あなたに忠誠を……
その部屋は白に包まれていた。大した装飾品は飾られていないが、大理石をふんだんに使い、気品を損ねないようにしているのは見事と言えるだろう。
部屋の中央にある玉座には三人の人間が座り、その横には中年を過ぎた男が立っていた。
父だ。
マークは兄の肩を借りながら、ゆっくりと四人に近づく。
部屋の中央付近に差し掛かったところで、膝を折りその場で頭を垂れた。
「顔を上げなさい。マーク・シアルファ」
顔を上げると、王と目が合った。
「頭を下げるのはワシの方だ。今回のこと、深く礼を申す。娘を救ってくれて、ありがとう」
シリウスやユランは眼を見開き、驚きを隠さないでいた。それもそうだ。あの事件の事を、二人は知らないのだから、当然のこととは当然だろう。
しかし、マークも酷く焦った。まさか、一国の王が頭を下げてお礼を申されるなど、普通はありえないことだ。
「お礼なんて、言われる資格なんて、ありません」
マークは顔を床に向けた。王は不思議そうに顔を上げ、マークの項を見つめる。
「ぼ、……わたしは、自分の、身を弁えぬ言動に、ルウ、リアナ様を、叱咤してしまいました。もし、わたしが、思慮に長け、ルウ、リアナ様に、不快感をお与え、しなければ、あの事態は引き起こしませんでした。お礼よりも、お叱りください」
マークは目を閉じてその時を待った。
王の口から言葉を発せられるよりも先に、左側に座っていたルウが立ち上がった。
「マークは、悪くないもん!」
抑揚のない声が謁見の間に響き渡る。王、マーク、シリウス、ユラン、父は一斉に視線を集中させた。
「ルウ……」
「マークは、悪くないもん! わたしが、わたしが我侭をしたから、マークにちゃんとお願いしなかったから悪いんだもん。だから、叱られるのは、わたしの方だもん」
震える声で言うルウは、少し鼻声で、泣くのを我慢するようにドレスの端を握っている。
「父様、マークを叱るんだったら、わたしを叱って! マークはわたしを助けたんだよ。苦しくて暗いところにいたわたしを、光の世界に戻してくれたんだよ? だから、ダメなの!」
王は目を細めると、ルウの頭を撫でて玉座に座らせた。
「大丈夫、叱りしないよ」
「本当?」
「ああ、お前もそれを見ていてはくれないか?」
「……うん。分かった」
王はルウに背中を向けると、ゆっくりとマークのほうに歩み寄った。
「マークよ。いくつか、質問をする。正直に答えよ」
「はい」
マークは顔を上げて、王と眼を合わせる。嘘をついている人間はよく、眼が動くものだ。それを疑われないように、眼を合わせた。
「何故、ルウリアナを助けたのだ」
「助けた、理由ですか?」
王は頷いた。
「そうだ。あの娘は以前、あの力で自らの兄を殺したことがある。それ故に、あの娘と共にいたいと思うものも、心配するものもいない。そんな娘を何故、助けたのだ」
王の腕は震えていた。思い出したくない現実を思い出してまで、問い出したい答えなのだろう。だが、その問いは愚問だ。
「僕は、ルウ、リアナ様を、恐ろしいと思ったことは、一度もありません」
王の目が細まる。マークの言動を疑っているのだ。マークは胸に手を当てながら答えた。
「僕にとって、ルウ様はイタズラ好きで、いつも楽しそうに笑っている、年相応の普通の女の子に見えます。確かに、あの力には驚きましたが、恐怖は全くありませんでした」
マークは目線をルウに合わせてしまった。その行為はあまりに自然で、マークは目を閉じて口端を上げて笑った。
「だって、信じていますから。ルウ様を。大切な主を」
断言だった。
王はそれ以上、追及できず、「そうか」と呟き、膝を折ってマークと目線を合わせた。
「ん?」
嫌な予感がした。
「ならば、何も言うまい。そなたの生涯にかけてルウリアナ専属の親衛隊として認めよう」
「「なっ!」」
ユランと声が被り、マークは何も答えず、口をパクパクさせた。
「やったあ! これで、またマークで遊べるね」
「良かったですわね。ルウお姉ちゃん」
「うん! ありがとう、ティナ」
玉座の上で飛び跳ねるルウと、それに拍手するティナ。父は目を細めてマークを睨み続けているし、シリウスは何を考えているのかは分からない。
マークはどう答えるべきか分からず、視線を巡らせていると、いつの間にか目の前に来ていたルウと目が合った。
「よろしくね、マーク」
差し出される手を見て、あの日もこんな感じだったのを思い出した。あの時は、何が何だか分からずに握手してしまい、その結果…………。マークは苦笑いを浮かべて、差し出された手を握り返した。
「はい、ルウ様。これからもよろしくお願いいたします」
マークはこれから先、どんな事があってもルウと共にいる事を誓った。
END
聖騎士マーク物語こと、マークが主人公の物語はここまでとなります。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
 




