表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
机上の空論と嗤われた研究者、異世界の寒村に転生する ~理屈だけで、国を獲ります~  作者: 鉄菊
ルメーン村編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/44

第6話 境界の向こうへ

はじめまして。鉄菊と申します。

本作は「机上の空論」と嗤われ続けた経営学者が、異世界の弱小領地に転生し、誰も知らない”理屈”だけで成り上がっていく物語です。

更新は毎日18時です!

なるべく続けていきます。

よろしければブックマークをお願いします!

目を覚ますと、見知らぬ天井があった。


 石を組んだ低い天井に、揺れる燭台の光。土と薬草の匂い。体を起こそうとして、脇腹に走った鈍い痛みに、ロゴスは顔をしかめた。包帯が、きつく巻かれている。


「無理に動かないで。あばらにひびが入ってる」


 声のした方を見ると、セレナが木の椀を手に、寝台の脇に腰かけていた。頬の傷は、浅く塞がりかけている。


「ここは……」


「私たちの隠れ家よ。あの爆発で、あなたは吹き飛ばされて気を失った。ノルドが担いで、ここまで運んだの」


「ノルドさんは」


「腕を痛めたけど、無事。今は隣で眠ってる」


 ロゴスは、ゆっくりと息を吐いた。生きている。あの白い閃光の後、確かに何かを――炎の中に立つ、見覚えのある顔を見た気がする。だが、それを口にする前に、聞かなければならないことがあった。


「セレナさん。あなたたちは、本当は――何をしようとしてるんだ」


 セレナは、しばらく黙っていた。燭台の炎が、彼女の横顔に細かな影を落とす。やがて、静かに口を開いた。


---


 セレナが語ったことを、ロゴスはただ、聞いていた。


 多くは、伏せられたままだった。名前も、規模も、具体的な計画も。それでも――彼女の言葉の端々から滲み出てくるものの大きさに、ロゴスは言葉を失った。


 この国の、根の深いところ。誰も気づかないうちに進行している、途方もなく大きな何か。それを止めるために、セレナたちは名も無き影として動き続けている。あのキメラの施設は、その"大きな何か"の、ほんの入口に過ぎなかったのだと。


(――そういうことか)


 村一つの搾取や、結界札の商売。そんな話では、到底なかった。ロゴスが偶然踏み込んだのは、この国の運命そのものが軋んでいる、その断層の縁だった。


 あまりに話が大きすぎて、口を挟むことすらできなかった。ただ、聞き入るしかなかった。


「――今日話せるのは、ここまで」


 セレナは、そう言って立ち上がった。


「あなたはまだ子供で、村に帰る場所がある。これ以上、この件に踏み込ませるわけにはいかない。私たちは、また闇に戻る。……もう、会うことはないかもしれないわね」


「セレナさん」


「元気でいて、ロゴス。あなたのあの戦い方は、見事だった。理屈だけで、あそこまで人を動かせる子を、私は他に知らない」


 彼女は、それだけ言い残して、仲間たちとともに気配を薄めていった。ロゴスは、去っていく背中を、追うことができなかった。


 ――このときは、まだ。


---


 傷が癒えるのを待って、ロゴスとノルドは村へ帰った。


 三日も戻らなかった二人を、村は大騒ぎで迎えた。母のエマは泣きながらロゴスを抱きしめ、父のダリオは何も言わず、ただ強く肩を掴んだ。姉のミラも、次兄のガイルも、無事な顔を見て、へなへなとその場に座り込んだ。


 その夜、村長ゲオルグの家に、村の顔役たちが集められた。ロゴスは、森の奥で見たことの一部始終を、包み隠さず話した。


 偽られていた魔物の脅威度。その裏に隠されていた、ギルドの非公式施設。魔物を掛け合わせて作られる、人工の怪物――キメラ。そして、その施設が、突入の寸前に自ら爆発し、跡形もなく消え去ったこと。


 語り終える頃には、部屋は、水を打ったように静まり返っていた。


「……キメラ、だと」


 村長の声が、掠れていた。


「魔物を、人が作り出しているというのか。そんなものが、この村のすぐ裏に……」


「もう、ありません。施設ごと、消えました」ロゴスは静かに言った。「でも、問題は、なくなっていません。むしろ、これからです」


「どういう、ことだ」


「あんなものを作れる者が、あの施設一つで満足するとは思えない。それに――施設を"自分で"爆破したんです。証拠を、まるごと消すために。つまり、隠したい相手が、まだどこかにいる」


---


 顔役たちが、ざわめいた。太った顔役のボルクさえ、今日は口を挟まず、青い顔をしている。


「坊主……いや、ロゴス。お前の言う通りだとしたら、これは……村でどうにかできる話じゃねえぞ」


 ガイルの言葉に、ロゴスは頷いた。


(そうだ。ここが、肝心なところだ)


 彼は、頭の中で、ずっと引っかかっていた考えを、言葉にした。


「頑張る場所を、間違えちゃいけない。この問題は、村がどれだけ団結しても、村の力では解けない。解ける"高さ"にいる人のところへ、運ばないと」


「高さ、とは」


「領主様です」


 部屋の空気が、また張り詰めた。


「魔物の脅威度も、税も、結界札も、元をたどれば領主様の統治の話です。キメラの施設が、その領内で秘密裏に作られていた――これは、村が抱え込んでいい問題じゃない。領主様に、直接、報告すべきです」


 村長は、長いあいだ、じっと考え込んでいた。やがて、深く息を吐いて、顔を上げた。


「……ロゴス。お前が、行ってくれるか。この件を、誰よりもわかっているのはお前だ。村を代表して、領主様に申し上げてきてほしい」


 十二歳の子供に、村の命運を託す。それがどれほど異例のことか、その場の誰もがわかっていた。だが、異を唱える者は、一人もいなかった。


---


 だが、ひとつ、大きな問題があった。


 領主が居を構えるのは、街道を数日下った先の商業都市――**エンポリア**。人と物が集まる、この地方一の街だ。だが、そこへ至る道のりには、近ごろ、森を追われた魔物が彷徨い出るようになっていた。剣もろくに握れぬ子供が、一人で越えられる道ではない。


(村の誰かに護衛を頼む? ――だめだ。畑仕事の手を、これ以上減らせない。それに、まともに戦える者もいない)


 答えは、一つしかなかった。あの、魔法を操る者たち。


 ――もう会うことはない、と言われた。それでも、ロゴスは森へ向かった。幾晩か、あの隠れ家の近くで待ち続け、ついに、セレナはもう一度、姿を現した。


「懲りない子ね。今度は、何の用?」


「頼みがある。エンポリアまで、俺の護衛をしてほしい」


 セレナの目が、すっと細くなった。


「……子供の使いに、私たちが付き合う義理はないわ。私たちには、私たちのやることがある」


「わかってる。だから、"お願い"じゃなくて、"取引"を持ってきた」


 ロゴスは、退かなかった。


---


「あなたたちの目的は、あの施設の裏にある"大きな何か"を止めることだ。違うか」


「……それが?」


「なら、俺があの施設のことを領主様に報告するのは、あなたたちにとっても、都合がいいはずだ」


 セレナの眉が、わずかに動いた。ロゴスは、畳みかける。


「あなたたちは、影として動くしかない。表立って『キメラの施設がある』なんて、名乗り出て訴えられない。でも俺は、村の代表として、堂々と領主様に報告できる。あなたたちが決してできないやり方で、この件を"表"に引きずり出せるんだ」


「……」


「俺を守ってエンポリアへ送り届けることは、あなたたちの目的を、一歩前に進めることでもある。護衛は、俺への施しじゃない。あなたたちの戦いの、一手になる」


 しばしの沈黙のあと、セレナの口元が、ふっと緩んだ。


「――立場でお願いされたら、断ってたわ。でも、利で口説かれちゃ、断る理屈がないわね」


「なら」


「いいでしょう。エンポリアまで、送り届けてあげる。あなたのその舌が、領主の前でどこまで通じるのか――見届けたくもなったしね」


 交渉は、成立した。頭を下げて頼み込むのではなく、互いの望みが重なる一点を示す。人は、情けでは動かないことも多いが、"自分の得になる"とわかれば、自ら動く。前世で幾度も読んだ、交渉の基本だった。


---


 出立の朝。


 村中の人間が、村外れまで見送りに出てきた。母は餞別の干し肉を握らせ、父は「無理はするな」とだけ言った。ミラは泣き、ガイルは「土産話、期待してるぞ」と笑った。あのボルクでさえ、ばつが悪そうに、麦の袋をひとつ、荷に加えてくれた。


「行ってきます」


 フードを目深にかぶったセレナたちが、街道の先で待っている。ロゴスは、生まれ育った村を、一度だけ振り返った。


 脱穀場での小さな一勝から、ここまで来た。詰まりを見つけ、偽りを暴き、人ならざる怪物と戦い、そして今、この村の外にある、もっと大きな世界へと踏み出そうとしている。


(ここは、始まりの場所だ。だが――俺の理屈が本当に通じるのは、きっと、この境界の、向こう側だ)


 ロゴスは、前を向いた。


 小さな村の少年が、ひとつの街を、ひとつの領地を、やがては国そのものを動かしていく――その長い道のりの、最初の一歩が、今、静かに踏み出された。


(村編・完)


---


【今回の理論メモ】立場でなく"利害"で動かす(統合型交渉/Win-Win)


交渉というと「頭を下げて頼む」か「条件を押し付け合う」かを思い浮かべがちですが、本当に強いのは、"互いの利害が重なる一点"を見つけて示す交渉です。相手に「それは、あなた自身の得にもなる」と理解させられれば、人は施しではなく、自らの意思で動いてくれます。今回ロゴスは、護衛を「お願い」ではなく、「あなたたちの目的をも前に進める一手」として提示することで、断る理屈をなくしました。仕事の交渉や依頼でも、「自分が何を欲しいか」だけでなく、「相手が何を欲しがっているか」を先に掴み、そこに自分の望みを重ねられる人は、驚くほど物事を前に進められます。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます! そして――これにて、**村編・完結**です。


第1話の脱穀場の小さな一勝から、情報の非対称性、非公式施設の脆弱性、弱者の戦略、そしてサンクコスト。ロゴスが村で積み上げてきた"理屈の一勝"が、ついに村の外へと繋がりました。今回のテーマは「統合型交渉(Win-Win)」。頭を下げるのでも、押し付けるのでもなく、相手の利害に自分の望みを重ねてみせる――ロゴスがセレナたちを動かした、あの手口です。


セレナたちが追う"大きな何か"の正体、そして炎の中で消えた影のこと。まだ多くが謎のまま、物語は商業都市エンポリアへと移ります。次章からは、ロゴスが領主と出会い、いよいよ「村の課題解決」から「統治」へとステージを上げていきます。


ここまで村編にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。感想・ブックマーク・評価が、次章を書く何よりの力になります。エンポリア編でも、どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ