第6章 神殿 その4 ルージャの血
ルージャは目を開けた。薄暗い、洞窟のんかに立っていた。足下には、人の姿に戻ったアッシュールが皆に介抱されている。
「ママ、ママ、パパが! パパが!」
ルージャはココに向かってにこりと笑う.柔らかな銀色の髪を優しく撫でる。ルージャはグアオスグランをアッシュールの上に置き、腹の傷口を露出させる。
「ルージャさん、何するんだ」
ララクがルージャを見る。ルージャはララクを無視し、アッシュールの横に座ると、置いてあるグアオスグランで左手首を切り裂く。
「ルージャさん、何をしている! 早く手当を!」
ララクの叫び声で、ジアンナがルージャの手首を押さえようとする。
「大丈夫。黙って見ていて。私は竜の血の力をほとんど失ったけど、四代目の赤い世界。私の血は不思議な力があるようなの。生き物を化け物やベラフェロみたいにしたり。アッシュールなら、化け物にならずに私の血を受け入れてくれると思う」
ルージャの左手首から、血が溢れるように流れ出す。血はアッシュールの腹にかけられる。
「ママ、ママ」
ココは口を一文字に食いしばり、今の状況を耐えていた。
「さぁグアオスグラン、私の血を使ってアッシュールの身を守りなさい!」
血はアッシュールの腹を満たし、周囲も赤く染める。ルージャはアッシュールの顔を見た。口が動いた気がした。ルージャは右手で傷口のある当たりを触る。傷がある感じは無い。右手で血を拭う。傷は皮膚で覆われていた。
「良かった、アッシュール。よかった」
ルージャは頭から血の気が引き、座った姿勢を保てなくなった。ルージャは意識を失い、血だらけのアッシュールの上に倒れ込んだ。
「ルージャさん!」
ジアンナは急いでルージャの手首を縛り、止血する。首筋に手を当て、脈を診る。
「大丈夫、脈はあるわ!」
ジアンナは安堵し、ルージャをアッシュールの横に寝かす。ジアンナはザックからボロ布を取り出し、ルージャの血を拭う。さらにアッシュールには水を掛け、血を洗い流した後に血を拭った。
「ありがとう、ジアンナさん」
ルージャは目を開け、上体を起こそうとしたがジアンナに止められる。
ジアンナが血を拭い終わると、ココとベラフェロが二人の側に駆け寄った。
「ママ、パパ、良かったっちゃ」
ココは涙ぐむ。ベラフェロはルージャとアッシュールの顔を交互に嘗めている。
「二人とも大丈夫そうよ。でも動かせないわね」
ジアンナはため息をつく。
「ま、しばらく休憩しましょう。何か燃える物はないかな」
ルガングは周囲を見まわす。古い木箱が置いてある。
「燃えるか」
ルガングは木箱をララクに渡す。ララクは頷くと、木箱を蹴って割り、一部をさらに細かく割り、焚き付けをつくる。ザックから麻縄を取り出すと、火打ち石で火を付け、焚き付けに引火させた。焚き付けを木箱の破片に引火させる。ララクはザックから小さな鍋を取り出し、水を入れて火にくべた。
灯が点ると、アッシュールは目を覚ました。
「ここは?」
アッシュールが上体を起こすと、ココが服を持ってきた。
「パパ、上着を羽織るっちゃよ」
アッシュールは不思議な顔で、上着を羽織る。傍らにルージャが寝ているのに気が付いた。
「ルージャ?」
「アッシュール、ルージャさんはお前さんの傷を治すために、血を使ったのだ。竜の血には不思議な力があるんだろう?」
ララクはアッシュールを見る。
「僕は、そうだ。槍にお腹を貫かれて、死んだはずだ。いや違う。誰かが、小さな声で話しかけて来た。僕はそこで気を失った」
「お前さんは人狼になったんだ。宮殿の壁をぶち破って、この洞窟に突っ込んで行ったんだ。で、ここで体力切れさ」
ララクはカップに湯を注ぎ、アッシュールに渡す。アッシュールはカップを受け取ると湯をすすった。
「僕が人狼に」
「気分はどうだ、棟梁殿。棟梁殿は竜の盆地の死人の責任を感じていたでしょう。ルージャさんが全部ぶった斬ってくれましたよ」
「アッシュール。良かった。良かった」
ルージャは上体を起こすと、アッシュールに抱きついた。
「ルージャ、大丈夫かい。血を流したんだろ」
「大丈夫よ。先に進まないと。行きましょう」
ルージャが先に立ち上がり、アッシュールの手を取り立たせる。アッシュールはよろめきなら、立ち上がる。ココが槍を手渡すと、アッシュールは槍に体重を掛けて立った。二、三歩、進むと一度よろめいた。体を思いっきり伸ばし、大きく息をすると体が軽くなった。
「行きましょう!」
アッシュールは階段を指さす。
「ほれ、肩につかまれ」
アッシュールはララクの肩を借りながら階段を下りていった。
長い階段だった。階段が終わると不意に明るくなった。アッシュールは目が慣れると、周囲を見まわした。
「宮殿の地下にこんな秘密があったのか」
ルガングは明かりの中に入っていった。アッシュールも続く。
アッシュールは細めていた眼を開ける。地下であるはずなのに、光が溢れていた。
「地下に、街があるなんて」
アッシュールは周囲を見る。石で出来た街が姿を現した。三十戸程度の家が連なっている。何故明るいのか、不思議に思って上を見る。天井の一部が明るく光っている。
「凄いっちゃ。地面にお家がいっぱいあるっちゃ」
ココのつぶやきにルージャが頷き、明るい天井を眺める。
「何か飛んでくるわ。逃げて!」
ルージャが叫ぶと、洞窟内へ全員逃げ込むと同時に轟音共に砂埃が舞った。風の無い洞窟は埃で充満する。
埃が落ち着いてくると巨大な影が洞窟の出口を塞いでいた。
「いかん! 火を吐くぞ!」
ララクが叫ぶ。影の正体が明らかになる。動く石像が立ち、出口を塞いでいる。石像の嘴が開き、嘴内が明るく光る。
「逃げるところがない! 俺の後ろへ!」
ララクは体を広げ、大きく体を広げる。ララクは目を閉じる。
「いけぇぇ!」
石像が火を噴くより、洞窟内に轟音が鳴り響く。ココは翼を広げ、竜の槍ブラチエロを構えて轟音と共に飛んで行く。
ココは石像の嘴をめがけて飛んで行く。石像の嘴内は更に明るく光る。
「うわぁぁぁぁ!」
石像が火を吐くより早く、ココの槍が嘴に到達した。ココは石像の頭を砕き、地下の街上空へ到達する。
「ココちゃん!」
ルガングとララク、ジアンナは耳を押さえて呆然と状況を眺めている。何が起きたのかわかっていないようだった。
石像は左右を見ている。頭を失ったので振った尾が洞窟に当たり、数歩進むと壁にぶつかった。
「みんな、走れ、洞窟を出る!」
アッシュールが叫ぶと壁に向かって進もうとしている石像の横を通り過ぎた。
一行は洞窟から出ると、武器を構えて石像を囲む。石像は一度転ぶと、洞窟の外へ出てきた。
アッシュールは小石を拾い、石像に投げる。石が当たると、石像はアッシュールの方を向く。もう一度、アッシュールは小石を投げる。石像は真っ直ぐに走って来る。アッシュールの背には溜め池があった。
アッシュールは石像をかわすと石像は溜め池に右足を突っ込み、姿勢を崩す。アッシュールは後ろから石像を蹴り飛ばすと、石像は上半身から溜め池に落ちていった。
溜め池は深いらしく、全身が水に浸かると石像は動きを止めてしまった。
「ココちゃん!」
ルージャがココの側に駆け寄り、抱きしめる。
「ココちゃん怪我は無い?」
「うん、平気っちゃよ。今回はぶつかる壁が無いっちゃね」
「ありがとうね。でも無理しちゃだめよ」
ルージャはココの頭をくしゃくしゃになるまで撫でる。
アッシュールは腹を押さえて立ち上がる。
「なぁルージャ。ここはなんだろう」
アッシュールは改めて周囲を眺める。広い空間だ。出てきた洞窟の正面は溜め池だ。溜め池の向こうは雑草が生えている。昔は畑だったのだろう。左側に石造りの住宅が並んでいる。一番左側に壁を掘って作られている宮殿らしき建物が見える。
アッシュールは空を眺める。よく見ると空ではなかった。天井が見える。何かが光って、太陽の代わりをしているのだ。
「作り物の太陽だ。なんだ、ここは」
ルガングが天井を見る。
「人のいる気配はないわ。あの大きな建物へいってみましょう」
ルージャは宮殿らしき建物を指さした。




