私が知ってるきみの姿は、
それは、イオスが砦の食堂のお姉様よりとてもふわふわになるパンケーキの作り方を伝授されたということで、アストレイアに「作ってる間に何か果物を買ってきてくれないかな?」と頼まれたことがきっかけだった。
ふわふわとはどれほどふわふわなのかと思いながらアストレイアは青果店へと向かったのだが、選らんだ果物を受け取る際に、店番をしていた娘から思いがけない質問を受けてしまった。
「聖女様と副隊長さんって、どんなお話なさるんですか?」
「え?」
店番をしている娘はアストレイアの見た目より二、三歳年下で、目をきらきらと輝かせてアストレイアを見つめている。
「え、っと……」
普段はこの青果店ではもう少し年代が上の夫婦が店番をしており、アストレイアがこの娘を見るのは初めてだ。だから初対面で特に何かを話すことなど、ましてやこのようなプライベートに切り込んだ質問をされるなんて思っていなかった。
しかし戸惑うアストレイアとは裏腹に、アストレイアのほかにいた二人の女性客も店番の娘の質問ですぐにアストレイアのほうへ顔を向けた。
そのことで更にたじろいだアストレイをよそに、店番の娘は言葉を続けた。
「副隊長さんはすごくお強いのに、儚げな笑みを浮かべるじゃないですか。それでいて控えめで、仕草は洗練されていらっしゃって……王都からいらした方っていうのが、すごくわかるのですが、何をお話されるのかまったく想像できなくて」
興味深々といった相手の顔に、アストレイアはさらに戸惑った。
(イオスが儚げで控えめ……?)
そうであればアストレイアに来るなと言われ続ける中で森に来るなどなかったはずだ。それに今までの行動を考えれば、イオスはわりと強引というか、マイペースだ。だからアストレイアがイオスのことを言うのであれば、『思いやりをもっているけどマイペースでわりと強引な人』という印象のほうがしっくりくる。加えて儚げだと思ったことはないが、それは元の顔だちのせいだとでもいうのだろうか?
しかしあまりの印象の違いをどう伝えたらいいものかと躊躇っていると、二人の女性客もそれぞれ店番の娘に同意した。
「あ、わかる! こう、触れたら消えてしまうような幻だったりとか……。お食事なさるお姿も想像できないわ」
「どんなお話をされるのか、まったく思いつかないよね! 聖女様、ぜひお聞かせいただけませんか?」
「え、その……」
触れたら消えるもなにも、表情も変えずに人を持ち上げるくらいには力強く、筋肉だってしっかりしている。そして食事といえば肉も酒も甘味も好きだ。現に今も当人がパンケーキ作りの準備をしている最中だ。
(串焼き屋さんのマスターなら、きっと大笑いするんだろうけど……)
ここで真実を告げることがいいことなのか悪いことなのか、アストレイアには判断がつかなかった。イオスは何を言っても気にしないとは思うのだが、町娘たちの副隊長のイメージを壊すことが果たして正解なのだろうか。
(それに……これだけ期待されている中で、それが全部違うって言うのも恥ずかしいし……!!)
別にそれはアストレイアだけではなく、きっと軍部の人間――たとえばスファレやモルガたちも知っている。けれど、この場にそれを証明する者はいない。
(なんだかそれって、いかにも『私は特別です』といっているようなものじゃない……!? ううん、特別なのは特別でいいんだけど……!!)
けれど、それを人に――それも初めて話す相手にアストレイアは言うことができなかった。なにせ、考えただけの今ですら顔から火が吹くのではないかと思ってしまうほど、頬が熱くなってしまっているのだ。
しかし動揺するアストレイアをよそに続いた三人の娘による『副隊長さん』についての考察はさらに盛り上がってゆき、やがて気づけばなぜか『隊長さん』が奥方に頭が上がらないという話にかわってしまっており、アストレイアはタイミングを見計らってそくささと離脱し、一目散に自宅へと舞い戻った。
「ただいま」
「おかえり。あれ、なんだか疲れてる?」
「ちょっとね」
まさかイオスのことを話していたとはいえず、アストレイアは誤魔化した。しかし出迎えてくれたイオスを見れば、イオスはエプロンを装着した状態で首をかしげていた。
「……やっぱり儚げじゃないよね」
「え?」
「ううん、なんでもない」
なんの話なのか詳しく話すつもりはない、アストレイアは軽く笑って誤魔化た。
けれど、その代わりに同時に思ったことは素直に伝えた。
「ただ、エプロン姿のイオスの『おかえり』が、すごくいいなって思っただけだよ」
あの町娘たちには想像もつかないだろうし、イオスの料理を食べたことがあるかもしれない砦の騎士だって、これだけは絶対に知らないだろうと、やっぱり特別だとアストレイアは思った。
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よろしくお願い申し上げます。