√真実 -004 フラッペを喰らう者
「う~ん、やっぱり気になるなぁ。ミサさんのバイトしている喫茶店に行ってみようか」
着替えが終わり、下駄箱で靴を履きながら真実が考え込みながら口にする。
「……え? でもウチ、今日は安売りは無さそうだからお金は少ししか持って来てないよ?」
「あっ! そうか~。流石に何も注文しないのは拙いか~。俺も今日は光輝の分を出す程は持ってないし……」
光輝が難色を示すと、言い出しっぺの真実も自分の財布事情を思い出し、頭を押さえた。いくらミサが真実に好意を示していようが、光輝にとってもミサは道場の仲間であり、善きお姉さんであったので、心配する真実に少しヤキモチを持ちつつも様子を見に行くのには賛成したが、お隣のお婆ちゃん情報で今日は大したお買い得品はないと聞いていた光輝は財布の中の補充はせずに出てきてしまったのだ。
すると、溜め息を吐き横目で二人を見る綾乃。中学生カップルの貧乏っぷりに呆れているようだ。
「情けないな~。それでもカレシ? ビシッと奢ってやるくらいの気前を見せなさいよ!」
「いや、そんな無茶を言うなよ。俺たちの事は知ってるだろ? 今月は夏休みで昼飯の事もあるから厳しいんだって!」
「え? でもみんなでおやつ代を出し合っているじゃない。少しは足しになってるわよね?」
真実の家で行われている勉強会の合間に出されるおやつは真実と光輝の合作だ。時々智樹や華子が首を突っ込む事はあるが、綾乃や祐二は先ず手も口も出さず食う専門だ。
それはそうと、流石に万年小遣い不足な真実の家に押し掛けて、更におやつを貪るばかりではいけないと、途中からおやつ代として今までの分も含めて智樹と祐二は200円、綾乃と華子は100円の計600円を払うようになっていた。真実と光輝は料理担当及び材料の提供で同じように支払ったものと見なす事で公平性を保っていた。
実際のところは材料費はそこまで掛かってはいないが、満足度で言えば倍額出しても良いくらいの完成度と量を誇っていた。レシピ本をも持ち込んでいた光輝様々である。このお陰で真実と光輝の昼飯代の足しになっていた。
「そりゃあれで助かってはいるよ? でも、だからと言ってお昼の前に喫茶店に入るだけの余裕はないよ」
真実がそう言うと、光輝もその隣でコクコクと首を縦に振る。この辺りの価値観は先ず違う事がない二人は、結構気が合っていて楽であった。他の者だと一々説明が必要か、喧嘩になるのは必至だっただろう。
「ええい、もう! 面倒ね! あたしが奢ってあげるわ! さっさと行くわよ!」
流石は高額小遣い受給者の綾乃だ、男前である。すると、やはり着替えが終わって出てきた香奈が首を突っ込んできた。
「ねぇねぇ、何処か行くの? どこ? どこ?」
「え? いや、この道場の常連のミサさんって人がアルバイトしているっていう喫茶店に。最近見ないから様子を見に行こうかってね」
「へぇ、どこなの?」
「えっ!? 真実君!? 綾乃ちゃんに……光輝ちゃんも!? って、もう一人は……あ、道場に新しく入った……」
「耶奈木香奈で~す。よろしく! で、やっぱりこのお店ならフラッペですよね!?」
「え? ま、まぁそうだけど……」
「あ、ミサさん。あたしはこのスペシャルフルーツチョコミントフラッペのジャンボをお願い」
「えっ!? あ、はい。スペシャルフルーツチョコミントフラッペのジャンボをおひとつ」
「あら、いくわね~。じゃあカナはこのスペシャルパッションマンゴーフラッペのジャンボで。あなたたちは? 食べたいのを頼んで良いのよ?」
「うわっ! それ、あたしも狙ってたのよね~。今度はそれ狙いね。二人は?」
香奈と綾乃がさっさと注文するのをミサが必死に伝票に書き込むが、真実と光輝はメニューを見て目を丸くする。
「せ、せんよんひゃく…… こっちはせんろっぴゃくえん……だと!?」
「……食材四日……ううん、五日分…… う、ウチはオレンジジュ……」
「あ、遠慮してジュースとかアイスティーとかは無しだからね? 当然一緒にフラッペは絶対だからね?」
「えっ!? マジで?」
「うん、マジで」
「じゃあ……俺は宇治金時のミニで」
「……ウチは、ミルク金時のミニをお願いします」
メニューの値段を見て怖じ気付いた二人は500円のミニサイズを頼むが、それでも食材一日分だ。お盆を過ぎたと言ってもまだまだ真夏日が続いているし、稽古で体は火照っている。かき氷が美味しいだろうが、万年貧乏な二人にとって昼飯前のそれは贅沢であり無駄であった。
「くぷぷっ。二人揃って金時って……」
「しかもマサ君、宇治金時って…… 渋いな~!」
カラカラと笑う綾乃と香奈。
真実は、お待ちくださ~い、と言って戻っていくミサの後ろ姿を見て、元気そうだと一息吐く。それにしても、所謂メイド風の制服を着るミサの後ろ姿は色気があった。
聞けばこのお店は駅前なのもあり結構有名なお洒落系のカフェで、特に今季はかき氷ブームに乗っかり日中は行列が出来る程だと言う。この時間は昼前という事もあって並ぶほどではなかったが。
「それにしても、このお店だったなんてね。気にはなっていたけど、中々来れなかったからラッキーね」
「あ、あたしも! 今年は道場と勉強会で来る暇がないのよね」
「今季のうちにスペシャルのシリーズ三種は押さえておきたいわね。気になっていたお店だったから丁度良かったわ」
「あ、やっぱりその三つは外せないわよね! あたしも夏休みが終わる前に来なくっちゃ!」
綾乃と香奈の会話に呆気に取られる真実と光輝。あくまでおやつでしかないフラッペに1500円前後も出す経済力にも驚くが、今月もあと二週間も無いのに少なくともあと二回は来るつもりのようだ。それに驚きを隠せない二人。
「……ねぇ、真実くん。ウチ、あんな高いの食べた事ないけど、あれって普通なの?」
「いや……普通じゃないと思うけど……うん、普通じゃないよ、きっと」
自信の無い二人だった。
「……でも、ミサさん元気そうだったね?」
「ああ。ちょっと安心したよ。後で話できるかな?」
「あらやだ、カノジョの目の前で浮気ですよ? 奥さ~ん」
「まっ! やだわ~。公認で浮気だなんて、ねぇ」
「えっ!? ちょっ! 何言ってんのさ! 二人とも!」
「あら、さっきミサさんを見る送る目がヤラシかったわよ~?」
「あらま、それホント~? 本命の前で他の女に目を奪われるなんて…… 男って獣よね~」
「ね~」
悪ノリしだした綾乃と香奈に振り回される真実。対して、えっ! えっ? と、騒ぐ三人と奥へ入って行ったミサをキョロキョロと見る光輝。もうちょっと余裕を見せろ?光輝。案の定、ぷはっと笑う綾乃と香奈。やはりからかっていた様だ。どうも気が合うっぽい二人はスマホの番号交換を始めたが、スマホを持ってない真実と光輝はその急な展開に思考が追い付かず目を白黒させるばかりだった。
「へぇ、じゃあ三人はクラスメイトなんだ。なのにその最初の事件の時まで話もしなかった? 今は本当に仲良しだよね?」
「まあ、他に話し相手もいなかったし。それよりそんな短期間で付き合い始めたこの二人の方が信じられないわ~」
「ホントそれ!二人ともそんな感じじゃないのにね~。ね、ね、二人ともどこに惹かれあったの?」
「えっ? ちょっ……それは……」
「「それは?」」
「な、何でも良いだろ? それよりほら! あれ、注文したやつじゃないか?」
真実が、大きな山ふたつが鎮座するトレイを持つメイド姿のお姉さんがこちらに向かってくるのに気が付いて、指を差す。その存在感に店内にいた客の目が集まるのがひしひしと伝わってきた。
「お待たせしました~。スペシャルフルーツチョコミントフラッペのジャンボのお客様~」
「あ、あたし♪」
「スペシャルパッションマンゴーフラッペのジャンボは~」
お姉さんの視線が真実に向かうが、それを香奈が手を挙げて阻止する。途端に周囲の目が驚きのものへと変わった。まさかあのスペシャルシリーズのジャンボを、細身の女の子が食べられるのか? と。そう思われたのには理由がある。その後ろからミニサイズのフラッペが乗ったトレイを持ったメイド姿のミサが続いていたからだ。
通常であれば、ジャンボサイズは二人や三人でシェアして食べるのが常識化していた。それ程にジャンボは名に恥じぬ大きさを誇り、存在感を醸し出していたのだ。
目を輝かせる綾乃と香奈に対して、真実と光輝は目を丸くする。他のお客と同じように。
「こちら抹茶金時です~」
ミサが迷いなくそれを真実の前に置く。目は真実を捉えたまま。その長くも短い一~二秒が過ぎてハッとしたミサがミルク金時を光輝の前に置く。今度は光輝の目を捉えて。
「あら、今の見ました? 奥さ~ん」
「ええ、見ましたわっ! 熱を帯びて男を見つめる目と、鋭く女を睨み付ける目を!」
「怖いわ~」「怖いですわね~」
またこそこそと周囲の客には聞こえないように三文芝居する綾乃と香奈。息がピッタリだ。
が、そんな雰囲気を遮るような悲痛な声が漏れ出した。
「真実君、助けて!」




