第6章 神殿 その3 心の中の敵
ルージャが心を決めると、炭化した死体が二人、歩いて来た。
「ひ、化け物!」
ルガングは思わず後ろに一歩下がる。
「お前は誰、名乗りなさい」
ルージャは炭化した死体に問いかける。
「私は村長のアルリムだ。こっちはアッシュールの嫁にと考えていた娘のルアンナだ。婚約者が死んだので、候補の一人として考えていたのだ。婚約させようとしたのに、アッシュールは火を噴く化け物を村に呼び込んだ。何も知らない我々は火の餌食になったのだ。恨む、アッシュールがいなかったら死ななかったのだ。恨む。恨む恨む恨む恨む」
死体はルージャに話しかけた。
「嘘おっしゃい。アッシュールはむざむざ人を死なすことをしないわ。本当の事を言いなさい」
ルージャは上段にグアオスグランを構える。ルージャは二人目の炭化死体を見る。微かに女性だとわかる。婚約者という言葉に、ちくりと胸が痛む。
「話しなさい!」
ルージャは強く詰問する。
「アッシュールは怪物を村から遠ざけようとしていたのだが、我が狼煙を上げて村の中に引き入れたのだ。化け物を竜神だと思ったのだ。火を噴くから注意せよと言われたのに、化け物の正面に立って捧げ物をしようとしたのだ。正面から火を噴かれ、我と娘は死んだのだ」
炭化した死体が話す度に、皮膚だったものが剥がれ落ちていく。
「アッシュールは悪く無いわ。もう消えなさい」
ルージャは上段から炭化した死体を切り裂いた。死体は消えて無くなった。
「娘さん。私はアッシュールの妻のルージャよ。アッシュールは私がこれからついていくわ。言い残すことはあるかしら」
ルージャはグアオスグランを再び上段に構える。娘の死体は首を左右に振った。皮膚だった炭が剥がれ落ちる。
「ごめんなさいと伝えて下さい。私は恋人がいたの。結婚を約束していたわ。でも、恋人が行方不明になってすぐ、アッシュちゃんと結婚しろって言われちゃったの。只の顔見知りなのに、要らない負担を掛けたと思うわ。アッシュちゃんをよろしくね」
ルージャは娘に向かってグアオスグランを振り下ろすと、娘は消えて無くなった。代わりに四名の剣をもった死体が歩いて来た。一名は頭が無い。二名は下半身だけだ。一名は腹に大きな傷がある。
「あなたたちは誰」
ルージャは死体に強く詰問する。一名だけ頭があるため、代表して話しかけてくる。
「我々は村の警備隊、第二隊。アッシュールに見捨てられ、死亡した。来てくれたら死ななくて済んだのだ」
ルージャは一名に見覚えがあった。見覚えというか、知っている感じがした。
「あなた、頭の無いあなた、あなたはアッシュールの剣の師匠ですよね。アッシュールに祈りの言葉を掛けて貰ったのに、何故ここにいるの」
「だから、殺されたからだ、アッシュールに。俺たちはアッシュールを憎んでいる」
ルージャは、途中でこの者達の正体に気が付いた。死んだ者達の魂ではない。アッシュールの罪悪感だ。
「いいから本当の事をお言い!」
ルージャが叫ぶ。
「バドさんはアッシュールを第三隊の隊長に任じ、村の警備に付くように命じたのだ」
頭のある者が代わりに発言する。
「なによそれ。アッシュールはあんたの被害者じゃないの。それに、あんたのことをアッシュールは決して背を向けない勇敢な人と言っていたわ。あんた達に名誉は無いの!」
「我々は村を背に、不退転の覚悟で大蛇に挑んだが、人間の反射神経では追い継がず、殺戮された。俺がアッシュールに救援をたのんだのだ。アッシュールは大蛇を倒し、我々を葬ってくれた。この二名は胴を真っ二つにされていたが、嫌がらずに一つにしてくれた。アッシュールには感謝しているし、巻き込んで申し訳無いと思っている」
「そう、ではもう消えなさい」
ルージャは四名を一気に横薙いだ。死体は消えて無くなった。
「ママ、大変! お腹から血が滲んできたっちゃ!」
「むう。人狼の呪いが槍の傷を塞いでいたか。呪いが解けるに従い、傷が広がってきたのか」
ルガングは自分の衣類を裂き、アッシュールの腹に巻いていくが、たちまち血で染まる。
「ココちゃん、アッシュールは死んだ人達に責任を感じているみたいだわ。それが心の傷となり、人狼になってしまったようなの。私は人狼のアッシュールは嫌。強くて格好いい、アッシュールが好き。だから、私は元のアッシュールに戻したい。死ぬかもしれないけど、アッシュールを人に戻したい」
ルージャは流れる涙をもう拭こうとしない。ココは涙を手で拭っている。
「パパは死んじゃうの、ママ」
「いいや、私が死なせない。私は最後の竜、赤い世界の真理の名において、死なせない。でも、覚悟はしておいて。死ぬのであれば、人として死なせたい」
ルージャが決意を述べると、ココは頷いた。
「ありがとう、ココちゃん。で、あんたは誰」
四名の首の無い死体が歩いて来る。一体が首を持っている。
「私はパブヌ。妻と子供だ。我々はアッシュールの助力を得られず、殺された」
頭は表情もなく、言い放つ。
「あなたのことは聞いているわ。村での生き残りだそうじゃない。アッシュールに助けて貰ったのでしょう。助けて貰った上に助力って何よ。本当の事を言いなさい」
「アッシュールが怪物を全て打ち倒し、寝込んでいるうちに村を出た。村を出たら、黒いローブの者達に襲われ、首を刎ねられたのだ」
「あきれた。アッシュールは無関係じゃないの」
ルージャはグアオスグランで四人を薙ぐと、消えて居なくなった。
四名の剣を持った者達が現れた。全て炭になっている。
「あんたは誰」
「私はエリドゥ。警備隊の第一隊隊長だ。巨大な怪物と正面から対峙し、火を噴かれた。アッシュールから助力も助言も無く、我らは死に絶えた」
「何言っているの、怪物は火を噴くって最初からわかっていたじゃない。第一隊っていうことはアッシュールより上じゃないの」
「うむ。私が警備隊を組織し、アッシュールに第三隊を命じた。村長の親友として、村長の死後、村の統制を私が行ったのだ」
「逆恨みじゃない。というより、こんなに人が死んだのはあんたの責任じゃないの。消えなさい。アッシュールの心に言いがかりを付けないで」
ルージャは四人を横薙ぎする。四人は綺麗に消え去った。
「ママ、ママ! 血が! 血が溢れてきたっちゃ!」
ココが叫ぶ。いよいよ呪いが解けかかっている。二名が歩いて来た。中年男性と少年だ。少年は炭化していた。
「俺はウバル。こいつはタンム。アッシュールの隊だった。アッシュールに伝えて欲しい。俺たちの分まで生きて欲しいと、感謝していると」
「ありがとう。あなたたちはアッシュールを恨んでいないの」
中年男性は首を振った。
「奴は良くやっていた。俺の家族は怪物に殺されたけど、状況を考えると仕方が無い。俺は家族が死んで、咄嗟に自殺してしまったから、アッシュールは何も悪く無いぞ」
「僕は相打ちだったけど、家族の敵が討てました。僕を強くしてくれたアッシュールさんに感謝しています」
「ありがとう。アッシュールが聞くと喜ぶわ」
二人は自ら消えていった。
ルージャは大きく息をし、覚悟を決め、目を閉じた。
「ココちゃん、戻りましょう! 大丈夫! 絶対に助けるから!」
アッシュールの心のつかえを、ルージャがバッタバッタと斬っていきます。




