開きかけの口から息とともに返事がこぼれる。

 いつもは見えない鋭い視線。誰かを咎めるなんてしないと思っていた人間に咎められる。

 春井先輩は、優しい人だ。

 相手の気持ちを理解して、歩み寄って、慰めて、赦す。

 自分にはできないと心の底から思う。


「……はい」


「あ、そうだ! さっきの新崎くんで傷ついたしせっかくだから何か奢ってもらっちゃおうかなぁ〜」


 チャンネルを変えたかのように雰囲気も変わる。先程の様子を誰か知っている人がいるのだろうか。真剣に怒る、あの様子を。

 雪峯先輩は知っているかもしれない。幼馴染だし、あの人たちはずっと仲がいいと言っているから。もしかしたら怒られたこともあるかも、なんて……。

 ただ、あの姿を他の男性に見せてほしくない。そう思う感情だけは蓋をした。

 それはきっと、この関係には不必要なものだから。

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