√真実 -003 先生は君だ
「あれ? 今日も来てない。どうしたんだろ? 忙しいんかな?」
朝一の道場で首を傾げる真実。隣で同じように光輝と綾乃も首を傾げる。
真実が道場に復帰して今日で三日目、真実が怪我をする前にはほぼ毎日同じ時間に稽古に来ていたある人物の姿がない。
「どうしたんだろ? ミサさん。まさか辞めちゃった?」
「……夜祭りには来てたよね?」
「お盆の前も見なかったわよ。時間が違うのかしら?」
師範に聞いてみるが、師範も辞めるとは聞いてないと言う。
「ミサちゃん? 夜祭りの時、バイトが忙しいって言っていたわよ? それに……」
病院で世話になった看護師の陽子さんが稽古に来ていたので聞いてみると、そんな答えと共に真実と光輝に視線が向く。二人が付き合い始めたのがショックだったんじゃない? と。
「ええっ!? そうなの? あの人、飛弾にちょっかいをよく出してたけど……そんなに?」
「ああ、私も意外だったんだけど、そうみたいね。本人は本気だったみたいよ」
「けど、どうして? あの人、大学の三年でしょ? 六つも歳が離れているのに……あたしたちの六つ下って言ったら小学三年よね? 精々可愛い近所の男の子とか弟みたいなものなんじゃないの?」
陽子に綾乃が疑問を投げ掛ける。当の本人である真実やその相手の光輝は口を出し難いので、黙ってそれを聞いていた。
陽子はその問いに対して肩を竦める。
「そうなのよねぇ。ミサちゃんが道場に入ってきたのは高校三年の時で、小坊が六年生の時だったからね。流石にその頃からって事はないでしょうけど……」
「陽子さん……いくら何でも、未だに小坊はないでしょ? あと半年もすれば中学卒業なのに」
「何? 今更呼び方を治せって言うの? 学校みたいにさん付けが良かった? 真実さん♥って?」
そう言われた途端、ぞわっとする真実。学校で一部の教師にそう呼ばれるのはみんな一緒なので慣れているが、流石に何年もおかしな呼び名で呼ばれていた相手からさん付けは気持ちが悪い。光輝や綾乃も目を丸めて口にした陽子と真実を見比べる。
「ゴメンナサイご自由にお呼びください」
「でしょ? 私も口にして無いわ~って思ったもの。見てよ、鳥肌が立っちゃったわ」
全員一致で名前のさん付けは却下となり、無事に? 小坊の称号を正式に得る事となった。真実は、解せぬ……と一言漏らすに止めたのは立派に成長した証だろう? 感慨深く頷くのは陽子だけだった。
脱線しつつ結論付けたのは、何かしらの切っ掛けがあったのでは? という事だったが、当の真実は全く心当たりが無かった。気が付いたら何かと絡まれるようになっていたのだ。じゃあ、本人に聞くしかないかと結論付けたのと同時に近付いてくる者が。
「あの。師範さんが男の子に教えて貰うと良いって……」
「えっ!? ちょっ! 師範~! どういう事!?」
声を掛けてきたのは、この夏から道場に通いだした同年代っぽい女子。更にその後ろには同じく新しく入ってきた二人の姿が。真実の訴えに、師範の欣二がしれっと答える。
「お前、最近は綾乃君や光輝君を教えているから初心者に教えるの慣れてるだろ? ミサ君みたいな者にも気長に教えられるし。それに似た歳ばかりだからミサ君よりはやり易いだろ? それにお前、今はリハビリ中で全力を出すのはまだ先なんだろ? 少し手伝ってくれ」
「いや、この二人は云わば身内だし! それにミサさんは何だかんだの腐れ縁で相手していただけだし! それに人を教えてたら、自分の稽古が全く出来なくなるじゃないか!」
「まあまあ、そう言わずに、な。この前、美味い大海老を食わしてやったじゃないか」
「二ヶ月近くも前の話を今更!? は、謀ったな!? 師範!!」
声を荒げる真実に、欣二は坊やだからさとニヤリとする。別に謀った訳じゃないんだけどな、と思いつつも。
「えっ!? じゃあ二人とも助けて貰ってからこの道場に? しかもキィちゃんはその後に二度も怖い目に!?」
「……キィ、ちゃん? えっ!? ウチの事!?」
「え?だってその方が呼び易いじゃん?駄目かな? 悪くないよね? アーちゃん」
「アー、ちゃん? って、あたし!?」
耶奈木香奈と名乗った女の子は真実たちよりひとつ上の高校一年生だった。どこか親しみが持てるが、どこかお姉さんっぽい雰囲気の人だ。他の二人も高校生だったが、二年生で友達同士だった。三人とも歳上なので真実は少しやりにくいけど、話は聞いてくれるから支障は無さそうだ。
「でも、そんな事もあるのね。やっぱりパパを説得してここに通う事にして正解だったかも。それにしてもマサ君って、そんなに強そうには見えないのにね」
「ちょっと、そこ、聞いてる? って……マサ、君!? もしかして俺の事!?」
聞いていないようだ。先が思いやられる。
「それにしても、入門者が一気に増えたよな?」
「……ん。来なくなった体験入学の人も通いだしてるけど、何でだろ?」
「あら、知らなかった? 夏祭りの一件、この道場の生徒が逮捕に大きく関わったって噂が拡がったのと、見ていた人たちが憧れて入ってきているらしいわ」
「えっ!? それ本当!? あやのちゃん!」
「心配しなくても、憧れてってのは飛弾にじゃなくて、犯人を捕まえたお姉さんたちによ、光輝」
慌てる光輝に綾乃がやんわりと否定する。確かにあの大捕物で真実は巧く交わしきったものの、犯人を捕らえる事までは出来なかった。
まあ、非力な中学生が二十歳前後の、それも武器を持った男たち三人を相手に捕まえる事など無理というものだ。
対して、普通の女性であるようにしか見えないお姉さん方が力を合わせて男二人をあっという間に祭りの見物客たちの前で捕まえてしまったのだ。不埒な事を考える男たちからは恐れられ、若い女性たちから崇められるのは当然であった。
結果、この街から暫くの間痴漢被害は激減し、噂となった道場の生徒が一気に増えて欣二一人では回らなくなってしまったのだ。夏休みが重なったのも大きい。希望者の大半は痴漢被害の増えてくる高校生、大学生なのだから。
加えて夏休み前半に行った体験入学を受けていた者たちが、欣二の実践稽古スーパーエキスパートモードバージョンを見て、あれは無理! と逃げ出していたものの、それに慣れてさえしまえば夜祭りの一件のような立ち回りが自分たちにも出来るようになるかもと、あの惨劇を頭から振り払って戻って来ていた。それに異様に安い学生の授業料も後押ししているだろう。中学生以下は1800円/月、高校生は2800円、大学生は4800円。一般が月に1万円、だ。格安にも程があるが、それもこれも真実のせいだ(第一部29話参照)。
「ふぅ、今日はこの位にしておこうか。みんなもそれで良い? 物足りない人は師範やお姉さんたちに稽古を付けて貰うと良いよ」
「お姉さんにってのは魅力的だけど、ちょっと緊張しちゃうかな?」
「うんうん、そうよね。なんてったって、あのお姉さんたちだもの」
「カッコ良かったわよね~♪ お姉さんたち。私もあんな風に成れたらな~」
「えっ!? 先輩たち、夏祭りの見てたんですか? い~な~、カナも見たかったな~」
ワイワイと話し合う新人三人。じゃあ、お姉さんたちに習えば? と真実が言うと、欣二からも本人たちからも教えるのは苦手だからと言われたという。
まだ稽古を続けているお姉さん方や既に帰ってしまったお姉さん方を思い出して何となく納得する真実たち三人だったが、何となく顔を顰める光輝。一応カノジョとしては真実に知らない女が群がるのを危惧しているようだ。そうとは思っていない真実と、それを感じ取りつつも同じように顔を顰める綾乃。やはり真実に他の女が近付くのを良いとは思ってないらしい。
結局、この日の稽古はみんな終了という事になった。




