第2話 見えない脅威
はじめまして。鉄菊と申します。
本作は「机上の空論」と嗤われ続けた経営学者が、異世界の弱小領地に転生し、誰も知らない”理屈”だけで成り上がっていく物語です。
更新は毎日18時を予定しています。
なるべく続けていきます。
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脱穀場での一件から、季節はひとつ巡った。
村でのロゴスの立場は、少しずつ変わりつつあった。まだ十一歳の子供に過ぎないが、村長ゲオルグは何かにつけて意見を求めてくるようになったし、次兄のガイルは事あるごとに「坊主に聞いてみろ」と口にする。
だが、ロゴスは満足していなかった。
(一度うまくいったくらいで、村が根本から変わるわけじゃない)
脱穀のボトルネックを解消したことで、去年の収穫は例年より確かに増えた。だが、村全体を見渡せば、まだ理解できない"重し"が残っていた。それは、毎年秋に必ずやってくる、あの重い空気だった。
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「今年も、バイリフ様がいらっしゃる時期ね」
井戸端でそう漏らしたのは、隣家の娘カイだった。ロゴスより二つ年上で、村では珍しく読み書きができる。
「憂鬱そうだな」
「当たり前でしょう。魔物の脅威度査定で、また税が上がるかもしれないんだもの。去年だって、結局『森の奥で魔物の気配が濃くなっている』とかで、上納が増えたじゃない」
カイの言う通りだった。ルーメン村では毎年、王国から派遣されるバイリフ――地方の徴税と行政を担う役人――が、周辺の「魔物脅威度」を査定し、その結果に応じて税と、魔法ギルドが売る"結界札"の購入義務が決まる。
「脅威度が高いと判定されると、結界札を買わなきゃいけないのよね。一枚、うちの畑の稼ぎ半月分くらいするのに」
「その脅威度、誰が決めてるんだ?」
「バイリフ様と、魔法ギルドの調査員が、森を見て回って決めるらしいわ。うちらには、確かめようがないもの」
その一言に、ロゴスの中で何かが引っかかった。
(――確かめようがない、か)
村人たちは、森の奥に何がいるのか、実際にはほとんど知らない。知っているのは、バイリフと魔法ギルドだけ。そして、その二者が「脅威度が高い」と言えば、村はそれを信じて、税を払い、結界札を買うしかない。
(これは、ただの徴税の話じゃない。知っている側と、知らない側の話だ)
前世の理論が、頭の中で音を立てて繋がっていく。情報を握っている側は、握っていない側を、意のままに動かせる。悪意があってもなくても、その構造そのものが、搾取を生む。
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「父さん、去年の結界札、実際どのくらい役に立ったか覚えてる?」
その晩、ロゴスは父ダリオに尋ねた。
「役に立った、というか……そもそも、去年も一昨年も、村の近くで魔物なんて滅多に見なかったな」
「じゃあ、なんで脅威度は毎年『高い』って判定されるんだと思う?」
「そりゃあ……森の奥のことなんて、俺たちにはわからんからな。バイリフ様が言うなら、そうなんだろうと」
その言葉こそが、答えだった。誰も、本当の脅威度を知らない。知る手段を持っていない。だからこそ、査定する側の言い分がそのまま通ってしまう。
「父さん、猟師のノルドさんに聞いてみたいことがあるんだ」
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「魔物の目撃か? ここ数年は、正直、大したことないぞ」
村の猟師ノルドは、ロゴスの問いに、あっさりと答えた。
「森の浅いところじゃ、年に数回、はぐれ狼が出るくらいだ。奥の方は俺も詳しくは知らんが、少なくとも村を脅かすほどの群れが増えてるって話は、聞いたことがない」
「その話、バイリフ様やギルドの調査員に伝えたことは?」
「……伝えても、聞く耳持たれんよ。あの人らは、森を軽く見回って、あとは決まったように『脅威度は上昇傾向』って書いていくだけだ」
ロゴスは、頭の中で図を描いた。猟師の実感、村人の証言、実際の被害件数——これらを集めれば、バイリフとギルドだけが握っていた「情報」に、村の側からも近づける。
「ノルドさん、お願いがあるんだ。今年一年、目撃した魔物の数と場所、簡単でいいから記録してくれないか。俺も一緒にまとめる」
「……坊主、それ、まさか」
「バイリフ様の査定と、突き合わせてみたいんだ」
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半年後、秋。バイリフの一行が、村を訪れた。
「今年の脅威度査定だが……森の奥での魔物の活性化が確認されている。よって、脅威度は昨年より一段階引き上げる。結界札の購入も、今年は二枚必要だ」
いつも通りの、決まり文句だった。村人たちが、諦めたようにうつむく中、ロゴスは一歩前に出た。
「バイリフ様、恐れながら、うかがいたいことがあります」
「なんだ、子供が」
「今年、村の猟師が記録した目撃情報では、村周辺での魔物の出現は昨年より二割ほど減っています。森の奥の活性化とおっしゃいますが、その根拠となる調査記録を、見せていただくことは可能でしょうか」
バイリフの表情が、わずかに強張った。
「……子供の遊びの記録と、専門の調査を、同列に扱うつもりか」
「同列に扱うつもりはありません。ただ、村の側にも記録がある以上、突き合わせて確認していただければ、査定への納得感も違うかと」
カイが、ロゴスの隣で小さく息を呑む音が聞こえた。
「……調子に乗るなよ、坊主」
同行していた魔法ギルドの調査員が、低い声で呟いた。だが、バイリフはしばらく沈黙したあと、苦い顔で口を開いた。
「……今年の分は、一段階の引き上げは見送る。だが、来年はどうなるかわからんぞ」
村人たちの間に、小さなどよめきが広がった。誰も、バイリフの査定に異を唱えたことなどなかったからだ。
ロゴスはただ、静かに頭を下げた。
(知らないから、言いなりになる。知れば、対等になれる)
だが、これはまだ入り口に過ぎない。バイリフの背後にいる魔法ギルドが、なぜ村の"知らなさ"にここまで執着するのか。その答えは、まだ森の奥に隠されたままだった。
(続く)
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【今回の理論メモ】情報の非対称性
取引の当事者間で、持っている情報の量に差があるとき、情報を多く持つ側が有利な立場に立ち、少ない側が不利益を被りやすい、という考え方です。今回の村のように「専門家の言うことだから」と検証せずに受け入れてしまう構造は、日常やビジネスの場でも起こりがちです。自分たちの側にも記録・データを持つことが、対等な関係を築く第一歩になります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回のテーマは「情報の非対称性」でした。専門家や役人が握っている情報を、こちら側が検証する手段を持たないとき、どれだけ簡単に不利な条件を押し付けられてしまうか——現実の契約や取引でも、意外とよくある話だったりします。「相手の言うことを鵜呑みにせず、自分たちの側にも記録・データを持つ」というのは、仕事でも使える考え方かなと思います。
バイリフの背後に見え隠れする魔法ギルドの思惑、そして森の奥の”本当の脅威度”——この先、ロゴスがどう切り込んでいくのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。
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