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妄想日記―4―

申し訳ない。これだけ、ほぼ拍手と変わりません。

かえきれませんでした。


よって、少々付け足しをします。

『やぁ、僕は正直、君と君の家の方たちを侮っていたようだ。さすがは辺境の地にあって王都にまでその名をとどろかすソートワン男爵家。いや、違うか。ソートワン男爵家は決して表立ちはしないんだった。僕の家でも、調査に調査を重ねてようやく男爵家の存在の関与を…………しまった。


興奮しすぎてしまった。ダーリン、この、ノートとペンと言う奴はいけない。書き味が良すぎて一気に本心が滑り出てしまう。インクの乾きが良すぎるのも、こうなると欠点だ。じっくり考える暇もなくすらすらと綴れる速度は驚異的だね。書くはずのなかったことまで書いてしまうなんて、罪だよ。


そういう話でもなかった。ここからは浅ましい本音だ。

お願いがあるんだ、ダーリン。僕はこれから、いったん君のそばを離れる。

君を、本気で迎えに来たい。

どんなことがあっても、もう、僕は君がいい。恋に落ちてしまった。


だから、だからお願いだ。僕が来るまで、決して他の男に目を移さないでほしい。わかってる、君は誰ともまだお付き合いをしていない。君の家の、厳重で厳格な番犬たちがぎっちりと君を守っている以上、きっと僕が迎えに来るまで君は、誰の目にすら触れないだろう。信じてる。

それを、信じたい。


言質が欲しい。君が欲しい。恐ろしいほどに身勝手な僕の本音に引かないでほしい。

僕は、君に恋をしたんだ。

お願いだ、ダーリン。そんなに待たせないようにする。次の夏が来る前には僕の隣で笑ってもらえる権利を勝ち取って見せる。だから、だから。


どうしよう、ダーリン。こんなときにとっさに出る言葉がないなんて、僕はなんて無骨な人間なんだろうか。君に好いてもらえるだろうか。

くそっ、男としての魅力も精一杯に磨いてくるよ。

約束する。君にふさわしい男になる。だから。



ダーリンダーリンダーリン。

君を、僕に下さい』




彼女は無言のまま、長らくそのノートを見つめていた。彼をしても、これは大変な饒舌だろう。長い。いつも長い文章を書く人だが、それに加えて筆跡が走り書きに近い。どれだけ速乾性が高いといえどもインクだ。袖で擦れたのだろう。はしばしで掠れてしまっている。

つまり、激情とまで言える感情の、赴くままに書かれた文章であるということ。


………………はぁ。突っ込みどころはとりあえずこうだろうか。




『ダーリン。ダーリンがあなたで、私はハニーだったはずだ。あと、文章の内容が不明すぎて理解が追い付かない。総じて、意味不明だ』




……ばっさり行き過ぎただろうか。だが、彼女のまごうことない本音だ。意味が分からない。

彼女は持ち上げていたノートをおろし、彼の下に書き足したところを読んだ。ふむ。これ以上に書くべきことはない。返事に期待しよう。



しかし、これ以降、ノートに妄想日記の相手が何かを書き込んでくることは、なかった。


「誰か! 誰かいないか!」


怒号が響く。現当主であるハロッケン伯爵は三男坊である息子をなかば拘束しながら声を張り上げた。足音が響き、メイドではなく執事長が顔を出す。すぐ後に長男である子爵と次男も体をすべり込ませてきた。面白そうな表情で自分たちの弟を取り押さえるのに力を貸す。


「いよぉ、お帰り副長」

「いつ帰ったんだまったく。父上も私たちもずいぶんと心配したんだぞ」

「心配してたんなら離してくださいませんか」

「「「いやいやいやいや」」」


男三人のユニゾンに抵抗を吸い取られたかのようにダニエルががっくりと肩を落とした。逃げませんて……とダメ押ししてようやく父と兄二人から解放される。まずは、留守にしていてすいませんでしたと謝ることから始めてみた。


「副長なんで、ぶっちゃけいいかなぁ、とか思ってました」

「俺の書類仕事が三倍量になってたけど」

「アナスタシアの件はもういいって、私は決裁したはずだけど」

「っつか母さんが心配して泣いたし」


本来はかなりの飾り言葉を使用して交わされるはずの上流貴族の会話は、名門武家の一言で常識の向こうへ放られてしまったようだ。投げられていいものではないはずだが身分を考えればありえないことに下町での潜入捜査まで軽々とこなす男たちである。仲間内だけになるとこうしてもっぱら、ざっくばらんな言葉を使用することが多かった。


「……泣きましたか。すいません」

「おうよ。嫁さん泣かしたのってガチで真面目に俺、切れていいとこじゃないか?」

「……確かに。今なら意味が分かりました、父さん。本当にごめんなさい」


ダニエル、ソートワン男爵家に潜入していた三男坊からの思いがけない言葉に、伯爵が眉を跳ねあげた。長兄と、上司でもある次兄が息をひそめる。


「…………ふぅん?」

「父上。それから兄上たち。俺、家を出たい。……いえ、出ます」

「…………そりゃまた」

「思い切ったな」


「俺は、あの子がいいんです。あの子じゃないとダメだ。父上」

「…………なぁ、ハロッケン私設軍副指揮官殿。お前、自分が何を言ってるかわかってるか」


父親から冷静に対外的な自分の役職を告げられると、さすがにダニエルがひるむ。知っている。この地位は血を吐くような思いをして勝ち取ってきた結果だ。辺境に位置するハロッケン伯爵家は隣領との小競り合いや駆け引きまでもその家格の役目に含む。指折りの実力者しかいない私設軍の中でも指揮官である兄に次ぐ実力を示し続けることは、ダニエルにとっていささかトリッキーな手段までも使い、ようやく維持できる大切な役目であり、役職だ。

この場で、自分が何の役目を負ってソートワン男爵家に潜入していたのか鑑みればいい。ダニエルの言っていることはハロッケン伯爵と袂を分かつといってるのだから、重大な裏切りに当たる可能性の方が高くなる。


だが。


「…………それでも。それでも、です。すぐにとは言いませんが、」

「待て。っつーか、待てダニエル。なんつったオマエ。あ? あのこ?」

「……うん? お前なにか、捨て子でも拾ったのか」

「っあー、…………いいえ」


呻いて、顔を赤くしたダニエルに非常に驚いた兄二人が思わず二歩をさがる。ありえない。恋愛関係だけはきっと生涯ありえないと思っていた末っ子が、まさか。


「……ねぇわ」

「ない、よ、な?」


恐る恐る伺ってくる彼らに、ダニエルも腹を括る。しょうがないじゃないか。今まで女の人が存在していなかった自分の世界に、彼女が入ってきてしまったのだから。


「ソートワン家は、子爵と長女の二人の子がいまして」

「あ、ああ。お前の報告書に上がってたな」

「アナスタシアは、ソートワン家が自分の名前を表に出さないために作った商会の名前です」

「それも、報告にあった」

「……アナスタシアどころか、領地の監理にも、子女であるア、アイリーンさまが深く関わってました」

「関わっていそうだ、までは聞いていたが」


アイリーン、と口に出した時のダニエルの表情がまさに『見ていられない』ものであったので、ハロッケン伯爵はうんざりした顔をする。ちなみに兄二人はもう二歩をさがった。気持ち悪くデレデレした顔をしている男に寄り付きたくなかったからだ。


「アイリーンさまはソートワン家全体から溺愛されており、賢い方です。華奢で、今にも消えそうなくらいに淡い色彩をお持ちなのですが目が裏切って強く」

「ゴメン、マジでどうでもいい」

「…………体が弱いようですが、ご自分の病状、対策、現状のすべてを理解していました。領民領地への指示も的確、アナスタシアの経営への助言も的を外すことなく」

「や、だからガチでアイリーンさまの形容はいらないから」

「アイリーンさまを、よ、…………嫁にしたいんです。父上」

「…………引くわ俺。女の経験もある男が赤くなるとか。普通に気持ち悪い。無理。ぜっんぜん微笑ましくない」


遠巻きにしてしまった子供たちに会話をさせるわけにもいかず、一人で相槌を打っていた伯爵がとうとう三歩を一気に下がった。父が諦めれば兄の出番なのだろうが、正直、恋する男と言うものは触れたくもない存在でもある。結果として男三人はダニエルを中心とした円を描いて立ちすくむ。



本音だけで述べれば、誰もが会話を続けたくなかった。


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