プロローグ「神城瑠璃のルーティーン」
作品を読んでくださった皆様、はじめまして。溝口刈奈と言います。これが記念すべき初投稿、これからどんどん練習を積んでいこうと思います!
読み終わった時に、面白いって思って頂けたなら、ぜひまた続きを読みに来てくださいね。
「……うるさいな、今起きるからっ」
ベルの鳴り響いていた目覚まし時計がピタリと止む。神城瑠璃はベッドから面倒くさそうに起き上がると、ベッドの脇に置いていた携帯電話を掴んで自室を出た。
顔を洗い終えた瑠璃がダイニングへ行くと、そこには既に瑠璃の弁当の準備をしている母親の神城翠がいた。
「おはよう、瑠璃。いつもより早いんじゃない?」
「ん、そうかな」
眠そうな返事を返して、瑠璃はテーブルに置いてある急須に茶葉とお湯を入れる。そして乾燥棚に干してあった二つの茶碗にそれぞれ水とお茶を注ぎ、床の間へと持っていく。
神棚に毎日のお供え物をするのが瑠璃の習慣だ。祖霊舎に祀られている先祖代々の霊に感謝し、今日も無事に一日を過ごせるように手を合わせる。
瑠璃の暮らす細波市には、「仄」と呼ばれる存在がいる。言ってしまえば幽霊や亡霊の類いだ。いつの頃からそう呼ばれているかは誰も分からない。彼ら、彼女らは誰も正体を突き止めることのできない怪奇現象として捉えられているが、厄介なことに、その仄を原因とした行方不明事件が幾つか発生している。姿を消した人間たちは未だ生きているのか、それすらも分かっていない。
仄が取り憑くと神隠しに遭い、最悪の場合は命を落とす。そう信じられている。だからこそ瑠璃も、こうして毎日のように祖霊舎に祈るのだ。
瑠璃は祖霊舎に一礼して立ち上がる。その横の机に置いてあるのは、額に入った小さな一枚の写真。そこにはロングの黒髪とほんのりと紅く染まった頬、そして整った顔立ちの特徴的な女学生が写っている。入学式の日にでも撮影したのだろうか、背景で散ってゆく桜が写真の中の女学生を一層華やかに見せていた。
「行ってくるよ、姉さん」
瑠璃は写真の中に語りかけるように挨拶してから、床の間を出た。
「うーん、なかなかパッとしないなぁ」
それからおよそ一時間後。朝食を食べ終えて着替えも済ませた瑠璃は、洗面所の前で髪型を整えていた。瑠璃の通う聖凪女子学院は、当たり前だがメイクも変形学生服も禁止だ。そんな校則を真正面から破っていくのが瑠璃だった。
「瑠璃、お友だちが外で待ってるわよ?」
洗面所に翠が入ってきて瑠璃に声をかける。分かった、と瑠璃は返事をして、ヘアアイロンを横のカゴに置いた。
「今日のメイクもバッチリ決まってるわね、可愛い可愛い」
いつものように翠が瑠璃の頭を撫でる。せっかく整えた髪もここでくしゃくしゃにされるけれど、瑠璃のすることに理解を示してくれる翠とのこのような時間が、瑠璃は嫌いじゃない。
「もぉ、これじゃあ髪型が崩れるよ。じゃ、行ってきます!」
瑠璃はいつものように笑顔を返すと、玄関のドアを明けた。
「おはようございます、先輩っ」
家であるアパートの外では、瑠璃の後輩である天音日和が瑠璃の出てくるのを待っていた。瑠璃と同じ聖凪女子学院に通う一年生だ。瑠璃は階段を駆け下りて、日和に、お待たせ、と声をかける。
「今日も先輩はお母様によしよしされたんですね?」
「あ……、やっぱり髪を見たら分かるよね」
瑠璃はポケットから櫛を取り出す。そんな、少し困った顔の瑠璃を見て日和は面白そうに、
「いいなぁ、先輩はお母様にすごく愛されてますよね。うちもこれくらい甘々だったらいいのに」
と羨ましそうな表情を見せた。そんな日和に瑠璃は、甘すぎても駄目だけどね、とだけ返して、髪型を崩さないように優しくその頭を撫でた。
「―いつも通り、ちゃんと学校には通えているようね」
そんな中、電柱の影に隠れるようにして、学校への道を日和と一緒に歩いていく瑠璃の背中を見つめる女学生がいた。一歩間違えれば、不審者だと怪しまれかねないような行動だ。しかし、道行く人達は気にも留めないようだった。純白のセーラー服に身を包んだ彼女は、透き通るような藍色の瞳で瑠璃を見つめる。
「瑠璃ちゃん、そろそろ、こちら側の世界に招待してあげましょう」
彼女はそう独りごちると、背中に背負っている細長い物体を手に持ち替えて瑠璃たちの後を歩き出した。
「神城さん、その髪色はなんですか」
「自分で染めたの」
「では、その短いスカート丈は?」
「こうしたほうが可愛いから」
「メイクは禁止って言いましたよね?」
「前にそんなこと言ってたっけ?」
ここは私立聖凪女子学院の校門前。瑠璃は日和と一緒にここで足止めを食らっていた。もちろん、瑠璃の校則違反について詰問されているのだ。
瑠璃たちの前に立ってしかめ面をしている彼女は、白瀬綾。左腕に付けている腕章を見れば分かる通り、瑠璃のクラスの委員長をしている。どうして朝に校門前に立っているのか、その理由は単純だ。瑠璃のような問題児の注意をするためである。もっとも、当人たちは忠告を聞き入れるつもりは無いようだが。
「それと、天音さん」
「何でしょうかぁ?」
綾は日和の方にも向き直る。
「貴女もメイクしているじゃないですか。校則違反って分かっていますよね?」
「ねえ、綾?日和は私よりもずっと出来が良いし、問題児でもないんだよ?もう少し自由にさせてあげてもいいと思うんだけどなー」
すかさず助け舟を出す瑠璃を見て、日和の目は輝いたように見えた。しかし綾は、元からの無表情を更に無機質にして、まるでゴミを見るような目で瑠璃と日和を見つめる。
「いいですか、貴女達二人は立派な校則違反です。規律の乱れの塊です。せっかく私が先生方から見張っているように言われているのに、直してもらえないのは遺憾です」
「あのね、綾?政治家みたいなことは言わないでよ」
綾としては、二人がルールを守ってくれれば良いのだ。けれど、そう言われて黙っている瑠璃ではないのは周知の事実である。しかも、日和がその影響を受けているのだから問題だ。
そうやって綾の説教を聞き流す瑠璃と日和の肩を叩く者がいた。
「お前ら、また説教受けてるのかよ。学んでないな」
ショートカットの髪型に映える赤のインナーカラー、そして肩にセーラー服の上から羽織った漆黒のレザージャケットが目を引くのは、桐生亜香里。綾と同じく瑠璃のクラスメイトだ。
「……うるさ。私たちが好きに振る舞うくらい、別にいいでしょ」
瑠璃は亜香里を睨んで、拳を握りしめる。しかし、その言葉はすぐに綾に遮られた。
「桐生さん、貴女もです!その上着は何ですか?校門をくぐる前に脱いでください!」
綾が亜香里をぴしゃりと指さす。流石に亜香里もこれには逆らうつもりは無いようで、分かったよ、と両手をあげるとジャケットを脱いで鞄にしまった。
「桐生さんのように貴女達も私の指示に従ってくれればすぐに仕事が済むんです。神城さん、天音さん、昼休みまでに反省文を書いて提出してください」
「えぇ……」
校則違反をしていることは同じなのに、瑠璃や日和と亜香里では扱いが違う。少ししか口答えはしていないのに、と瑠璃は言いかけたが、これ以上逆らったら更に説教を食らいそうになったので、瑠璃たちは引き下がることにしたのだった。




