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第2話「逃げるものと追うものと」

前回の投稿から間が開いちゃいました(汗)ごめんなさい。

今回は過去編です。何気に賽衛ちゃん、自分でも気に入ってるキャラなんですよ。色々と謎多き子です。皆さんも、彼女にどんな未来が待っているのか、ぜひ予想しながら読んでみてくださいね。

(そうそう、フリガナも付けた設定集も近いうちに投稿します。キャラの名前の漢字が読みにくいって今更気づきました…)

「賽衛、もう出てきて大丈夫よ」

 ここは聖凪女子学院。もう日が暮れそうな中、教室に一人残った女学生が呟く。彼女の名は、神城奏芽。ロングで艶のある黒髪と、日本人離れした深い藍色の瞳が目を引く。

 そんな彼女に応えるように、何も無かったはずの背後から一人の巫女が現れた。巫女と言っても普通の装いと違い、旅の装束に身を包んでいる。

「奏芽様、お呼びでしょうか?」

 賽衛は奏姫の横に立ち、次に言葉を待っている。

「あら賽衛、何か用事がなければ呼んではいけなくて?」

奏芽は、くすくす、と笑っている。はあ、そんなことはありませんが、と困った表情を浮かべる賽衛に奏芽は、

「今日は授業でフラクタル図形について学んだわ。賽衛は知っているかしら?」

と尋ねる。

「奏芽様は色々なことをご存知ですね。私にはとても……」

 賽衛は更に困った顔をしている。奏芽は賽衛を困らせる気などさらさら無い。ただ、自分が新しく学んだ知識を話す相手が欲しくて、毎日学校から帰るときには必ず賽衛を呼んでいた。それに付き合わされる賽衛は、自分の知らない用語や考え方に苦労したが。

「それじゃ、今日は帰り道でそのことについて話しながら帰りましょうか」

 賽衛にとって、新たな知識について話すときの奏芽は幸せそうに見える。この子を守ることが当面の役目である賽衛は、奏芽のこの表情を見ることを毎日心待ちにしているのだ。


「今日、本で面白い知識を得たの」

 この日もまた、奏芽は賽衛を呼んで、新しい知識を語り始める。しかし奏芽はいつも、授業で習ったことを話す。奏芽が本で得た知識を話すことは滅多に無い。珍しいですね、と賽衛は思いながら話を聴くことにした。

「この世界には次元というものがあるわよね?この紙は2次元の世界だし、私たちが暮らすこの空間は3次元。でも、次元には少数で表されるものもあるのよ。意外でしょう?」

 楽しそうに奏芽は話を続ける。

「少数の次元って、意外と近くに存在しているのよね。スポンジみたいに多孔質構造のものだったり、複雑な境界を持つものだったり。もしかして、賽衛も私たちとは少し違う次元の存在だったりするのかしら?」

 奏芽は笑っていた。この時までは。

賽衛は直感的に、奏芽が一線を超えたことに気づいた。


仄というものは世の中にいくつも存在している。賽衛のように人間と共存する道を選び、「守護仄」として人間の傍で生きるものは少ない。大半は悪意を持って人間に近づく仄だ。仄とはウイルスのようなものだ。ウイルスが生物の器官を使って増殖するように、仄は人間に寄生して精神や自我を食い物にして生き永らえる。守護仄は自分が守る人間を襲う仄を殺し、取り込むことで生きるのだ。

仄は、普段は人間からは姿を隠している。潜伏している訳では無い。人間の視覚が認識できないように、姿を消しているというのが近い。人間の視覚で捉えられるのは、3次元以下の映像だけだ。つまり、3次元より大きな次元の世界に霊たちは生きている。この原理を利用して、放課後に奏芽と話す時の賽衛のように、仄は人間に見られても構わないときだけ姿を晒すことができる。

次元の歪み。つまり、仄そのものの正体が暴露されるということは、人間が霊に対抗する手段を得るということに繋がる。奏芽は入ってはならない領域に踏み込んでしまったのだ。


「奏芽様、話はここまでにしましょう。早く、こちらへ」

 賽衛は奏芽の口を手で塞ぐと、すぐに奏芽をしゃがませて、守るようにその上に覆いかぶさる。周りを見渡せば、いくつもの影が教室のすぐ外まで迫ってきていた。このような野生の仄たちに襲われることは年に何回か有るが、タイミングが悪い。先程の奏芽の言葉が少しでも知能の高い仄に聞かれでもすれば、遅かれ早かれ襲われることは分かっていたのに、今回の相手の行動はあまりに早すぎる。

「賽衛、私、いけないことをしてしまったの……?私は死ぬの?」

 賽衛の下で、奏芽は震えている。

「大丈夫、大丈夫ですから。奏芽様は何も悪くありません。私が守って差し上げるという約束ではないですか」

 奏芽に賽衛は微笑む。そして、教室に入ろうとする異形たちへと向き直った。

「奏芽様は目を閉じていてくださいね……ああ、お呼びでない仄たちよ。ここは貴様らが入ってよい場所ではない」

 言うが早いか、賽衛は最初に教室に入り込もうとした仄の頭部を掴むと、真っ二つに引き裂いた。そのまま他の仄たちにも襲いかかり、片っ端からその身体に喰らいつく。もはや、先程までの優しい微笑みを浮かべた巫女の姿はどこにもない。

 これが賽衛の本性だった。大昔から賽衛は人間に心を開き、特に神城家の人々を心を通わせ守ってきた。しかし、神城の人間を傷つけようとする仄を喰らうとき、賽衛の本能は剥き出しになる。満腹になることは決してない。ただ殺せる仄がいる限り、いくらでも彼らの持つ自我を欲し、喰おうとするのだ。

「次に私に相手したい奴は誰だ、来るがよい。骨の髄まで喰らいつくしてやる」

 賽衛がそう叫んでも、もう教室へ入ってくる仄はいない。この巫女の仄に恐れをなして、どの仄も散り散りに逃げてしまったのだった。


「これで終わりか?まだ私の腹は膨れていないぞ?」

 賽衛は周囲を見回して、もう奏芽を狙う仄がいないことを確かめてから、ようやくいつもの笑顔に戻った。

「奏芽様、どこに隠れられていますか?もう敵はおりません。出てきてもよいのですよ」

 しかし。奏芽の姿はどこにも見えない。あたりを見渡しても、名前を呼んでも。奏芽はいつもならすぐに賽衛に抱きついて来るはずなのに。

 何かがおかしい。賽衛が直感したときだった。

「……賽衛、賽衛!………たす、……け、て…」

 方角は分からない。だが、確かに奏芽の声がする。賽衛に助けを求めている。だが、なぜ?教室に入ろうとしていた仄たちは賽衛が全て喰い尽くすか、逃げてしまった。

 これは、普通の仄の仕業ではない。賽衛は耳を澄ませた。声が聞こえたということは、捉えにくくても音源がある。必ず、奏芽の声が発された方向があるはずなのだ。そして、賽衛は天井を見上げた。前後左右、どこからも声は聞こえない。ならば、上下のどちらかだろう。

下の階から攻撃があることは考えにくい。下にも教室はある。他の生徒たちに少しでも気配を感じられるわけにはいかないだろう。上はどうだろう。天井の先は屋上だ。ならば、いつ攻撃を食らってもおかしくない。

賽衛がそこまで考えた瞬間。天井が割れ、賽衛の額に向かって一閃が撃ち込まれた。


「っっ……!」

 痛みで声が出ない。攻撃が届く直前、賽衛はそれをいなそうとして身体を捻らせていた。しかし、半歩遅かったようだ。剣だろうか、細長い刃物が賽衛の右目を後頭部まで串刺しに貫いていた。残った左目で、何とか敵の姿を捉えようと試みる。しかし、人影が見えたかと思ったときには、既に敵は一瞬で、賽衛の右目に刺さった剣を引き抜いていた。そしてそのまま、深手を負った賽衛の顔面に拳が叩き込まれる。

 賽衛の身体は、教室の後ろまで、机や椅子を巻き込みながら吹き飛んだ。

「……痛い。何なの、この、熱いような痛み…?」

 賽衛は右目を思わず押さえようとした。しかし、指が触れたと同時に。賽衛の顔の右側は錆び朽ちた鉄のように、脆く崩れ落ちてしまった。

 目の前の光景に理解が追いつかない。今まで他の仄と戦ってきて怪我をすることはあれども、必ず治るものだった。しかし、今回の攻撃はまるで質が違う。皮膚を切られたとか骨を折られたとか、そういったものとは次元が違うのだ。

賽衛は痛みをこらえて立ち上がり、目の前に立つ敵を見据える。

そして、自らの目を疑った。目の前に立っていたのは、紛れもなく……神城奏芽だった。


「奏芽様……?どうして?どうして私を殺そうとなさるのですか?私は自らの命に懸けても貴女を守り抜くと誓ったのに……!」

 賽衛は目の前に立つ奏芽に必死に叫んだ。しかし、その声を聞いても、奏芽は笑みを崩さない。そして、賽衛の言葉が途切れたとき、ようやく彼女は口を開いた。そこから発された声は、奏芽のものではなかった。

「私はお前の『守ろうとしている』奏芽ではないよ。どうだ、驚いたか?」

 一人が喋っているのでは無いような、どこか合成されたような声。聞いていて気持ちの良いものではないことは確かだった。

 賽衛はどうにか立ち上がると、背負っていた笠の裏からクナイを取り出して構える。

「私は賽衛。神城家、そしてその御息女の奏芽様の守護仄だ。私が喰わないうちに、貴様の名を訊かせてもらう。奏芽様の御姿を盗んだ者にかけてやる情は無いぞ」

 賽衛に睨まれ、敵も剣に付いた血を拭ってから構え直した。

「賽衛、か。旧世代らしい仄の名だ。私は霜爛(しょうらん)。どうせすぐ私に殺されるだろうが、半分も吹っ飛ばされた貴様の脳で覚えられるか?」

「霜爛よ。奏芽様を返してもらおう。一対一で決着を付けてやる」

 賽衛は言い放ち、床を蹴った。霜爛は動かない。その喉元に、賽衛の握るクナイの切っ先が触れた。


 一瞬、いや、半瞬あとには、賽衛は反撃をまともに食らっていた。もっと早く気づくべきだった。最初に天井からの一撃を食らった時点で、霜爛には尋常ではないスピードが有ることは明らかだったはずなのに。

 賽衛のクナイは宙を切った。それと同時に霜爛の剣が賽衛の右腕を突き刺す。その剣が抜かれたときにはもう、賽衛の右腕は腐食が始まっていた。

「遅いな」

 霜爛はそのまま、賽衛に剣を振りかざす。この斬撃はどうにか、残った左手のクナイで受け止めた。火花が散る。しかし、そのクナイも間もなく腐食していく。

「仄の身体だけでなく武器までも朽ちさせるのか、貴様の剣は!」

賽衛は後ろに飛び退くと、背中の笠から追加のクナイを取り出す。右腕は攻撃を受け、もうこれ以上戦うにも使いものにならない。左腕だけで攻撃を受け止めるが、何回か斬撃を交わすだけでクナイは腐食して使えなくなる。

 残りは、あと2本。

 賽衛は1本を取り出して、霜爛に向かって思い切り投げる。そして、投げられたクナイを霜爛が躱す際に、一瞬だけ賽衛に向けていた視線が逸れたのを、賽衛は見逃さなかった。最後のクナイを握って霜爛の背後に素早く回ると、その首めがけて腕を突き出した。


 確かに手応えがあった。現に賽衛の目の前には、首にクナイが刺さったまま動かない霜爛の姿がある。彼女が息をする度に、ひゅっ、と喉から空気の漏れる音がしていた。

 それなのに。確かに、霜爛を目の前で殺したはずなのに。

「貴様の忠誠心はそれだけか?自分の主人の顔も分からず、それを忠誠と呼ぶのか?」

「……は?」

 力尽きて床に両膝をつく賽衛のすぐ背後からは、あの霜爛の声が聞こえるまま。賽衛は急いで、目の前に倒れている少女の表情をもう一度見た。

そこにある光景なんか信じたくなかった。

 奏芽だった。霜爛の複製などではなかった。賽衛は、自らの命に代えてでも守ると誓った主人を、自らの手にかけてしまっていた。霜爛は賽衛の判断力が鈍り始めていたことに気がついていたのだろう。しかし、どこで入れ替わった?仕掛けが全く分からない。

「奏芽様?ねえ、奏芽様……?起きてください、返事をしてください!まだ息は、息はできますか!」

 賽衛は必死に呼びかけるが、奏芽はか細い息を続けたまま。賽衛は自分のすぐ背後まで、霜爛が近づいてきたのを感じた。言うことを聞かない身体を動かし、いつもしていたように奏芽に覆いかぶさった。

「霜爛、これ以上奏芽様に近づくな。奏芽様に何の罪がある?」

 その言葉に霜爛は首を傾げる。

「どうやら貴様は本質を理解していないようだ。その少女に罪など無い」

「ではなぜ……襲った?」

「彼女は質の良い器だよ。我々、仄の正体に自力で気づいた。普段から貴様と親しんでいるからだろうな。何も知らせずに貴様を殺すのは流石に心が痛むから、教えてやろう。私は神城奏芽の、魂の抜けた身体が欲しい。だが私が直接手にかければ、彼女の身体を腐食させる。これでは意味が無かろう?私もまだ不完全体なのだよ、万能では無いのでね」

 喋らせておけば、と賽衛は歯ぎしりする。しかし、一つだけ残る疑問を、最後に尋ねることにした。それを聞いたあとは、せめて相打ちには持っていくつもりだった。そしてもう少しだけ時間を稼げれば、賽衛の動けない満身創痍の身体も、少しはマシになる。

「霜爛、最後に聞かせろ。どこで奏芽様と入れ替わった?その仕掛けくらい話したっていいだろう?」

「仕掛けも何も無い。私は奏芽の身体の中に入り込んで、車を運転するように操っていただけだ。例えるならば、貴様に首を刺される前に、奏芽という車を乗り捨てて、外に出たから傷も何も無いわけだな。意外と簡単だろう?ここまで容易く引っかかるとは思わなかったが」


 賽衛は力が抜けるような思いがした。仄は人間の身体の中に入り込み、その身体の持ち主の魂の代わりに身体を制御かつ操作することもできるという大原則を忘れていたのだ。そして、それを利用されたことにも気づけなかった。既に奏芽は、「乗っ取られていた」ということに。

 床に倒れたままの奏芽は、まだ苦しそうに息をしている。

 賽衛は最後のクナイを構えなおすと、今度こそ、霜爛の本体を狙った。


 しかし。クナイは霜爛の頬をかすめただけだった。力の抜けた賽衛の手から、クナイが滑り落ちて床に転がった。賽衛は自分の胸を見下ろす。霜爛の剣が、深々と突き刺さっていた。

 霜爛は無造作に剣を賽衛の身体から引き抜くと、まだ倒れたままの奏芽の身体に歩み寄る。霜爛に奏芽の身体を連れ去られたら、もう終わりだ。賽衛は朽ちて崩れていく自分の身体を見ながら、まだかすかに残った思考を巡らせていた。

 もう時間も手段も残されていない。あまり使いたくは無かったが、これしか方法が残されていないようだ。霜爛は賽衛が動けないと思って油断している。動くなら今しかない。

 賽衛は力を振り絞って立ち上がると、霜爛の背後から思い切り殴りかかった。左手が霜爛の後頭部を捉えた。拳が霜爛の肌に触れたと同時に、その手が骨ごと腐食して砕けたのを感じた。残った右手で落ちていたクナイを拾って、目の前の空間を斬る。何もなかったはずの空間に、裂け目が現れた。賽衛は奏芽の身体を抱えると、その裂け目の中に一緒に飛び込む。

 次の瞬間には、霜爛が手を伸ばしても、その裂け目も賽衛と奏芽の姿も、何事もなかったかのように消えてしまっていた。


 教室にひとり残された霜爛は、少し残念そうな表情だった。

「……はあ、逃げられたか。今回は私の運が無かったようだ。」

床に落ちていた、賽衛のクナイを拾って眺める。それには奏芽の血がべっとりと付着している。

「さて、賽衛。貴様は自らの主を殺した罪と、どう向き合う?答えを聞くのが楽しみだよ」

 霜爛が笑うと同時に、彼女の身体は、まるでテレビの砂嵐のようにノイズを走らせて消えていった。


ここまで読んでもらえて嬉しいですっ

ありがとうございます。最近、少しずつですけど閲覧数が伸びてるのを見ると、やっぱり嬉しいものですね。

高い頻度で投稿できればそれが理想ですが、やっぱり大変です。次回の投稿まで2週間ほどお時間いただきます。もしかしたらそれより長くなるかも…。楽しみにしててください!

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