第3話 森の奥の真実
はじめまして。鉄菊と申します。
本作は「机上の空論」と嗤われ続けた経営学者が、異世界の弱小領地に転生し、誰も知らない”理屈”だけで成り上がっていく物語です。
更新は不定期ですが、なるべく続けていきます。
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バイリフが去ってから、ロゴスの中には小さな棘が残り続けていた。
(脅威度が偽られていたのは、確かだ。だが――なぜ、そこまでして偽る必要がある)
結界札は、確かに村にとって安くない出費だ。だが、たかだか小さな辺境の村一つから搾り取れる額など、魔法ギルドという大きな組織にとっては、微々たるものだろう。わざわざバイリフを抱き込み、危険な嘘をつき続けるだけの理由が、どうしても見えてこない。
(村を騙して得られる利益より、隠さなければならない何かがある方が、理屈に合う)
その違和感が、ロゴスを森へと向かわせた。
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「本当に、行くのか」
猟師のノルドは、槍を担ぎながら渋い顔をしていた。
「森の浅いところまでは知ってる。だが、奥に何があるかは、正直、俺も詳しくない」
「だからこそ、確かめたいんだ。結界札を売るために脅威度を偽っているだけなら、森の奥は案外静かなはずだ。でも――もし、本当に何かがいるとしたら」
「そのときは、逃げるぞ。いいな」
「もちろん」
二人は夜明け前、村人に気づかれないよう森へと入った。浅瀬では、確かにノルドの言う通り、目立った魔物の気配はなかった。だが、進むにつれて、空気そのものが変わっていくのをロゴスは感じ取った。
湿った土の匂いに、微かに混じる、鉄と薬品のような臭い。
「……この先、変だな」
ノルドが足を止めた先に、見慣れぬものがあった。木々に紛れるようにして建つ、石造りの建物。窓のない、まるで要塞のような造りだった。入口には、淡く光る魔法陣が幾重にも張られている。
「これ……ただの見張り小屋じゃないな」
「向こうを見ろ」
建物の壁には、ギルドの紋章が小さく刻まれていた。表向きには存在しないはずの施設。ロゴスの背筋に、冷たいものが走った。
(表向きの活動報告に、この施設は出てこない。組織が公式には認めていない場所――)
もう少しだけ近づいてみよう。そう思って一歩踏み出した瞬間、ノルドが腕を掴んで引き止めた。
「待て。あれを見ろ」
入口の両脇に、何かが佇んでいた。犬でも狼でもない。複数の獣の特徴を無理やり継ぎ接いだような、いびつな体軀。翼のような突起、爪の代わりに骨の棘が伸びた前脚。明らかに、自然に生まれた生き物ではなかった。
「――キメラ、か」
前世の知識の中にあった言葉が、思わず口をついて出た。異なる生物の特徴を組み合わせて作られた、人工の怪物。門番として置かれているそれは、微動だにせず、しかし確かに周囲を警戒していた。
(門番として、こんなものを置いている……まさか、この施設自体が――)
最後まで考えをまとめる前に、片方のキメラの首が、こちらへとゆっくり向いた。
「気づかれた……!」
「逃げるぞ、ロゴス!」
ノルドの声と同時に、二体のキメラが低い唸り声を上げて地を蹴った。とても逃げ切れそうにない速さで、影が迫ってくる。
「くそ、こっちだ!」
木の根に足を取られながら、必死に森を駆ける。息が上がり、視界が揺れる。背後から迫る気配に、ロゴスは何度も心臓が縮み上がるのを感じた。
(――ここまでか)
そう覚悟しかけた瞬間、横合いから鋭い光の矢が、キメラの一体の横腹を貫いた。
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「こっちよ、走って!」
鋭い声とともに、木々の間から数人の人影が飛び出してきた。先頭に立つのは、フードを目深に被った女――手にした杖には、魔法ギルドのものとは明らかに違う紋章が刻まれている。
彼女たちが放つ光の矢と炎の壁が、キメラの足を止める。その隙に、ロゴスとノルドは女たちに導かれるまま、森の外へと駆け抜けた。
村の灯りが遠くに見えるところまで来て、ようやく全員が足を止める。肩で息をしながら、ロゴスは振り返った。追ってきていたキメラの気配は、もう感じられない。
「……助かった。あなたたちは?」
フードの女が、ゆっくりとフードを外す。年齢は二十代半ばほど。鋭い目つきの奥に、深い疲労がにじんでいた。
「私はセレナ。詳しい自己紹介は、また今度ね。今は、無事に戻れたことを喜びましょう」
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「セレナさん、さっきの施設は、いったい……」
息が整うのを待って、ロゴスが尋ねると、セレナは少しだけ迷うような間を置いた。
「――多くは話せない。でも、少しだけ。あれは、魔法ギルドが表向きには存在しないことになっている、非公式の研究施設よ」
「何を、研究してるんだ」
「魔物の合成――複数の魔物や魔法生物を掛け合わせて、より強力な個体を人工的に作り出す実験。さっき見たキメラは、その"門番"として配置されている個体の一つ」
ロゴスの中で、いくつかの疑問が繋がりかけた。だが、セレナはそれ以上語ろうとはしなかった。
「今日はここまでにしましょう。あなたたちが無事に村へ戻ることの方が大事よ」
「……あなたたちは、何者なんだ」
「それも、また今度。今は、名前だけ覚えておいて。セレナ、よ」
彼女はそれだけ言うと、仲間たちとともに、森の闇へと姿を消していった。何かを見極めるような、そんな視線を最後にロゴスへ向けたことに、彼はまだ気づいていなかった。
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村へ戻る道すがら、ノルドはずっと黙り込んでいた。ようやく口を開いたのは、村の明かりが目前に見えたときだった。
「……坊主。俺たちは、とんでもないものを見ちまったな」
「ああ」
「あんなものが、村のすぐ裏の森にあったなんてな。しかも、あれを"作ってる"側がいるってことは……」
「脅威度が偽装されてたのは、結界札を売るためだけじゃない。あの施設のことを、誰にも気づかせないためでもあったんだと思う」
結界と偽りの脅威度は、村人を「森に近づかせない」ための壁でもあった。二重の意味で、村は情報から遠ざけられていたのだ。
その夜、ロゴスは眠れないまま、頭の中で考えを巡らせ続けた。
(あの施設を、放っておくわけにはいかない)
だが、正面から乗り込んでどうにかなる相手ではない。あの門番のキメラだけでも、村人総出でかかっても敵うとは思えない。まして、施設の奥に何が控えているかもわからない。
(力で押すのは論外だ。だとすれば――)
前世で学んだ理論の中に、こういうとき役に立つ考え方があったはずだ。正面からの力比べではなく、相手の構造そのものの弱点を突く方法が。
(相手にとっての"強み"は、時に"弱み"にもなる。あの施設が、なぜ非公式のままなのか――そこに、突破口があるかもしれない)
まだ漠然とした直感でしかない。だが、この考えを煮詰めていけば、何か具体的な手立てが見えてくる気がした。
ロゴスは、村の暗い天井を見上げながら、静かに誓った。
(次に森へ入るときは、逃げるためじゃない。あの施設を、終わらせるためだ)
(続く)
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【今回の理論メモ】非公式・隠された活動の脆弱性
組織が「公式には存在しない」ことにしている活動は、裏を返せば、正規の予算・人員・防衛体制を大っぴらに割けないという制約を抱えていることが多い、という視点です。表向き認められていないものは、往々にして表立って強化することもできません。相手の"隠したい"という事情そのものが、実は突破口になり得るのです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ついに森の奥の真実、そしてキメラという不穏な存在が姿を現しました。ロゴスとノルドを助けてくれたセレナたちの正体、そして施設の目的については、まだ多くが語られていません。
今回のポイントは「非公式な活動は、表立って強化しにくい」という視点でした。堂々と存在を認められないものは、正規の予算も人員も大きく割けない――というのは、現実の組織にも通じる話かもしれません。相手が”隠したい”と思っている事情そのものが、実は突破口になる。ロゴスがこれからどう動くか、楽しみにしていただけると嬉しいです。
次回は、力では敵わない相手に対して、ロゴスがどう作戦を練るのかを描く予定です。
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