第3章 目覚め その8 初めての野営
アッシュールは岩の裏手の獣道に入り、慎重に坂を上がる。ルージャは相変わらずなにもせず、カルボが気を使って坂を登り始めた。
「あら、今は竜じゃないっていうの。傷つくわ」
「ルージャはもう完全に人、だと思うよ、多分」
「いいや、うちはまだ竜だと思うっちゃ。なして馬の上で仰向けに寝ているっちゃ。普通の人には出来んとよ」
ルージャを人間だ、と言い切りにくいアッシュールと、人間だと言うことを否定するココ。坂を登り終わり、坂の上でルージャを待っていると、ルージャはカルボの上で仰向けになり、空を眺めている。
ルージャはカルボの上で寝返りを打ち、アッシュールの方を見る。カルボも困ったようにアッシュールを見る。
「お馬さんに慣れると、寝返りが出来るの、パパ」
「いや、出来ないよ。しかし凄い軽業だ。旅をしながら軽業の見せ物でもいいかな。ルージャだけ働いてさ。僕がしゃべって、ココは会場整理」
「あら。そうしたらおっぱいはアッシュールだけのものじゃ無くなるわよ」
「ああもう。勘弁して」
アッシュールはタルボの手綱を握り、駆け足で歩を進める。川沿いの渓谷を進むと、森が切れて草原が現れた。
「わぁ、綺麗っちゃ」
ココが感嘆する。
「ここから街道を進んでいくよ。西に行くと大きな街があるらしいんだ。とりあえず行こう」
アッシュールは朝陽を背に、街道を進んでいく。そよ風が茶色く色が変わり始めた草原を撫でている。さらさらと、草が擦れる音だけが草原に響き渡る。
ルージャは荷物に背を持たれ掛け、足をタルボの頭の方へ真っ直ぐに伸ばしている。鞍の上に足を伸ばしている状態である。スカートがめくれ、ルージャの足があらわになっていた。
「ママの足綺麗」
アッシュールも目を奪われ、ルージャを見る。
「足が出ちゃって、冷えるわ。確かこっちにアッシュールのズボンがあったよね」
ルージャは鞍の上で後ろ向きに正座すると、ザックの中からズボンを取り出すと、器用に馬上ではき始めた。
「やっぱりママは普通じゃないよ。お尻が浮いているっちゃよ。パパ、よく見て」
ココが指さすと、アッシュールはココの頭を撫でた。
「ルージャの事は多少の不思議でも驚かないようにしないとね」
「何、私が不思議なの」
ルージャは一言言うと、草原に目を移す。
「素敵ね。竜の時は、景色など見たこともなかったのよ。素早く飛んじゃうし。カルボさん、乗せてくれてありがとう」
ルージャはタルボの胴を撫でる。タルボはようやっと緊張が解けたようで、軽く嘶いた。
アッシュール一行は草原の中の街道を進んでいく。草原の両側は湿地で、ぬかるんでいる。アッシュールは余り進んでいなくても、初日なので足場の良い、湿地でない場所があれば止まって野営しようと思っていた。
昼近くになり、適度な林が前方に見えてきた。森であれば、地盤はぬかるんでいないだろう。アッシュールは湿地で無いことを確認すると、歩を止め、ココを降ろした。
「ふう、疲れたっちゃ。ママ、降りるっちゃよ」
ルージャはタルボの片側に足をそろえて座っていたので、そのままするりと滑るように降りた。カルボは驚いたようで、少し体を震わせる。
「ありがとう、カルボさん」
ルージャはカルボの鬣を撫でる。
アッシュールとルージャは木の枝に手綱を結び、タルボとカルボに積んでいる荷物を降ろす。タルボとカルボは周辺の草を喰み始める。アッシュールは林の中を見まわす。適度な木々の間に、小川を見つけた。小川に馬を連れて来ることは出来そうだ。アッシュールはタルボとカルボの手綱を枝からほどき、小川に連れていき、水を飲ませる。周辺は適度に草もあり、水の飲める小川の縁に手綱を結ぶ。
「さぁ、天幕を張るよ。ココ、手伝って」
アッシュールは二ジュメ四方の布を荷物から取り出す。ココに布の端を持たせ、広げる。ルージャもやって来て、端を持つ。
「さぁ、天井を作るよ」
アッシュールは四隅を木々の枝に結び付け、天井を作る。
「薪を探しに行こう。さぁ、手伝って」
アッシュールは落ち枝を拾い始めると、ココも拾い始める。ココは細い枝を集めていた。
「今日はここで寝るっちゃか」
「うん。天井の下で火を焚くよ」
ルージャとアッシュールは二人で太めの落ち枝を引っ張ってきた。アッシュールはナイフで枝を払うと、鋸で短く切断していく。
アッシュールは地面に浅い穴を掘り、下に薪を並べて底を作る。上に太い薪を平衡に並べ、間に小枝を入れていく。アッシュールはナイフを薪に当てると、他の薪で叩く。イイ音を立てて薪は二つに割れた。アッシュールは細い薪を造り、井桁に組んでいった。
「行けそうな気がするわ」
ルージャは火打ち石を打とうとするアッシュールを制止し、大きく息を吸うと息を吹き出した。ルージャの綺麗な口から、薪へ息が吹きかけられる。
「もう一度よ」
ルージャは今度は小さく口をすぼめ、勢いよく息を吹き出すと、真っ赤な火炎が薪に向かって延びて行く。
「ママ、竜みたい」
ルージャはアッシュールの方を向くと、くしゃみをした。口から火炎も飛び出した。
アッシュールは慌ててよけると、火炎は天幕を結んだ木の幹に当たり、木が燃え始めた。
アッシュールは上着を脱いで水に濡らすと、火に押し当て消火した。
「ごめんなさいアッシュール。またくしゃみしたらごめんね。うふふ」
「ママ凄い」
薪は良く燃え、平衡に置いた薪にも火がついた。太い薪は火が当たった面だけが燃え、熾きになった。
ルージャはもう一度くしゃみをしたが、口から火は出なかった。
「ルージャ、危ない。気を付けてくれ。ルージャ、危ないから口から火を出すのは禁止だ。あ、そのかわり明日からはココが火を付けような。後で火を付ける練習をしよう」
アッシュールは濡れた上着を枝に掛け、乾かし始める。
「アッシュール、かなり体調が戻って着たようよ。しかも私の出来る、唯一の術を封印するとはやるわね」
「ルージャ、少し呪いが出来る様な事をいっていたけど」
「今の火吹きの術が全てよ。結構便利だったのだけど、アッシュールを燃やしたら目覚めが悪いからやめるわね」
三人は焚き火の側に座った。ルージャがベラフェロを見ると、ベラフェロは後ずさった。ベラフェロにくしゃみをする真似をすると、ベラフェロは二ジュメほど後ずさる。
「冗談よ、ベラフェロさん。こっちおいで」
ベラフェロは恐る恐る近づくが、ルージャが火を噴かないことを確認するとルージャの横で座った。ルージャはベラフェロの頭を撫でる。
「狼さん」
ココが立ち上がり、ベラフェロに抱きつく。 ココは抱きついたまま、寝てしまった。ベラフェロも寝そべり、寝息を立てる。
「すっかり懐いているわね」
ルージャはアッシュールにもたれかかる。二人は抱き合って横になる。熱いキスを交わすと、ルージャも寝始めた。
アッシュールは幸せとはこのような状態なのだろうと、噛みしめた。ルージャの息が熱くアッシュールの胸を湿らせていた。いつまでもこのままでいたい、そう思った。
いつの間にか、アッシュールも寝ていたが、唸り声で目を覚ました。周囲は暗く、焚き火の熾火だけが赤く光っている。ベラフェロが街道にに向かって唸り声を上げている。
「ルージャ、ココ、起きろ」
アッシュールが飛び起きると、ベラフェロも立ち上がった。ルージャとココは強制的に起こされる。
「囲まれたか」
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気合い入れて続きを書いていきます。




