√トゥルース -007 侯爵の石選び
「ふふふ、漸くレッドナイトブルーをこの手にする日が来ようとはな。何せこの国にレッドナイトブルーは数がないと来ている。本国に行った時に目にしたきりだからな」
愚痴るマナール。
「本国?」
「何じゃ、坊はこの国の成り立ちを知らぬのか?」
「ほう、小さなお嬢さんはその歳でこの国の成り立ちを知っているのか」
「小さい言うでない! フェマじゃ! それに女に歳の話を振るでないわ! 小わっぱがっ!」
「ぬ? がっはっはっはっは! これは参った! 何も言い返せん! 悪かったな、フェマさん。それにしてもこの歳で小わっぱ呼ばわりされるとは! 儂もまだまだって事か!」
豪快に笑うマナールだったが、トゥルースやシャイニーはハラハラし、ティナとアンはフェマとマナールの思い掛けないやり取りに目を丸めた。
アルリフ侯国。
名前の通り侯爵が治める国であるが、その歴史はまだ浅く僅か53年である。
その前は西にある帝国の一領にしか過ぎず、その交通の便の悪さから永らく帝国内からも忘れ去られ無い物として扱われてきた。しかし時の侯爵当主が、税を取られるだけで何一つ還元されていない事を理由に皇帝に領の独立を要求。ならばやってみるが良いと皇帝から言質を取る事に成功、それから僅か四年後に侯国首都から西へ抜ける隧道(トンネル)を開通させて皇帝を驚かせたのだが、何を隠そうその工事は既に開通の三十年前から始まっており、その計画自体は四十年近く前から出され皇帝へと陳情されていたのだ。
皇帝からすれば超ド田舎の人口少ない何の魅力も無かった領だった為、大金の掛かる危険極まりない隧道工事は、街道は勿論、他の町道や農道整備より優先度は低く、最後の最後、余裕が生まれ罪人の働き場が無くなってから手を付ける事を考えようかくらいのものであった それまでの侯爵領は、東は王国へ抜ける細い酷道(遺跡のある道)があるのみ、帝国側へは辛うじて小さな馬車が通れるだけの道があるものの、越えるに馬車で二~三日、それも転落事故も多く冬場になれば積雪により命懸けの路程であり、態々そこを通ろうとするのは侯爵領の住人くらいしかいなかった。
侯爵領の住人にとって隧道は念願であり悲願でもあった。何より冬場の食料調達や急病人の搬送など、命に関わる事なので尚更だ。それを邪険にする皇帝と、皇帝の意に反してまで隧道を通す事に尽力した侯爵。どちらが支持されるのかは明白である。
そして更に一つ目の隧道が開通してから三十四年経った十五年前、帝国の首都方面、侯爵領から南へ抜ける隧道も開通し漸くまともな文化が入り込んできたばかりなので、正装するような場面もまだまだ浸透してなかったのだ。正装をしてきたトゥルースやシャイニーはこの国では異端だと知って気恥ずかしくなり教えてくれなかったアンを睨むが、当の執事アンはふぉっふぉっふぉと笑うのみだった。
何れにしろこれまで閉ざされていたような地である、お世辞にも潤っていたとは言えない地に変色石なんて高価な物が入ってくる訳でもなく、極一部の者が小さな石を帝国で手に入れていただけに止まっていた。なのでトゥルースも石を売る際に店に並んである宝石類や価格帯を見て小さな石ばかり少量を卸したのだった。
「来年は隧道開通五十周年の記念年なのでな、式典にこの石を身に付けて行けば随分と見栄えも良くなるだろうからな。苦労を掛けている妻にも良い顔が出来そうだ。だが……しかし原石では仕上げたらどうなるか想像が付かんな」
「ああ、それなら……シャイニー。首飾りを見せてやってくれないか?」
トゥルースに声を掛けられてビクッとするシャイニー。シャイニーは赤ん坊の頃に孤児院に棄てられた孤児である。その孤児院でシャイニーは幼い頃から下働きをさせられたうえ、みんなから虐げられ続けた事で、人間不信とも言える程の人見知りをする様になっていた。威圧的な人には特に、だ。それが今、顔を覗かせてしまっていたが、トゥルースは大丈夫だからとシャイニーを宥め、胸元にしまっている首飾りを見せるよう頼む。
「ほう……その大きさでその存在感か……おい、セバス。帳を閉めてくれ。夜の顔も見てみたい」
既に薄暗くなりつつあった屋敷内には既に灯が点らせてあったが、かろうじて射し込んでいた日の光をアンが遮って回る。すると視線を集めてモジモジしているシャイニーの胸元で、鈍い赤みを帯びていた首飾りに埋め込まれていた石の色が青色にスッと変わった。途端におおっ! と声が上がり、それに耐えられなくなったシャイニーがトゥルースの後ろへと隠れてしまう。
「あ~、ごめんなさい。ちょっとシャイニーには重荷だったみたいだ。もうちょっと耐えてくれれば良いんだけど……」
「いや、良い。女性の胸元をジロジロと見ている儂等の方が失礼というものだからな。それにしても、やはり変色石の存在感は凄いな。夜の色はその服の色と良く合っている」
「いやいや、この石は規格から外れた石で、昼の色も鈍ければ、夜の色には筋が入っているんだ。これでは本来は商品にはならなくて転がってたのを、俺が手を加えて首飾りにしてみた物なんだ」
「そう、なのか。ふむ、しかしそうとは感じなかったが……お? 原石の方もみんな青く変色している」
マナールがシャイニーの胸元から机の上に視線を戻すと、並べられていた石の色が青系統へと変色していた。
「ふむ……色合いもそれぞれ微妙に違うのか……これは迷うな。お勧めはどれなんだ?」
「一般的に昼の色は鮮やかな赤色ほど人気があって、夜の色も鮮やかな青色かな? でも本当に良い石は……」「澄んだ深みのある臙脂色から、やはり深みのある濃い紺色に変わる石……ですね?トゥルース様」
「……だな。滅多に出ない石だから今は無いし、小さくても馬鹿高いけど……良く知ってたな、ティナ」
「まぁ、知識は少々……」
「……ふぅん。ま、それは置いておいて……恥ずかしくない石を選ぶなら小さくても色合いの良いこれ辺りを選ぶか、色合いは二の次にして大きいこっちの方を選ぶか……尤も、お金に糸目を付けないのなら……この色合いも大きさも兼ね備えた物になるけど……言っちゃ悪いけど品良く仕上げるには相当の腕を持った職人でないと嫌味にしかならなくなるからなぁ……」
「ふむ、そうすると……大きい石程、職人次第って事か……この国ではまだ宝石のような嗜好品は発展途上だから……大きくない方が職人が慣れているから小さい石ばかりを卸したと……」
「ええ。それにいきなり大きい石を卸したところで台無しにされるか、巧くいっても高額すぎて売れ残ってしまうか……俺のせいで店が潰れたなんて言われたくないし……」
「ほう、そこまで考えて……か。それでそっちの袋に入った石は未だ見せず、という所か」
「……失礼ながらそういう事で。やはりこうも装飾品が何もないところを見ると、まだ大きな石ではなくさりげない小さな石でも充分かと俺は思うけど。そこで一般に出回ていないような深みのある石で差を付けるお洒落を、と」
トゥルースは侯爵邸であるこの屋敷内に装飾品が殆どない事に目を付けていた。全くない訳ではなく、計算の上でそうしている訳でもない。綺麗にはしてあるので後者かとも思ったが、それにしても何もない。何か物足りないのだ。かと思えば、この客間だろう部屋に不相応な女性の人物画が一枚掲げてあった。何の脈絡もない壁にポツンと、だ。いつの間にか部屋に入っていたミーアがその絵を見て首を傾げているのを見たトゥルースはその初めて目にした絵に概視感を感じたが、ある事に気付いて無理矢理意識をその絵から外していた。
「成る程な。浮かれ過ぎていた様だ。儂も貧乏国家の長らしく身の丈に合った石にするとしよう」
トゥルースの意を汲んだマナールが、大きさを追わず色合いでふたつの石を選んだ。侯爵用と婦人用とでお揃いにするらしい。
小さいと言っても店で卸した石より一回り大きく、知らない者にも流石だと思わせつつも国外の、本国の貴族連中にも馬鹿にされ難いという絶妙な選択だった。
ま、不味い! 明日分がまだ書ききる見通しが!
ふ、不定期連載です! あくまで...
楽しみに待っててくれている皆さま、遅れたらゴメンナサイ