突然ながらエピローグ
「あーあ、畜生め・・・。こんな終わり方ありかよ・・・」
単身で魔界に特攻し、見事魔王を撃破した所までは良かった。
だがここは魔王が作った亜空間『魔界』。魔王が死ねば、魔界も消える。
魔界が消える事とはつまり、一つの世界が消えるという事。
世界が消える事とはつまり、そこに存在する全てが無に返されるという事。
よって俺は今、人生最大のピンチに陥っている。
超巨大な魔獣と対面した時や、お城のお姫様(四十代)と結婚させられそうになった時よりもヤバイ。
無に返されるって事はつまり、塵も残らないって事だ。
これじゃあ誰が俺の骨を拾ってくれるのかねぇ…?
・・・確かに、魔界が完全に消え去るまで、あと少しだが猶予がある。
しかし空間転移の門は、この魔王城から数キロ以上離れた先にある。
そんな距離をどうやれば物の数分で縮められるのだろうか。
仮の話だが、魔王と死闘を繰り広げる前の万全の状態でなら、或いはギリギリ間に合っていたかもしれない。
だが残念な事に、俺は魔王との戦いで散々に疲弊しきっている。しかも体はボロボロ。
こんな出血ドバドバ状態で全力疾走なんてしたら、それこそこの魔界が崩壊する前にポックリ逝っちまうだろう。
結果、俺はこの魔王城の最上階で仰向けに寝転がって、これ以上出血が酷くならないように、なるべく長く延命する為に、無駄な努力を行使する。
助けは来ない。断言できる、助けは来ない。
魔王と戦ってる最中、ようやくあの王様の思惑に気づいた。
あのクソ爺は勇者(俺)と、そこに転がってる魔王との相打ちを狙っていたのだろう。
聖剣の力は膨大だ。使い手によっては聖なる剣にも破壊の剣にもなれる。
客観的に見ればさぞ恐ろしい凶器だっただろうな。
そんな凶器を振り回せる勇者は、見方によれば魔王と同じに見えていたのかもしれない…。
そして、魔王を倒した勇者はそれ以上の脅威になり得る。
今頃あの愚王は民を集めて、いかに勇者が危険であるかを説いているのだろう。
・・・理不尽だと思う。
俺は今まで、誰かを傷つける為にこの力を振るったか?
俺は今まで破壊の為、私欲の為にこの力を振るったか?
答えは否。俺はいつだって誰かを守る為に戦ってきたつもりだ。
一度だって聖剣を悪行に使おうなどと考えた事はないのに。
それに魔物や魔獣相手に一人命張って、今の今まで戦い続けてきたのに、この仕打ちは流石に酷いと思う。
仰向けから体を大の字に変え、亀裂の入った天井から零れる光を見上げる。
・・・俺も元々は、そこら辺に転がっている村人Aと大差ない存在だったんだ。
だからあの時、あの祠で、この右手に握っている聖剣(相棒)に出会わなければ、こんな結末にはならなかったのかもしれない。
後悔していないと言えば嘘になる。
勇者だからと潔く死に切れる訳もない。
だって、そうだろう。
俺まだ18だもん。
人生これからだぜ。
まだまだやりたい事だって、たくさんある。
結婚だってしたい。
子供だって欲しい。
家庭を築いてみたかった。
こんな所で死にたくない。
こんな所で終わりたくない。
どうせ死ぬなら孫の顔が見たい。
・・・・・・・・・・。
あと数秒もすれば、この世界は無に返るだろう。
こんな終わり方嫌だけど、こんな死に方ご免だけど、泣いても仕方ないんだ。
軋む体を無理やりに起こし、聖剣を空に向けて掲げる。
・・・地響きが激しい。
恐らく、魔界の意思が最後の足掻きを見せているんだろう。
ならば、俺も一緒になって、最後の足掻きを見せてやろうじゃないか。
「俺の名はユルカ」
地響きが段々と弱くなっていくのが分かる。
魔界の命が尽きていくのが分かる。
「元農民で」
空が、空間が、紙を切るように引き裂かれていく。
「元一般人だけど、今は」
ぶっちゃけ、一度も誇りに思えた試しなんてないんだけどさ。それでも…
「今は、誇り高き勇者だ」
世界が白黒の世界へ移り変わっていく。
もう一刻の猶予もないのだろう。
地響きも止んだ。
空も真っ白。
これで、終わりか。
勇者ユルカは魔王と相打って世界を救った。
めでたしめでたし、ってか。
ああ、そうだ。
終わりの前に相棒に別れを告げなきゃな。
空に翳している相棒に向かって、言葉を紡ぐ。
「お前に会ってからロクな目に会った試しがないけれど」
体が白黒へ変化していく
「それでも」
聖剣の光が消えていく
「楽しかったよ」
下半身が塵となり、もう時間なのだと悟る。
「じゃあな、相棒」
胴体も消え、残すは手と顔のみ。
「願わくば、来世ではお前と会わない事を祈る」
最後の最後で嫌味を言い放ち、相棒との別れを告げた。
この瞬間、ユルカという、勇者という存在はこの世から消え去った。
残ったのは、白の世界の中でポツリと残された聖剣のみ。
だが、ここで不可解な事が起こった。
剣の形をしていた聖剣が人の形に変わり、女性の裸体に姿を変えた。
無表情の顔からは何の感情も読み取れず、見据えるのは先ほどまで彼が立っていた場所。
「つまらない」
そう、感情の篭っていない声色で、彼女は呟いた。
「こんな終わり方は・・・つまらない」




