背信者
「やーみんな、ただいまー」
女戦士は朗らかに笑いながら、村の人々に手を振った。
広間に集まっていた村人たちが、一様に驚きの目で、女戦士を迎えた。
村人(男)「お……女戦士! お前無事だったのか!」
村人たちの中から、一人の若い男が前へ出る。
「まーねー、私にかかれば楽勝? みたいな」
「ばかやろう!! 村のみんながどれだけ心配したと思ってんだ!」
「もー、そんな怒鳴らないでよう、朗報を持ってきたんだから!」
「朗報……?」
「そうよ! 魔王軍は全滅した! これで村を手放さなくてすむよ! みんなの畑も大丈夫!」
女戦士は満面の笑顔と共にVサインを作った。
「!?」
衝撃が村人たちに走り、それは大きなどよめきに変った。
魔王軍が?
まさか
いやでも
信じられない
「……お前ついに頭おかしくなったのか?」
「あー、やっぱり信じてくれないか、じゃあ証拠を見せるよ!」
「証拠?」
「そう! こちらにおわす勇者様こそ、魔王軍を倒してくれた張本人なのです!」
女戦士はそういうと、大げさに手を振り、後方に立つ男を示した。
「勇者…」
村人たちの視線が一斉に女戦士の後方へと注がれる。
そこに立つのは、腰に一振りの剣を携え、布の服をきている痩せた男だった。
何よりも目を引くのはその白髪だ。まだ若い風体だというのに、その髪だけは、一本残らずすべて白一色であった。その下、どこか疲れ切った目がどんよりと中空を見つめている。
勇者には……もう見えない。
「本当に……勇者なのか?」
村人(男)は、疑わしげな視線を、勇者へ向ける。
「ほら勇者様、なんか証拠だして、このままじゃ村のみんなが信じてくれないよう」
女戦士はぼそぼそと勇者にささやく。
「……わかった」
勇者が答えると同時、勇者の額に光り輝く太陽の紋章が浮かび上がった。
村人(老婆)「おお……」
勇者様だ……
間違いない
女神信仰の中でも象徴的な太陽の紋章。
その紋章が刻まれたものこそ勇者であることを知らないものは、この世界には存在しない。
この紋章を見せれば、大抵のことは叶った。
紋章を見せれば、王や平民などどんな階級の人物からも情報を得ることができた。
それほどまでに絶大な信頼性を有する紋章である。
「魔王軍は壊滅させた、だから安心して、ここに住むといい」
その一言に、村人たちがひれ伏す。
ありがとう、ありがとうございます
感謝の言葉、しかし勇者はその言葉に、内心顔をしかめる。
勇者は、踵を返すと歩き出す。
「ちょっと、どこへ行くの?」
「用はもう済んだだろ? 俺は帰る」
「そんなつれないこといわないでよう、お礼もまだだし、合わせたい人がいるの」
女戦士はそういうと、勇者の腕にしがみつく。
「……放っといてくれ」
勇者が女戦士へ言葉を放つ。有無を言わせぬ迫力を含んだその声を、女戦士は
「ヤダー、放っときません、とにかく来て! ね? ね?」
さわやかな笑顔と共に吹き飛ばした。
「??」
勇者は面食らった顔になる、このやり取りに、とんでもない違和感を感じたからだ。
違和感…一体なにが?
勇「うわっ おい!」
ぐんと引っ張られ、勇者の思考が途切れた。
勇者の腕を抱いたまま、女戦士は勇者を無理やり引きずってゆく。
村人達も茫然とその姿を見送っていた。
「相変わらずだな……あいつは」
村人(男)は苦笑する。
あいつの前では、勇者だろうが、なんだろうが、関係ないのか
「ただいまー」
勇者の腕を片腕に抱いたまま、女戦士が自宅の扉を開いた。
男の子「お帰り…おねーちゃん」
ベットで横たわる小さな男子が、弱弱しい笑顔で出迎えた。
「……」
女戦士「もう聞いて、おねーちゃんすごい人と知り合いになったの! 誰だと思う?」
男の子「えー誰かなぁ、コホ、コホ」
男の子は小さく咳こむ。
「……特有の疫病かなにかか?」
毒や、病気、感染症なら村の神父が直すことができる。 この世界で病弱で床に伏せている人間など、勇者は今まで見たことがなかった。
女戦士「ううん、もともと、体が弱いの」
「……」
その一言に、勇者は眉を寄せる。
「お姉ちゃん、あの人誰?」
弟が、姉と話し込む男を見て、そう尋ねる。
「あー気づいちゃった?」
弟「いや、そんなに堂々とされたら誰でも気づくよ…」
「なんと! この方は! あの! 伝説の! みんなの憧れ! 勇者様なのです!!」
弟「へぇー」
勇者「!」
弟「あ…わー、すごい…本物なの?」
「…本物本物! 直に戦いを見た私が言うんだもん! 剣の達人である私が何が起こってるかわからなかったんだから間違いないって」
「剣の達人っていうのは引っ掛かるけど、そこまで言うなら本物なんだね…」
「…」
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん?」
「ちょっと…勇者様と、二人で話をさせてくれないかな」
「え? なになに? 内緒の話?」
「うん…ちょっと男同志で話がしたいんだ、お願い」
「えー、気になるなぁ、まぁいいか、可愛い弟の頼みだし、お姉ちゃんは買い物がてら退散するとするよ」
「ありがとう」
「いーえ、ごゆっくり」
女戦士は、そういうと扉を開け、外へとでた。
扉が閉まる。
「……わざとらしいな」
「! ……あのっ」
「他言する気はない」
「!」
「これで、満足か?」
「…やっぱり、気が付いてたんですね」
「……どうやって、神父をごまかしてる?」
「……うちは、祖父の時代からずっとこうなんです。 その縁で、目をつぶってもらっています」
「危ういな、小さな村なら誤魔化せるかもしれないが…いつばれてもおかしくない、そうなったら、身の安全は保障できないぞ」
「…僕も、姉も覚悟の上です」
「……本当か? 君は見たことがあるのか? 背信者の末路を、俺も何度か見たことがあるが、酷いもんだ」
「……」
「その時になったら、君たちは後悔するだろう」
「…バカげたことに命をかけるぐらいなら、入信すればいい、神父とパイプがあるようだし、洗礼を受ければそれで済む、それで君には神系魔法が効くようになり、今まで以上に快適な生活ができるぞ」
「……」
「姉に迷惑をかけることもないしな」
「!」




